喪失と邂逅
朦朧とした意識で、現状を確認する。
……真っ暗で、寒い。それに、ヤスリで削られているみたいに全身が痛い。
どうしてこんなことになったんだっけ?そもそも、自分は……誰だ?
自身の思い出せる記憶がないことに気がつく。現状についてだけじゃなく、過去も、将来の夢も、自分の名前も、全部全部。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。そして、これからどうすればいいんだろう。
何回も何回も答えの見当もつかない疑問を浮かべては、どうしようもないことに絶望する。
寂しい、怖い、痛い、寒い。誰でもいい、せめてそばにいてくれないか……
「──じょう─」
!!
誰かの声が聞こえる。まさか、本当に誰かが助けに来てくれたのか?
両手にそっと、温かいものが触れる。この人の手だろうか。温かくて、とても安心する。
「──起きて」
いつの間にか、痛みは消えていた。
懇願するように呼びかけるその声に応えるように、意識が少しずつ浮上していく。
そして……次に目覚めた時、そこには天使のように可愛らしい白髪の少女と、燃え盛る部屋があった。
「だいじょうぶ?痛いところはない?」
炎の中、少女はこちらに微笑みかけてくる。
……大丈夫か、って笑いながら言われましても。そんな状況じゃないだろ。
だけど、異常事態に似つかわしくない少女の笑顔を見て、少し安心した自分もいた。
少女の笑顔を見つめていると、彼女はずいっと近づいてくる。
「声は出せる?」
「──っ!?あ、ああ、大丈夫。だ。」
声の出し方に違和感がある。少し高めの……声変わりをする前の少年の声。
どうやら……俺は、男みたいだ。
自分の顔をペタペタ触りながら、自分について確認する。
そうしていると、安心した様子の少女が自己紹介をしてきた。
「よかった。わたしの名前はアトレ。あなたの名前は……いえ、ごめんなさい。記憶がないんだよね。」
「うん?なんで記憶がないってこと、わかるんだ?」
「少しだけど、わたしもあなたと一緒にいたから……状況を説明するね、付いてきて。」
少女……アトレが差し出した手を取り、立ち上がる。
鉛のように重く、動かしづらかった体が、その瞬間ふっと軽くなった。
「なぁ、どうしてこんなことになってるんだ?それに、炎の中にいるのになんで苦しくないんだ?」
「ちょ、ちょっと待って、一つ一つ説明していくから。」
矢継ぎ早に質問していくと、アトレに止められてしまう。
「実は、わたしにもどうしてこんなことになったのかはわからない。
ただわかるのは……この土地を突然襲った正体不明の組織がわたしたちに謎の攻撃をして、それによって一部の記憶が奪われてしまったと言うこと。
今もその組織はわたしたちを追ってきているみたい……色々なことを魔法でなんとかしているけど、正直なところ後少しで限界が来てしまう。だから、その前に転移魔法陣のところに辿り着きたいの。」
アトレは廊下を歩きながら言った。
……魔法?転移魔法陣?何を言っているんだ、この子は。そんなもの、現実的に考えてあり得ないと言うのに。
頭の中にハテナがたくさん浮かぶ。このまま疑問を放置していても仕方がないので、俺は魔法とやらについて、アトレに聞くことにした。
肩を叩きかけたその時。
──バン!!
その場の空気を破壊するような破裂音がその場に響く。
思わず振り向くと、そこには──銃を持った大柄な男性が居た。
……きっと追手だ。
「居たぞ!!こっちだ!!」
「……っ!!アトレ、走って!逃げるぞ!」
「うん!」
アトレの手を掴んで、逃げようとする。
しかし、アトレの走りの方が俺より速かった。すぐに俺が引っ張られる側になる。
そうしている間にも、足音は一つ二つと増えていく。振り返るのが怖かった。
一つ、二つ角を曲がって、アトレはある部屋へ飛び込む。
先ほどの様子からも思ったが、アトレはこの建物の作りを知っているのだろうか。
部屋の中にはもう一つ扉があった。そこを開くと、地下への階段が見える。
「先に下ってて。わたしはここを塞ぐ。」
「あ、ああ。」
言われた通りに階段を下る。下った先には広い部屋と……所々が壊れた、転移魔法陣があった。
──重要な記号だけが消されている。これじゃ発動すらままならないじゃないか。
そこまで思考して、ふと思う。
……なんでそんなこと、俺が知ってるんだ?
不思議なことに、この転移魔法陣を見た途端……"魔法"がこの世界に存在しているという事実をすんなりと受け入れられた。
あれ?まさか、俺は魔法が存在する異世界に来てしまったのか?いや、でも、さっき明らかに現代的な銃を持った奴らもいたし……ここは一体、どう言う世界なんだ!?俺は何を知っていて、何を知らないんだ!?
「う、うそ……壊されてる……」
俺が自分の置かれた状況に悶々としていると、後ろから絶望したようなアトレの声が聞こえてきた。
どうしようか、このままだと逃げられないってことだよな……?
俺の持っている知識を総動員して──といっても、俺の記憶はほとんど奪われてしまったわけだが──必死に考える。
どうする?新しいものを作る?だけど、敵に追い付かれる前にこんな複雑で大きいものを作れるか?
作るのはダメだ。もっと、もっと他に何か──
そうだ、直すっていうのはどうだ?
「な、アトレ。俺に魔法の使い方を教えてくれないか。この魔法陣、直せるかもしれない。」
転移魔法陣において重要な記号がどんなものなのかはわかってる。だから、魔法さえ使えればこの魔法陣を直せるはずだ。
彼女は目を見開いて、パチクリさせる。まるで予想外だと言わんばかりに。
そして、しばらく目を伏せると……覚悟の決まった顔をした。
「わかった。杖は……どうしよう。」
確かにそうだ。杖がない。
うーーーん……魔法についての知識が所々にしかないからわからないけど、こういうのって無から取り出せたりしないか?
目を瞑って考えていると、アトレが不思議そうに言った。
「あれ……出せるの?」
「え?」
手元を見ると、いつの間にか大きな黒い杖を握っていた。
……なんで?いや、まあいいや。今集中するべきなのはこの魔法陣の修復についてだ。
「なんか出せちゃったな。それで、どうやって魔法を使うんだ?」
「え、ああ、えっと……ちょっと触るね。」
後ろから抱きしめられるようにして、アトレの手が重なる。
すると、まるで自分が世界になったかのような……周りの空気と同調しているような、そんな感覚に襲われる。
「あなたは今、空気中の魔素と同調しているの。自分の体のように、動かすことはできる?」
空気中にキラキラと光るものが見える。これが魔素か……よし、動かしてみよう。
「……追手が、近づいてきてる。あなたは修復に集中して。」
上の方で扉が蹴破られる音が響いた。急がないと。
アトレが俺と似た形の杖を取り出して、シールド……?のようなものを展開した。これなら、安心して修復できそうだ。
魔素を糸のようにして、魔法陣を穴埋めするように修復していく。
修復があらかた終わった頃には、敵はすでにこちらまできていた。アトレのシールドも限界そうだ。
「アトレ!魔法陣を発動させる!はやくこっちに!」
「……!わかった!」
アトレがこちらに駆け出すと同時に、シールドがパリンと弾ける音がした。
その瞬間、敵たちもアトレを追って魔法陣の方へ来る。
「逃すな!!」
俺はアトレが魔法陣の中に入り切った瞬間、魔法陣を発動させる。
転移する瞬間、視界にノイズのようなものが入った。
脳裏を掠めるのは、"失敗"の二文字。
──なんで、どうしてっ……
原因を探すと魔法陣の円を、敵がかき消していた。
対処しようとしたが、そんな暇はなかった。
手を伸ばそうとした時には、すでに視界が切り替わっていたから。
見渡す限りに広がる、満点の星空。そこには、巨大な魔法陣が描かれていた。
見覚えがある……だけど、あれはなんの魔法だっけ。
ああ、とにかくもう、疲れた……
心地良い浮遊感。まるで夢の中みたいだ。
「……えっ?えっ?ちょ、なんでわたしたち、上空に放り投げられて……」
落ちていく意識に身を任せて、俺はそのまま眠りにつく。
「ねえ、あなた……えっ寝てる?ちょっと、こんなところで寝ないで!!死んじゃうよーーーーーー!!!!!!」
その日の記憶は……そこで途切れた。
投稿開始してしまいました。これからもっともっと面白くするので、どうかよろしくお願いします。




