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『緋色の傭兵団の物語』~突然解散した傭兵団から飛び出した俺たちは新しい傭兵団を作って成り上がる  作者: 嵗(sai)


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第一部 第2章:合理の怪物の宣告 ―― 泥濘に沈む「捨て石」の数式

黒鉄期こくてつき一七〇〇年代。かつて大陸の覇者として君臨したフランク王国の栄華は、今や見る影もなく、黄昏の時を迎えていた。王政はその中枢から腐り落ち、玉座に座る王は政治への関心を失い、贅沢と退廃の沼に沈んでいる。その背後では、吸血鬼のような佞臣ねいしんたちが群がり、国富を啜り上げては私服を肥やしていた。


中央の統治機能が形骸化する中、地方の貴族たちは自衛と野心の果てに、自身の領地を一国のごとく統治し始めていた。境界線の水利や土地を巡る些細な争いが、瞬く間に村を焼き、家畜を奪い合う私戦へと発展する。正義や忠義といった高潔な言葉は、暖炉の灰よりも価値のないものへと成り下がり、力こそが唯一の法となっていた。


この混乱期において、「傭兵」の定義もまた変質していった。多くは領主が手を汚さずに敵を叩くための「ならず者の雇われ」であったが、俺たちがいた『憂国の傭兵団』のように、騎士道精神を重んじ、領民を守る「軍政のパートナー」としての誇りを持つ組織も存在した。だが、その高潔な誇りこそが、後に現れる「合理の怪物」によって最も冷酷に蹂躙されることとなる。

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そんな混沌とした大陸の南東部において、一際異彩を放つ領地が存在した。オルレアン伯爵領である。 領主であるオルレアン伯爵は、中央の腐敗にいち早く見切りをつけ、自領の防衛と拡大に全神経を注いでいた。彼は感情や伝統に惑わされることなく、膨大な資金力を背景に質実剛健な領軍を育成し、さらに多くの傭兵団を効率的な「歯車」として組み入れることで、近隣貴族との争いに連戦連勝を収めていた。


だが、王国の弱体化は他国の侵略を招く。南方の宿敵、東ロマヌス帝国が「失われた西方領土」の奪還を掲げて北上を開始したのである。帝国軍はその進軍路の要衝であるオルレアン伯爵領へと牙を剥いた。帝国は伯爵の軍事力を高く評価しており、単独での撃破は困難と見て、近隣の反オルレアン派貴族たちと結託。一七三二年冬、オルレアン伯爵領は四方を敵軍に囲まれるという、絶体絶命の包囲網の中に置かれた。

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一七三三年初夏。南部から侵攻する帝国軍に対し、オルレアン伯爵は俺たち傭兵団を「防波堤」として最前線に投入した。俺たち『憂国の傭兵団』を含む傭兵たちは、泥を啜り、死臭に塗れながら戦った。

戦場を歩く俺――シンの目には、この地獄すら「数字」の集積として映っていた。敵の行軍速度、物資の消耗率、そして俺たちが死ぬ確率。だが、俺の脳内の数式には、どうしても解けない空白が残っていた。なぜ、伯爵はこれほどまでに俺たち傭兵を、無造作に、まるで最初から存在しないもののように扱うのか。


その答えは、戦況が領都包囲戦へと移行した夏、あまりに唐突に提示された。 伯爵は八つの傭兵団の団長を、豪華な会議場へと招集した。そこには温かな暖炉の火と上質な葡萄酒があり、その中心に、冷徹な「怪物」が地図を広げて座っていた。伯爵は、団長たちの報告を茶を啜る程度の気軽さで聞き流すと、表情一つ変えずにこう言い放った。


「――死んでくれ」


一瞬の沈黙。その言葉の意味を、団長たちは即座に理解できなかった。 伯爵は淡々と続けた。「明日の戦い、傭兵団は全軍をもって正面中央から突貫せよ。屍を晒してでも、帝国軍を足止めするのだ。正規軍が戻るまでの二ヶ月、一歩も引くことは許さん」 それは明白な「捨て石」としての宣告だった。


「死ねと言うのか!」と椅子を蹴飛ばして吠えた他団の団長に対し、伯爵は標本箱の虫を見るような冷ややかな目で答えた。 「――では、死ね。所詮は傭兵風情。帝国軍を引き連れて地獄へ行くか、今ここで我が領軍に屠られるか……選ぶがいい」


伯爵にとって、この命令は感情的な裏切りなどではなかった。それは、最も安く、最も確実に勝つための「戦術用語」に過ぎなかったのである。

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決戦の日、戦場は地獄を煮詰めたような惨状となった。 伯爵の計算通り、俺たち傭兵団が肉壁となって帝国軍を疲弊させ、その死体の山を越えて、満を持して戻ってきた正規軍が敵を蹂躙した。帝国軍は六割もの損害を出して敗走し、領地には奇跡的な勝利の喚声が響き渡った。


だが、勝利の宴の裏側で、俺たち『憂国の傭兵団』は壊滅していた。百五十六名いた団員のうち百二十二名が戦死し、育ての親である団長さえも再起不能の傷を負った。 しかし、伯爵の「合理」はそこでは終わらなかった。彼は「傭兵のおかげで勝った」という事実が世間に流れることを忌み嫌った。


彼は生き残った俺たちに「敵を挑発して逃げ惑った卑怯者」という泥を塗り、報償の支払いを免れるどころか、街から追放したのである。 この筋書きは、伯爵が放った吟遊詩人の歌を通じて瞬く間に広められた。 ――卑怯なる傭兵団が恐怖に駆られて逃げ惑う中、正々堂々たる伯爵軍がこれを救った。 この出来すぎた真実により、俺たちは社会的に抹殺された。昨日まで守っていたはずの民衆から「面汚し」と罵られ、唾を吐きかけられた。傭兵は、為政者が都合よく消費し、用済みになれば汚れ物として廃棄する「使い捨ての道具」へと完全に転落したのだ。

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焼け焦げた戦場跡を去る際、俺は遠くに見えるオルレアンの城を振り返った。 そこで感じたのは、激しい怒り以上に、冷徹な「正解」を突きつけられたことへの戦慄だった。オルレアン伯爵は有能であり、だからこそ恐ろしい。人間を数式の一部としてしか見ない奴のような「合理の怪物」が支配する世界では、従来の戦い方ではただ摩耗して消えるだけだ。


この屈辱的な敗北は、俺たちの信念を決定的に変容させた。 かつての傭兵の合言葉であった「戦って生き残る(生き残ってなんぼ)」という言葉は、今や「何が何でも生き残って、再起を期す(生き残ってから戦う)」という、より悲痛で執念深い生存戦略へと姿を変えた。


「居場所がないなら、作ればいい。力のある居場所を」 俺は、もう二度と「殺される側」の駒として、誰かの手のひらで踊るつもりはない。 俺たちが目指すのは、フランク王国の東、数十の領主が乱立し、傭兵が独自の秩序を持つ混沌の地、ゲルマニアである。


ガーブ、ヤミル、クリス、ハンス、オットー、そして俺。 生き残った六匹の狼は、オルレアン伯爵という「合理の怪物」への復讐を胸に、そしてこの理不尽な世界の構造そのものを塗り替えるために、最初の一歩を踏み出した。 いつか必ず戻ってくる。その時は、盤面そのものをひっくり返す「嵐」として。

これが後に、大陸全土を揺るがすこととなる『緋色の傭兵団』の、泥濘の中から響き始めた最初の咆哮であった。


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