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9-9  少女の決意(後)

引き続きベアトリーチェ回です。アンリと彼女はどうなるのでしょう?

「少しホッとしたかな」


 ぼくは、自分が考えていること、やろうとしていることについて、出来るだけ詳しくベアトリーチェに説明した。転生についてはさすがに話がぶっ飛びすぎなのでとりあえず控えたが、管理者に会ったという話は伝えている。ひととおり黙って話を聞いていた彼女の、最初の反応がそれだった。


 ちなみに、彼女はいま、床に座りこんでニケに思いきり身体を預けている。起き抜けで目をこすりながら中に入ってきたニケは、猫耳に歓声を上げたベアトリーチェに驚いて猫に逆戻りし、墓穴を掘ってしまったのだ。


「ホッとした、って?」


 第一ラウンドの説明では伝えきれないだろうと覚悟していたぼくは、もういちど言葉を選んで説明を繰り返す準備をしていたのだが、彼女の反応は想像の反対側に抜けていた。ほら話と決めつけてくるようなことはないだろうと思ってはいたのだが、何人か人を殺めているということを含め、ホッとするような話はなにひとつしていないつもりだったからね。


「失礼な言いかたになってしまうかもしれないけど、アンリくんが紹介してくれた人たちは、常識をどこかで踏み越えてしまっている人たちばかりのような気がするの。これで、新しい国を作る、とか、ドルニエをひっくり返す、とか言われちゃったら、ひょっとしたら実現してしまうかも、という気がしちゃって……」


「えーと、そのどこが、ホッとした、につながるのかな?」


「あのね、アンリくん。わたしはアンリくんと同じように、お父様もお母様も、お兄様もお姉様も、お祖父様たちも、とにかく、わたしのまわりのすべてが好きなの。自分のできる限り、それを守りたいと思う気持ちもたぶん同じ。だから、アンリくんがそんな目標を持っていたら、きっとわたしがアンリくんと同じ側にいられなくなるときが来ると思う」


 ぼくを見るベアトリーチェの視線が、いくぶん鋭くなった。学舎では見たことのない、心の底のちょっとした動きまで見透かされそうな目だ。


「ベアト……」


 ぼくは、自分が実年齢三十オーバーということを意識するあまり、どこかで学舎の同級生たちを子供あつかいしていたんだと思う。ぼく自身のことをベアトリーチェに話して、返ってくる反応については、それでもぼくにつきあいきれるかどうか迷う、とか、気になっていた気持ちが冷めた、とか、ある意味で十代前半の女の子らしいものだと決めつけていた。だが、前世がなくても、タニアのような理解者がいなくても、ベアトリーチェはぼくと同じように自らのまわりを見つめ、行くべき道を見据えていた。はっきり言って、ぼくよりもはるかに成熟している。


「あれだけアンリくんを評価していて、友達としてもアンリくんを大事にしているリシャールさんと、アンリくんが微妙な距離を取っているように見えて、少し不思議だったの。その理由も、今の話を聞いてわかった気がする。リシャールさんは、言いかたは悪いけど、王道しか歩けない人だもの」


 観察眼どんだけ?! 賭けてもいいが、リシャールはぼくに距離を取られているとは思ってないぞ?


「ベアト、もう勘弁して! それ以上、ぼくが他人に気づかれていないと思いこんでいたことを暴かないで!」


「そんなふうに慌てるアンリくんも、あまり見ないね」


 そう言って、ベアトリーチェはクスッと笑った。




「今日はそろそろ屋敷に戻してくれるかしら? 今日のことをアンリくんが言いだしたとき、六の日の午後から、って言ってたし、明日もまたお邪魔して良いのでしょう?」


 おっしゃるとおり。そして、女の子にそう言われたら、問答無用でイエスだ。相手との仲を何とかしようとしていたとして、翌日にチャンスがつながっているのに、ここで深追いする意味はない。ましてや、いまどうこうしようとは思っていないのだ。ホントだよ?


「了解。ここの馬車で送るよ」


 いろんな都合もあるので、いちおうここにも一台、小さめの馬車はキープしているのだ。侯爵家令嬢を乗せるには少しみすぼらしいが、勘弁してもらおう。


「皆様、今日はお邪魔しました。明日また参りますが、どうぞよろしくお願いします」


 立ち上がって背をピンと伸ばしたベアトリーチェは、笑顔とともにそう言って丁寧に頭を下げた。みなもつられて頭を下げている。場は完全に彼女の支配下だった。




「今日はゴメンね。いきなり引っ張り出して。それにいろいろ突拍子もない話を聞かされて、疲れたでしょ?」


 ニスケス侯爵の屋敷が近づいてきたところでぼくがそう言うと、ベアトリーチェは深々とため息をついた。


「ホントよ。ちょっといろいろ驚きすぎて、最後には驚く力がなくなった感じ」


 そう言ったベアトリーチェは、ぼくに微笑んで見せたが、たしかにさっきまでの彼女の笑顔より、少し力がない。


「なにを言っても全然動じてないように見えた。自分のやっていることは、じつはそう変なことでもないのかな、と思ったり」


「そんなはずないじゃない。あのね、ドルニエ貴族の女は、動揺を人に悟られちゃいけないの。知らなかった?」


「全然」


「それじゃ、覚えておいてね? 女の世界で心の揺らぎを他人に見せるということは、相手につけ込むスキを見せるのと同じ。自分の知らないことを聞かされても、『そんなことは言われなくても知っていますよ』というふうを装うの。それができない女は、じきに潰されていってしまうのよ」


 怖い! そして、それを平然とぼくに語る彼女も怖い! 今日は彼女が、自分よりも年上ではないかとすら思えてしまう。


「だからね、自分の夫の浮気を知らない妻はいないらしいの。相手の動揺を誘うときにいちばん使いやすい材料だから、だれかから必ず聞かされることになるのね」


 彼女は、こんどは悪戯っぽく笑ってみせた。なにを後ろめたいことがあるわけではないが、背筋をヒヤッとした感じが走り抜ける。


「あ、あのね……」


 そのとき、馬車が止まった。外を見ると、ニスケス侯爵邸に到着している。すでに守衛が馬車のすぐ手前まで来ていた。


「それじゃ、おやすみなさい。今日はありがとう。明日は午後にお邪魔するわね」


 そう言った彼女は、軽い足取りで馬車を降り、迎えに出てきたメイドとともに屋敷の方に歩き出す。いちおう門が閉まるまで馬車の中から見送ってていると、彼女は一度だけこちらを振り向き、小さく手を振って見せた。




「凄い女の子だね。自分が年下に思えちゃった」


 みなのところに帰ると、気疲れで呆けるまもなく、ローラがそう言ってきた。ほかの面々も興味がないわけではなさそうだ。テルマとニケは除くけど。ニケは、ずっとベアトリーチェにモフモフされていて、多少グッタリしている。


「うん。凄い子だとは思っていたんだけど、想像以上だった。リュミエラも学舎の時はあんな感じだったの?」


「そうですね、彼女ほど度胸は据わっていなかったと思いますが、上級課程になるころには、女は社交界での生き方を意識し始めますから」


 女の世界怖いよ! 


「アンリくん、彼女と結婚するとかしないとかの話はどうするんだい?」


 ビットーリオがニヤニヤ笑いながら言った。クソッ、この男、絶対にぼくの心の中を察してる。


「参ったよ。どこかで、それを最終的に決めるのはぼくだと思い込んでた。ニスケス侯爵の言葉もあったしね。でも、いまはわからない。彼女が明日、なにを言いだすかが想像もつかないよ」


「明らかに、続きがあるような物言いだったでありますな」


 シルドラも薄笑いを浮かべている。くそ、味方どこだぁ!?


「でも、わたくしやローラさんをひと目で誰だか見抜いてしまわれたのには、正直驚きました。わたくしもずいぶん歳をとりましたし、ローラさんなど、ずいぶん女の子らしくなったというのに、まったく迷いなく言いあてられましたから」


 いや、歳をとった、という言いかたは良くないよ、今がまさに花盛りのリュミエラさん? 


「え、そ、そうかな? エヘヘ」


 ローラ、女の子らしいと言われて嬉しいのかもしれないが、いまはその話じゃない。


「見た目の美しさを除いてみても、人を見分ける力といい、アンリ様の話を聞いても動揺を見せないところといい、ベアトリーチェ様は貴族の令嬢として破格の才能をお持ちです。教養や武術の才能、侯爵家という家柄をあわせると、二十年、三十年に一人、といえるかもしれません」


 貴族の令嬢としての才能、か。そういう言いかたは初めて聞いたな。でも、人の話に動揺しないことの重要性とか、同じことを二人が言っているのだ。そのあたりの見方は共通認識なのだろう。


「リュミエラも相当なものだと思うんだけど、そこまで凄い?」


「自分のことなので恐縮ですが、わたくしを十年にひとり、と評する方もおられました。そのわたくしから見て、です」


 天才的な貴族令嬢、というのは、前世の感覚的にはしっくりこないところもあるけど、そういうことなのだろう。今日の彼女は、そう表現してもいいような印象だった。どうしよう。なんだか、明日が怖いような気がしてきた。




 翌日、昼食を終えてしばらくたったころ、馬車が到着した。姿をあらわしたベアトリーチェは、前日と少しおもむきが違い、白のドレスに少しフォーマルなアクセサリーと帽子、という装いだ。化粧も少しだけ濃い。前日が外出用のファッションとすれば、今日は訪問用のファッションだ。目的地がわかっているので当然といえば当然だが、ここがいわゆる貴族の屋敷でないことは彼女もわかっているはずだ。あえてこういう装いにした意図はなんだろう?


  応接を兼ねた広間に彼女を案内する。前日と違ってメンツの紹介の必要はないので、今はほかに誰もおらず、少しガランとしている。お嬢さまを迎える応接の間など用意していないから、このあたりはしょうがない。また、使用人もいないので、ぼくが彼女にお茶を入れていると、リュミエラとローラを呼んでほしいという。いったい何だというのだろう?


 二人を呼んできて、なんとなく一対三で対峙するような位置どりになった。ベアトリーチェの表情が多少硬いこともあって、妙な緊張感が部屋を支配しつつある。まるでなにかの宣告を受けるような感じになってきた。




「今日はアンリくんに提案があります」


 ベアトリーチェが軽く深呼吸をしたあと、そう切り出した。ぼくは、そしてほかの二人も思わず彼女を凝視する。この後の展開がまったく予想できない。


「ニスケス家の一員になる気はありませんか?」


「ど、どういうこと?」


 おかしい。ぼくが彼女と結婚するなら、彼女がド・リヴィエール伯爵家に入ることになる。もちろんニスケス侯爵家と縁はできるが、一族に入るわけではない。


「ニスケス家に婿入りしませんか、という提案です」


 ……はいぃーーーっっ!!??


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


まさかの婿とり宣言! その真意やいかに?

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