第12話|山背にて集う縁
葛城を発つ朝、豊姫はふと思い出したように言いました。
「姉上、出立の前に、お祖父様と父上にお別れを申したいのです」
息長帯姫は少し驚きましたが、すぐにうなずきます。
「そうね。きちんとご挨拶をしておきましょう」
こうして一行は、迦邇米雷王のいる山背国へと向かいました。
山背は水と山に恵まれた、どこか懐かしい気配のある土地です。ほどなくして祖父、迦邇米雷王が姿を現し、その傍らには父、息長宿禰王の姿もありました。ちょうど山背で合流したのです。
「豊姫も行くのか」
祖父の低く響く声に、豊姫は胸を張りました。
「はい。姉上のお役に立ちとうございます」
息長宿禰王は、娘たちをしばし見つめ、静かに言いました。
「大后を、頼みましたぞ」
その一言に、豊姫はいつになく真面目な顔でうなずきます。
そこへ、山背の有力者である山背根子が現れました。
「大后のご一行とあらば、ぜひお力添えを」
そう言って差し出したのは、二人の娘――葉山媛と長媛でした。
葉山媛は落ち着いた眼差しの持ち主で、物静かに頭を下げます。
長媛はやや快活で、豊姫とすぐに打ち解けそうな雰囲気をまとっていました。
「どうか、お側近くにお仕えさせてくださいませ」
今までの道行きは、襲津彦をはじめ男たちばかりでした。そこへ若い姫たちが加わることで、空気がふっと柔らぎます。
帯姫は思わず微笑みました。
「心強いことです。ともに参りましょう」
豊姫は小さく拳を握り、どこか誇らしげです。自分が先導して仲間が増えていくことが、嬉しくてならない様子でした。
山背を後にし、一行は木津川へ出ます。
春の光を受けた川面はきらきらと輝き、舟は流れに乗って一気に下っていきました。山の気配が次第に開け、やがて水は広く、難波の気配が近づいてきます。
難波では、依網吾彦男垂見が出迎えました。
「お待ちしておりました。大きな船を用意いたしましたぞ」
湾に浮かぶ船は、堂々たる姿です。帆も新しく、船腹は陽光を受けて白く光っています。
豊姫は葉山媛と長媛の手を引きながら、はしゃぐように船を見上げました。
「姉上、にぎやかになりましたね」
襲津彦も加わり、男たちの笑い声が響きます。若い姫たちの明るい声も重なり、甲板は活気に満ちていました。
帯姫はその様子を見渡します。
戦や予知に縛られた日々とは違う、温かな人の輪。
それは偶然ではなく、豊姫が繋いだ縁でした。
「……ありがとう、豊姫」
そっと呟くと、妹は振り返ってにこりと笑います。
「これからもっと増えますよ。姉上の味方は、たくさん必要ですもの」
春の風が帆をはらみます。
こうして、賑やかな仲間を乗せた船は、難波津をゆっくりと離れました。
帯姫の旅は、いつしか一人のものではなくなっていました。
豊姫が笑い、葉山媛が穏やかに頷き、長媛が帆を見上げる。
襲津彦の声も混じり、甲板は春の光に満ちていました。
帯姫はその光景を、静かに見渡します。
この者たちを、必ず生きて帰す。
それは祈りではなく、決意でした。
次回、第13話「鯛、酔う海」では――
濘田門での船上の宴にて、皇后が海へ注いだ酒に鯛が酔い、海は祝福のように賑わいます。




