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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第一部:終わりの始まり

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第一部 第1章:終わりの始まり ―― 咆哮と惜別の残響

第一部:終わりの始まり

「捨て石として死ぬか、牙を剥いて生き残るか。合理の怪物に裏切られた六匹の狼、逆襲の旅立ち。」

オルレアン伯爵による「死んでくれ」という宣告から、自分たちが「仕組み」として使い捨てられたことを悟り、復讐を胸にゲルマニアへ向かうまでの絶望と覚醒を描きます。


「――これをもって、当団は解散する」団長の声は、掠れてはいたが、拒絶を許さない重みを持っていた。 その一言が発せられた瞬間、俺の脳裏には即座に別の数字が浮かび上がった。今回の戦いにおける損害率。それは、組織としての存続を完全に否定する残酷な回答だった。


黒鉄期(こくてつき)1733年、夏。フランク王国領南東部のオルレアン伯爵領と、南から攻め寄せる東ロマヌス帝国の熾烈な戦いは、一応の終結を見ていた。


夕闇が迫る丘の上。俺――シンの眼下に広がっていたのは、つい数刻前まで「地獄」という名の物理的な具現だった光景だ。焼け焦げた攻城兵器が骸骨のように横たわり、城壁にかけられたままへし折られた梯子が、無数の死体の上に無造作に放り出されている。鉄の匂い、焼けた肉の臭い、そして泥と血が混じり合った独特の芳香が、夏の生温かい風に乗って鼻腔を突く。


周囲では、奇跡的に生き残った徴集兵や他の傭兵たちが、ある者は空を仰いで泣き、ある者は狂ったように笑い、「勝ったぞ!」「生き残った!」と、狂乱に近い歓声を上げている。彼らにとって、この惨状は「生き残った」という事実を際立たせるための背景に過ぎないのだろう。


だが、俺は彼らの歓声に同調することはできなかった。 俺の脳内では、常に冷徹な“数字”が弾き出されている。 (――156名。それが、俺たちがこの戦場に投入された時の総数だ) 読み書きや計算を、かつての恩師である団長や幹部から叩き込まれた俺にとって、戦場は熱狂の場ではなく、常に損得と確率の数式で構成されている。俺たちが流した血の量と、それによって得られた「勝利」という対価。その天秤が、あまりにも不釣り合いであることを俺は理解していた。


勝利の報告と次の指示を仰ぐため、俺たちは丘の上に陣を張る団長のもとを訪れた。しかし、そこで俺たちを待っていたのは、戦勝の祝いでも、次なる追撃の命令でもなかった。


「――これをもって、当団は解散する」団長の声は、掠れてはいたが、拒絶を許さない重みを持っていた。 その一言が発せられた瞬間、俺の脳裏には即座に別の数字が浮かび上がった。今回の戦いにおける損害率。それは、組織としての存続を完全に否定する残酷な回答だった。

________________________________________


「団長! なんでだよ!」 沈黙を切り裂いて吠えたのは、俺たちの分隊長であり、“緋色の傭兵”の二つ名を持つガーベラ――通称ガーブだ。彼女は愛用の大刀を地面に突き立て、納得がいかないという表情で団長に詰め寄る。その瞳には、まだ戦闘の熱が残っており、怒りで朱に染まっていた。


団長は、自らの不自由な足を一瞥し、力なく、しかし決然と続けた。 「……分かるだろう。もはや団としての体裁を保てる状態ではない。156名いた団員のうち、戦死者は122名。俺自身、この足をやられた。もう以前のように前線で指揮を執ることはできん」


俺は冷静にその数字を再確認し、今の仲間の顔ぶれを見渡した。残ったのは、後方支援と兵站を支えていたオットーさんを含む6名。そして、奇跡的に軽傷で済んだ俺たちの分隊、ガーブ、ヤミル、クリス、ハンス、そして俺の5名だ。 歴戦の猛者から順に死んでいった結果、継戦能力を持つ者はわずか10名ほど。かつて「憂国の傭兵団」として誇り高く戦った組織の、これが無残な残骸だった。


「――それでも、『解散』は早すぎる」 俺の中に生じた小さな違和感。たとえ少人数になっても、再編の道はあるはずだ。だが、団長は俺の思考を先読みしたかのように、言葉を封じ込める。


「ここは街からも遠い。俺も含め、重傷者の完治は望めまい。……幸いにして戦には勝った。だが、雇い主であるオルレアン卿は、おそらく報償を払わん。奴にとって、ボロ雑巾のように使い潰した傭兵に払う金などないのだ」


その言葉に、巨漢のヤミルが低い声を漏らした。 「なら、傷を負った親父さんたちを見捨てろと?」 ヤミルの巨躯から発せられる威圧感をもってしても、団長の決意は揺るがなかった。「そうだ。動ける者は価値のあるものすべてを持って、直ちにこの戦場を離脱しろ。間もなく“ハイエナども”がやって来る。奴らが来る前に、俺たちは俺たち自身の手で、すべてにケリをつける」


「ハイエナ」とは、戦場に這い寄る略奪者だけを指すのではない。恩を仇で返し、手負いの傭兵を「卑怯者」として処理しに来る、伯爵の手先のことも含まれているのだと、俺はこの時直感した。


団長のその言葉には、武人としての最後の矜持が込められていた。自らの足跡を汚される前に、自らの手で幕を引く。一人、また一人と、生き残った負傷者たちが立ち上がった。「あちらでまた飲みましょう」と互いに別れを告げ、彼らは静かに丘の向こう側――死の安らぎへと向かっていった。


「……お前たちも行け」 団長の視線が、最後に残った俺たちに向けられた。ガーブは涙を拭い、一瞬で戦士の顔を取り戻すと、深く、深く頭を下げた。 「団長……私は、団長の意思を継ぎます。私がこの団を引き継いでみせます。今まで育ててくれて、ありがとう」 彼女は踵を返し、一度も振り返らずに歩き出した。俺も団長に向かって深く一礼し、彼女の後に続く。


「……シン」俺は団長を振り返る。「シン、これを返す」俺はコインを受け取る。「持って行け。元々お前のものだ」俺はコインを見つめる。古いコイン、古代ロマヌス帝国のものか。ポケットにねじ込む。再び一礼して離れる。

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歩きながら、俺は自らの行く末を思案した。読み書きができ、計算が得意な俺なら、このまま傭兵を辞めて商人の護衛や帳簿係として生きる道もあるだろう。それは穏やかで、安全な、しかし自分を偽り続ける道だ。


他に、楽な道はいくらでもある。だが――俺は、それを選ばない。


最後に残った兵站担当のオットーさんも、俺たちの後に続いた。 「オットー。あいつら頼みたい」短いやり取り。それが、長年連れ添った男たちの最後の別れだった。


「……オットー、頼んだぞ」静まり返った丘の上で、団長が短刀を抜く気配を感じた。 (――この人は、最初から生きて帰る気がなかったんだ) その残酷なまでの覚悟を脳裏に焼き付け、俺たちは焼け焦げた戦場を後にした。


この時、俺たち6人はまだ知らなかった。 自分たちが単に「運が悪かった」のではなく、あらかじめ「使い捨ての石(捨て石)」として計算されていたことを。 そして、その数式を解いた主こそが、オルレアン伯爵という「合理の怪物」であったことを。


黒鉄期におけるフランク王国は、内側から腐り果てていた。王政は形骸化し、佞臣たちが国富を啜る一方で、地方貴族たちは自領を一つの国家のように統治し、私利私欲のために戦を繰り返していた。正義や忠義といった言葉は、もはや暖炉の灰よりも価値のないものへと成り下がっていた時代だ。


その中で異彩を放っていたのが、オルレアン伯爵である。彼は中央の腐敗を切り捨て、自領を冷徹なまでの「合理性」で統治していた。彼にとって傭兵とは、領民を守るパートナーなどではなく、正規軍を無傷で勝利させるための「消耗品」であり、損害率と勝利への期待値を天秤にかけるための「駒」に過ぎなかった。

「死んでくれ」 伯爵が全傭兵団長に告げたというその言葉は、命令ですらなかった。それは、最も安く、最も確実に勝つための戦術用語だったのである。

________________________________________


俺たち「憂国の傭兵団」の生き残り――ガーブ、ヤミル、クリス、ハンス、オットー、そして俺、シン。 俺たちは、オルレアンの城を振り返った。そこには、勝利に沸く街の灯りが見えた。だが、その灯りは俺たちの血で燃やされているのだ。


俺の中に芽生えたのは、単なる伯爵への怒りではない。それは、個々の人間を数式の一部としてしか見ない、この世界の傲慢な構造そのものに対する、冷たく、しかし消えることのない炎だった。 (――オルレアン伯爵は、有能だ。だからこそ、危険だ) 彼を超えるためには、俺たちもまた「合理」を武器にしなければならない。だが、奴の合理が「切り捨てるための計算」なら、俺の合理は「生き残るための知略」だ。


この戦いは、俺たちの信念を決定的に変容させた。 かつての傭兵が持っていた「戦って生き残る(生き残ってなんぼ)」という言葉は、今や「何が何でも生き残って、再起を期す(生き残ってから戦う)」という、より悲痛で執念深いものへと姿を変えた。


「シン、何を考えている?」 先を行くガーブが、足を止めて俺を振り返った。その瞳には、すでに「前進」することだけを見据えた狼の輝きが宿っていた。 「……いや。これからの計算をしていただけさ、団長」 俺の言葉に、ガーブは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに獰猛な笑みを浮かべた。 「いい響きだ。だが、これからどうする?シン?」


「‥‥国を出る」おれは静かに答えた。ガーブはにやりと笑って言葉を返す「いいぜ、行ってやろうじゃないか、どこへでも」俺たちは、自分たちを「捨て石」として扱ったこの国に、いつか必ず戻ってくる。その時は、誰かの手のひらで踊る「駒」としてではなく、盤面そのものをひっくり返す「嵐」として。

黒鉄期1733年、夏。 後に「緋色の傭兵団」として大陸の歴史を塗り替えることになる6匹の狼たちは、夕闇に消えていくフランク王国の山々を背に、未知なる東の地、ゲルマニアへと向けて、力強く一歩を踏み出した。


これが、終わりの始まり。 俺たちの、泥臭い咆哮の幕開けだった。


だが、この時生き残った6人の若き傭兵たちは―― 自分たちが「使い捨ての石(捨て石)」だったことを、まだ知らなかった。


projectムンドゥス 新シリーズ始めました。

本日は第一部、全5話を配信します。

2026/03/01、08:00~09:00

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