11-23 価格交渉開始
新キャラの濃さがどんどん明らかになっていきます、っていうか、どんどん濃くしていっている、っていうことですよね。
思い切って踏みこんだぼくに対する、スミルノフ司教の反応は明快だった。
「お断りします-」
しかも即答だ。あ、あれ? ぼくって、こういう食いつくか食いつかないかの判断、これまであまり間違わなかったんだけどな。というか、それだけで渡ってきたようなところがあるぐらいのはずだ。
「ね、念のために、理由を伺っても?」
思わず尋ねたぼくに、スミルノフ司教は、ニッコリ笑った。
「バカなんですか-? ローリエくんをわたしから奪ったあなたに、どこにわたしが力を貸す理由があるのか、むしろ教えてほしいくらいです-。こうやって穏やかに話している大人なわたしを褒めてほしいくらいですー」
ヤバい、ぼくに対する負の感情がシャレにならない。わかっていたことではあるのだが、レベルを読み違えたことは認めざるを得ない。
ただ、だ。いくら負の感情が強くても、それがベクトルを持った感情であるならば、このさきに踏み込める可能性は残されている。ゼロに何をかけても答はゼロだが、マイナスならば、かける数字をうまく選べば答はプラスに転じる。つまり、とりつくシマがないように見えても、条件交渉の余地があるということだ。申し訳ないが異論は認めない。
「あー、ナターリャさん、ナターリャさん、ちょっとこちらへ」
ぼくはスミルノフ司教をラウンジの隅に誘った。
「あなたにナターリャ呼ばわりをされるいわれはないですねー。気安くよばないでもらえますー?」
依然としてとりつくシマはない。だが、続いて彼女は腰を上げた。
「それで、なんなのですか-?」
きたっ! 彼女がポヤッとした話し方とは裏腹に、きわめてシャープな頭脳を持っていることは、この家に侵入してきたときのスキがありそうでまったくないやりとり、そして、人族でありながら超強力なテルマの結界を無効化した柔軟な発想を見れば明らかだ。ここでぼくが条件闘争に入ろうとしていることを察せないはずがない。
「何が望みです?」
小声ではあるが、単刀直入にぼくは切り出した。最初の段階で下手な駆け引きは愚策だ。
「ローリエくんを持って帰ります-」
「ありえません。あなたが指一本でもローラに触れたら、ぼくのすべてをかけてあなたをつぶします」
ぼくはローラのほうをチラと……見ることもしないで即答した。これでもぼくはローラを心から大事に思っているのだ。取引材料にするなどありえない。
少しの沈黙が流れたあと、スミルノフ司教は薄く笑いを浮かべた。
「命拾いしましたね-。そこで少しでも歩み寄ろうなんて考えていたら、わたしの魔力のすべてを使って、この家を吹き飛ばしてましたよ」
あまりに激しいレスにちょっと尻の穴がビリッと痺れる。
「あなただけが彼女に夢中になってると思わないでほしいですね。でもそれって、あなたも無事では済まないのでは? まわりにも被害が及びますし、教会の高位聖職者がやっていいことじゃないでしょう?」
「何か問題でもー? 生き残ろうなんて考えていたら、あなたにキズひとつつけられないで無力化されてしまいますよ-。無力化される前にあなたをブチ殺すには、みなさんが動く前に速攻で自爆するしかないじゃないですかー」
迷わず「ブチ殺す」と言いきったな。
「まわりの被害は?」
「わたしが死んだあとのことに興味はありませんね-」
ぼくはここで初めてローラをチラッと見た。彼女は落ち着かないふうでこちらを伺っている。
(とんでもなく突き詰めたぶっ壊れ方だな。ローラもよく逃げ切ってきたもんだ)
「ちなみに、そういうつもりだったのなら、ローラをよこせと言ったのは、ぼくを試したわけですか?」
「試したと言えばそうですけど、じゅうぶん本気ですよ-」
「だけど、ローラはもうぼくから離れようとはしないと思いますよ? それでも?」
「あなたと会う前までローリエくんの時間を戻した上で男の子にする方法を探しますー」
「参考までに教えてほしいんだけど、なんでまた、ただ男にするだけでなくよけいな手間を? まあ、性別を変えるだけでも果てしない旅路になるんだろうけどさ」
「あなたのモノになじんだ状態のままなんて、とてもじゃないけど受け入れられませんよ-。ローリエくんの初めてはわたしでなきゃー」
……直接的なもの言い、どうもありがとうございました。
「で、話を戻すと、何があってもローラは渡しません。それ以外で何か道を見つけたいんですけど……」
「ローリエくんとのかかわり以外であなたに関心はありませんね-」
うーん、あまり良い流れとはいえない。スミルノフ司教は、ここまでローラネタ以外でぼくにいっさいスキを見せていないから、突破口が全然見えてこない。
「ということは、交渉決裂、ですか?」
「それでもかまいませんけどねー、そもそも、あなたがわたしに何をさせようとしてるかがわからないんじゃ、交渉もクソもないのではー? 裸になるくらいなら両手両足くらいで全部水に流しますよ-?」
スミルノフ司教は爆乳っぽいので、目の保養にはなるだろうが、犠牲が大きすぎる。それはともかく、彼女に突破口を与えてもらってしまった。いかん、当然のことではないか。どうやら平常心を失ってしまっていたらしい。
ぼくは、とりあえずスミルノフ司教に状況とそれに対するぼくの考えを説明した。
「だいたいわかりましたー。要するに、あなたはわたしにとって縁もゆかりもないあなたのお友達を助け、わたしが所属する教会にひと泡吹かせるために、教会に生計を依存し研究に利用しているわたしに力を貸してほしい、と、そうおっしゃるんですねー?」
めちゃくちゃ悪意と偏見に満ちた解釈ではあるが、本質はおおむねその通りだ。下手にこれを言いつくろうことは、自分を慰めるだけの自己満足だろう。
「そんなところです」
彼女は薄く笑いを浮かべた。
「いちおう、ご自分が何をおっしゃっているかは理解しているようですね-。それじゃ、こちらの言い値を伝えますねー。あ、言い値と言っても、あまり値引きの余地があるとは思わないでくださいー」
「了解しました」
「条件は二つですー。そして、ひとつ目については、交渉の余地はないですから、よろしくお願いしますね-」
ぼくは黙って頷いた。
「ひとつ目の条件は、わたしがこの家に自由に入ることができるようにすることです-」
はて、意図がわからない。もちろん、簡単に受け入れるような話ではないが、交渉の余地がない、と註をつける性格のものでもないだろう。むしろ、「自由に」という部分を値引きに使ってほかの条件を承知させるカードにしてもよさそうな気がする。
「値引きじゃなくて確認、良いですか?」
「値引きだと受け取れるようなところがあれば、即座に交渉を打ち切りますけど、それでよければー」
「ローラには指一本触れさせない、というのは、そのための企みを許すつもりもない、ということですけど、ここはわかっていただいてますか? 受け入れたおぼえはない、とおっしゃるのであれば、受け入れてください。これを値引きだととられるなら、交渉を打ち切ってもらってけっこうです」
「そんなことはわかっていますよー。この世から消し去りたい相手でも、見せてもらった覚悟は尊重しますから-」
「あと、ローラとは関係ない問題で、この家の中でぼくたちに敵対するようなことがあれば、遠慮はしませんよ?」
「言うまでもないですね-。教会にケンカを売れ、という要求を呑むんですから、ハナから敵対的な行動を取る気なんかないです-。命も惜しいですし-」
なら、この要求の真意はなんだろう? 敵対的な行動を取らないというなら、そこまで気合いを入れて要求してこなくても、話がまとまったついでに出せば受け入れるような話じゃないか? なにもウラがない、なんてことは、この女性に関する限りありえない。勉強だと思って、ハラを決めるか。
「受け入れます。ただ、何をお考えか、教えてくれると嬉しいです」
「受け入れてからそれを訊く潔さに免じて、お話しして差し上げます-。あなたがローリエくんを抱くときにこの家にいるためです-」
「はい?」
固まった。身体も、思考もどっちもだ。ヤバい人だとはわかっていたが、性的な方向でもヤバい、ということか? 目的がノゾキか乱入以外に思いつかないんだが、どっちも受け入れられるはずがない。それに、言っていることに少し無理がある。
「そ、その目的が人としてどうかはとりあえず置いといてですね、それをぼくに言ってしまったら、あなたがいるときにローラとそういうことをしなければ、あなたにとってはなんの意味もなくなるのでは?」
「だから『自由に』なのですよー。あなたはローリエくんを抱かなければすむ、と思ってるんでしょうね-。ああ、あそこの色っぽい美人のお姉さんもいることですし、それぐらいのガマンはきくでしょうね-」
恐ろしい。リュミエラがぼくにとってそういう相手だということを見切っている。ただ、それならばなおさら意図がわからない。
「でも、ローリエくんはどうでしょうね-」
!!!!!!っ!
「……」
「ローリエくんは、あなたに抱かれたがっていますよねー。わたしがひと月のあいだ毎日ここに来たら、ひと月ずっとローリエくんの気持ちを無視し続けるんですかねー?」
「なっっっ!?」
思いもかけない角度からパンチをもらった。ローラも最近、行為に抵抗がなくなってきている。その結果がこのあいだのシュルツクの三日間だ。ひと月も放置したら、彼女は傷ついてしまうだろう。そんなことができるはずがない。ぼくも淋しいし。
「……一本取られました。取られましたが、いったいそれであなたにどういうトクが?」
「わたしの脳内で、お部屋のドアの向こうであなたのお相手をしているローリエくんを、完全な男にすり替えるためです-」
衝撃という意味でも、意味不明という点でも、本日最大の衝撃がぼくを襲った。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




