第九部 第10章:覇道の果て、西への帰還――
ゲルマニア統一戦争の決戦が終結した後の三週間、アレク大公(公主)とシンは、勝利の余韻に浸る間もなく凄惨な戦後処理に奔走した。 まず行われたのは、戦場を埋め尽くした死者の埋葬である。一万名に及ぶ死体は平原の数箇所に集められ、巨大な火葬の山となった。肉の焼ける臭いを含んだ重く濁った煙は、冬間近の空を十日間以上にわたって覆い尽くし、絶えることがなかった。
それは「傭兵の時代の終焉」を示す高らかな狼煙だったのかもしれない。
生者の現実はさらに過酷であった。負傷者の治療は厳格なトリアージ(選別)に基づいて行われた。内臓を損傷した重傷者は「救いなし」と判断され、戦場の片隅で放置されるか、自ら命を絶つための短刀を渡された。自力で動けぬ者には、介錯という名の引導が渡された。 手足を負傷した者は麻酔もなしに患部を切り落とされ、視力を失った者や欠損を負った者は、雀の涙ほどの見舞金と共に除隊を命じられた。公国軍の傷病兵はまだ救いがあった。人手不足の政府機関や軍の後方支援業務に回され、最低限の生活が保障されたからである。しかし、敗北した傭兵群団の生き残りたちは、治療が終わるや否や、行く当てもなく荒野へと放逐された。
「……情けをかけて下さらないですか、アレク殿下」 不満を募らせる負傷傭兵たちを前に、アレク大公は冷徹に言い放った。 「俺はお前たちの流儀に従ったまでだ。『生き残ってなんぼ』『自由気まま』。それが貴様ら傭兵の看板だったはずだ。一命を取り留め、治療まで受けたのだ。あとはどこへなりと去るがいい。……ただし、再びこの地で悪行を重ねるなら、次は容赦せぬ」 放逐された数千の敗残兵たちがその後どのような運命を辿ったのか、公国の公式記録には一切の記載がない。
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事後処理が一段落した後も、アレク一世大公の多忙は極まった。しかし、彼は深夜の僅かな合間を縫ってシンを呼び出し、時にはツェンやブラウンシュタインを交えて今後の国家運営についての協議を繰り返した。
ある夜、灯火の下でアレクは静かに切り出した。 「シン。貴様は極めて危険な男だ。だが、その能力は惜しい。……俺の下に付け。新国家の宰相の地位を約束しよう」
シンは自嘲気味に笑い、首を振った。 「俺はただの傭兵ですよ、アレク大公。それに、フランク王国にやり残したことがあってね。あんたが俺たちと共に轡を並べて西へ行くつもりがないことは分かっている。そんな時間は、あんたにはもう無いだろうしな。……だから断る。悪いな」
アレクは無表情だったが、その瞳には同族嫌悪にも似た強い光があった。 アレクにとってシンは、「統一には不可欠であったが、統一後の国家には決して存在してはならない最も危険な同盟者」であった。 決戦において損害をわずか二割に抑えて勝利した事実は、シンがアレクの掌の上で踊る「駒」ではなく、「自らの意志で盤面そのものをひっくり返す力」を持っていることの証明に他ならなかった。
国家の礎として犠牲を厭わぬアレクの「統治の合理」に対し、仲間を一人も欠けさせまいとするシンの「生存の合理」。シンが損害を極小化したことは、アレクが描いた「傭兵を使い潰して排除する」というシナリオを、シンの知略が暴力的に書き換えたことを意味していた。 アレクは、シンを「いつか俺自身が狩りに行かねばならない怪物」として認め、最大級の敬意を持って決別――同盟解消――を選択したのである。
「……分かった。同盟解消だ。二ヶ月の猶予をやる。その間にゲルマニアから去れ」 アレクはそう告げると、一度も振り返ることなく席を立った。これ以降、二人が非公式な会話を交わすことは二度となかった。
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決戦の日から二ヶ月。 緋色の傭兵団、残留メンバー百五十名は、ゲルマニアを去る時を迎えた。 出発の朝、俺たちは「赤い鷹歩兵隊」として公国軍に編入されたシーゲルたちと別れの挨拶を交わした。 「死ぬなよ、シーゲルさん」「せいぜい偉くなって、最後はベッドの上で死ねよ、シン」 「ベッドの上で死ぬ」――それは、常に死と隣り合わせの傭兵にとって、最も幸福で、かつ最も残酷な生き方を願う、最上の別れの言葉だった。
生まれ故郷の村へと帰る脱退組との別れもあった。特にマルコは、同行を許されなかった悔しさと寂しさに、子供のように涙を流し続けていた。 公国軍務大臣となったアドルフィーネは、ガーブに対し「再戦できないのが残念だ。もっと飲み明かしたかった」としきりに惜しんでいた。「また会おう。またやろう」――二人は再会を誓い、互いの拳を強く打ち付け合った。「金打」と同じ、傭兵同士の違えることのない誓約である。
ブラウンシュタインはただ黙して頭を下げ、ヴィットマン侯爵は「大願成就の報を待っているよ」と温かい言葉をかけてくれた。 それぞれが最後の挨拶を終え、ガーブの鋭い号令が冬の空気に響き渡った。
「――出発!」
俺たちは馬を走らせ、西の地平へと向かった。 俺は戦場を顧みる、古代ロマヌス帝国の古いコインを握りしめながら。その背後、巨大な城壁の向こう側で、アレク大公が俺たちの背中を見ていたのかどうか、それは誰にも分からない。
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【ゲルマニア戦史年表:黒鉄期】
1200年代:ロマヌス帝国が東西に分裂。ゲルマニアの地に神聖ロマヌス帝国が造営される。
1300年代:神聖ロマヌス帝国の政治腐敗により各地の領主が造反。武力を傭兵に求める「暗黒時代」の始まり。「五色の剣(傭兵群団)」が台頭する。
1613年:フランク王国の侵攻。各地の領主と五色の群団が結束し、王国軍を撃退。
1617年:ミューラー公国より騎士団が出奔。黒の群団を乗っ取り「黒狼傭兵団」を称する。
1638年:傭兵ギルド設立。「傭兵の掟」が定められ、ゲルマニアは実質的に傭兵群団の管理下に置かれる。
1733年:ミューラー公国公主代行アレク殿下、ゲルマニア統一を掲げて蜂起。
1735年:ゲルニーハーヘンの決戦。ゲルマニア公国創設。五色の群団の崩壊。
1762年:ゲルマニア帝国発足。アレク一世が皇帝を襲名。
1764年:ゲルマニア帝国、フランク王国と戦端を開く。
1775年:十年戦争終結。ゲルマニア帝国の勝利。
(西方諸国年代記―ゲルマニア記より抜粋)
追記:緋色の傭兵団の名前はゲルマニア帝国正史には登場しない。
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―――緋色の傭兵団の物語、ゲルマニア編はこれにて終了する。
『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」はこれにて終了となります。
彼ら「緋色の傭兵団」の物語は次の舞台へと続きます。




