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9-11 決断

アンリ婿入り決定編は、今回で一段落です。

「ところでアンリくん、訊いておきたいことがあるんだけど」


 言いたいことを言いきってやりきった感じのベアトリーチェを馬車まで送りに出たぼくに、突然立ち止まった彼女が訊いてきた。妙に真剣な雰囲気だが、さんざん彼女に驚かされたぼくとしては、もう何を聞いても驚かない自信がある。


「なに、ベアト?」


「仲間の人たちに妙に女性が多い気がするのだけど、なにか理由はあるの?」


 ホントのところ偶々(たまたま)なんだけど、昨日の説明ではそこは納得しきれなかったらしい。だが、少なくとも女性であることを理由に仲間に引き入れた人は一人もいないはずだ。


「特にありません。仲間になってくれたデキる人が偶々(たまたま)女性が多かっただけです」


 ホントに偶々(たまたま)なんだけど、自然と丁寧な言葉遣いになった。


「ふーん、わかった。それじゃ、また学舎でね。今日の話、返事は急がないけど、なるべく早く聞かせてくれると嬉しいな」


 ベアトリーチェはニッコリと笑って手を振り、馬車の中に消えていった。「わかった」って、どうわかったんだろ?




 ベアトリーチェの件については、実際のところほとんど結論は出ている気がする。ぼくのまわりに反対する者はいないし、ぼく自身もかなりその気にはなっている。ただ、問題が問題だけに、訊ける意見は訊いておきたい。だが、このテの問題でためになる話を聞かせてくれそうな人材はごく限られる。現段階でマリエールやロベールに話をもっていくのは早すぎるし、シャルロット様もロベールには話してしまうだろう。いずれにせよ領地まで戻れるのはだいぶ先だ。


 ぼくは、ジョフレにカトリーヌ姉様の所在を確認してみた。なんと運のよいことに、カルターナに滞在しているらしい。彼にアポを取ってもらって、次の週の聖の日、ウォルシュ侯爵邸を訪ねた。




「うーん、わたしとしたことが、みごとに読み間違えたわね」


 ひさしぶりだったこともあり、事情を説明するまでにずいぶんとかかったが、ようやくにしてざっと説明したあとのカトリーヌ姉様の反応はこれだ。いったい何を読み間違えたというのか。 


「アンリくんがまともに貴族の結婚をするとは思っていなかったのよね。二十歳もずいぶん過ぎてから、地味だけど味のいい食堂のお嬢さんをいきなり連れてくるんじゃないかと思っていたの」


 なんですか、その妙に具体的かつ「それもありだな」と思えてしまうようなリアルな想像は!?


「カ、カトリーヌ姉様、そのご想像自体は非常に魅力的でセンスもすばらしいと思うのですが……」


「どういうふうに応援してあげようか、考えていたのよ?」


 もはや想像ではなくて確信!?


「でも、いま説明した今回の話も、決してまともとは……」


「あら、格上の家のお嬢さんをたぶらかして結婚後もブラブラ遊んでばかりいる殿方なんてヤマほどいるわよ? ある意味、ふつうすぎて面白くないくらいだわ」


 なんということをおっしゃるのか?! 自分がホントのクズに思えて情けなくなってきてしまうではないか!


「いや、たぶらかしたわけじゃなくて……」


「アンリくんが穀潰しでもかまわないと思うくらい、その子がアンリくんを好きになっていなければ成立しない話よね? たぶらかすのと全然違う、というなら、説明を聞くけど?」


「いえ、あまり違わないような気がしてきました」


「ちなみに、ニスケス侯爵の下のお嬢さまには、第二王子のヒューバート殿下から打診が侯爵のところに行っているはずよ」


 げげ、たしかヒューバート殿下はまだ独身だ。ということは、王位継承権第二位の王子の正妻としてか?


「ウォルシュ侯爵も、旦那さまの弟のミルドさんの伴侶にと話をしていた気がするわ」


 ニスケス侯爵は「王家も含めて申し込みがきている」と言ってたっけな。フカシでも何でもなかったんだ。


「そ、そんな相手をさらっていってしまって、お父様の立場は大丈夫でしょうか……?」


 しかも、ニートとしてさらっていくわけだ。印象最悪な気がする。


「格下の家に出し抜かれるわけだから、ヒューバート様やミルドさんの印象はよくないでしょうね。でも、そんなことはお父様は気にしないと思うわ。それに、そんな不満は国王陛下やウォルシュ侯爵が握りつぶすわよ。お父様の力をもっと信じてあげないと、お父様が嘆くわよ?」


 ニスケス侯爵も、いちばん避けたいのはロベールと敵対することだ、というようなことを言っていたが、国王も同じ、ということだろうか。


「では、カトリーヌ姉様はこの話に賛成、ということですか?」


「反対ではないわよ。ただ、さっきも言ったとおりちょっと普通でおもしろくないから、積極的に応援するかどうかは微妙ね。まあ、お父様もマリエール様も反対なさるとは思えないから、その必要もないでしょうけど」


 なんでぼくが結婚ネタで姉様を楽しませないといけないんですか?


「いや、おもしろくないとか言われても……」


「それに、アンリくんには願ってもない話なのでしょ?」


 え?


「そ、それはどういう意味ですか?」


「普通に働くんじゃなくて、なにかやりたいことがあるんじゃないの? なんでも出来るくせに、決してひとつのことに入りこもうとしないのは、そういうことだと思っていたのだけど? そのためには、自由な時間がとりやすい環境は理想的よね」


 ここにも一人エスパーがいた!


「降参です。そこまで見とおされているとは思いませんでした」


「ただ……イネスちゃんはちょっとムクれるでしょうね。形だけとはいえ、大好きなアンリくんが家から出てしまうんだもの」


 イネスの結婚は来年だ。したがって、まだ実家にいて花嫁修業もどきをしている。脳筋らしく非常に苦労しているらしい。まともにこんな話を持っていけば、ストレスを溜めたイネスはぶち切れるかもしれない。ただ、それでも向き合わなきゃダメだな。


「じっくり話します」


「そうしてあげなさい」




「それにしても、アンリくんの婚約者さんはすごい子ね」


「いや、婚約者じゃありませんし、まだ最終的に決心してもいないし……」


「往生際が悪いのは男らしくないわよ?」


「……わかりました。腹はくくります。でも、姉様から見て、そんなに?」


「女の世界にデビューもしていないのに、その中で自分が目指すべき立ち位置を見定めちゃっているのだから。しかも、教養と能力に裏打ちされている。亡くなったリュミエラ様を見るようだわ」


 久しぶりに姉様からその名前が出た。そういえば、「十年に一人」だったっけ。


「カトリーヌ姉様も十分すごいと思うけど?」


 その人脈や集まる情報の量は、すでにドルニエ貴族社会で五本の指に入るとか入らないとか。ひそかに、怒らせてはいけない人リストにも入っているらしい。


「リュミエラ様とは格が違うわ。あのかたは、わたしが五つの行動ですませるようなことを、たったひとつの行動でやってのけてしまうの。でも、その裏でわたしが五つしかできていない気配りを十も十五もしていたのよ。国王陛下と皇太子殿下があのかたを取りあっていらしたらしいけど、ムリもないわね」


 いきなりの特大ネタだ! 要するにあれか? 国王はリュミエラを後宮に入れようとして、妻にしたい皇太子と争っていたということか? 想像以上の大物だったよリュミエラさん! そして、彼女が自分よりもスゴイと評したベアトリーチェってどんだけ? やばい。掌の上で転がされる自分の未来が少しずつ形をとって見えてきた。




 ウォルシュ侯爵邸を辞したぼくは、その足でうちの屋敷に向かった。フェリペ兄様とジョルジュ兄様にカトリーヌ姉様と同じようにベアトリーチェの件を説明すると、フェリペ兄様は天を仰ぎ、ジョルジュ兄様はポカンと口をあけて硬直した。うん、これが普通の反応なんだと思う。カトリーヌ姉様の反応は絶対に変だ。


「で、もう受けることを決めたのか?」


「受けるって言っても、彼女に承諾の返事をして、そこから彼女は自分の家を説得するわけだから、正式な話になるのはまだ先だよ。でも、ついさっき決めた」


 実際は時間はかからないはずだけどね。父親はすでにその気なのだから、形式について合意すればいいだけだ。


「ついさっき?」


「まだ少しだけ迷ってはいたんだけど、姉様に尻を蹴飛ばされた」


 二人にカトリーヌ姉様とのやりとりを簡単に説明した。


「そうか、姉さんがそう言ったか。ならぼくは何も言わないよ。しかし、先に相談しにいくとは、あいかわらず姉さんベッタリだな、アンリは」


 ぐ、痛いところを。


「フェリペくんと呼ばれて、いまだになんとなく嬉しそうな兄様に言われたくないよ」


「ば、バカ! 嬉しそうになんかしてるか!」


「ふたりともカトリーヌ姉さんが大好きなのはわかったから、その辺にしときなよ」


 ジョルジュ兄様が呆れ半分に仲裁したが、ぼくは知っている。むかし、フェリペ兄様と実年齢大人だった幼児のぼくが、なんとなく気恥ずかしくて姉様とかしこまって話しているとき、 ジョルジュ兄様は「ねえさま~」とかいっていつも抱きついていたのだ。その邪気のなさを本当にうらやましいと思っていたのだが、あれは本当に邪気がなかったのか、いまは少し疑っている。じつは、女性問題でいちばん油断のならないのは、ジョルジュ兄様ではないだろうか。





「父上とマリエール様にはアンリから直接話すか?」


「うん、そのつもり。だからしばらく、話はここ限りでお願い」


「で、相手はどんな子なの?」


 ベアトリーチェの話は初耳だったジョルジュ兄様が聞いてきた。


「以前、ぼくはフェリペ兄様に、プチ・カトリーヌ姉様だって言ったよね?」


「ああ」


「なんか、それを聞いた時点でアンリが尻に敷かれる未来が見えるけど」


 いや、むしろ尻に敷かれないとベアトリーチェが困るらしいんだよね。それにしても、こんなに遠慮のない物言いをする人だっけか、ジョルジュ兄様は?


「そのカトリーヌ姉様は、リュミエラ様を見るようだ、と言ってた」


「ああ、亡くなったアンドレッティ公爵家の。姉さんはあのかたにぞっこんだったからな。プチ、どころじゃないってことか」


「アンリはそういう女性からのがれらない運命なんだね」


「フェリペ兄様、ジョルジュ兄様がなんとなくふだんと違う気がするんだけど、何かあったの?」


「ジョルジュも結婚するんだよ」


「え? 相手は?」


 ジョルジュ兄様を見ると、いつも「ニコニコ」という感じだった笑顔がなんとなく「ニヤニヤ」という感じになっている。


「王宮に出入りしている魔法具商の娘だ。店を継ぐことになるらしい」


 なんだよ。ぼくのなんちゃって婿入りと違って、ホンモノの婿入りじゃん。やはり油断はならなかった! しかし、この様子だとベタ惚れだな。


「フェリペ兄さんも年貢の納めどきだよ。話はいくらでも来てるはずだけど?」


 ジョルジュ兄様がみょうに上から目線で言った。


「ぼくが遊び回っているみたいな言い方をするな!」


 イネスの結婚が決まり、ジョルジュ兄様も結婚する。フェリペ兄様もそう遠くないだろう。ぼくだけじゃなく、兄弟みながひとつの区切りを迎えている。


 ぼくは、自分の二度目の子供時代が終わりに近づいているのをなんとなく感じていた。

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


次回から、また少し話は動き出す予定です。新婚生活はまだまだ先ですね。

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