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『緋色の傭兵団の物語』~突然解散した傭兵団から飛び出した俺たちは新しい傭兵団を作って成り上がる  作者: 嵗(sai)


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第三部 第2章:宿場町の火種

旧街道を進む俺たちの目の前に、三つの道が交差する中継地点としての宿場町が現れた。かつて神聖ロマヌス帝国の動脈として栄えた名残か、石畳こそ荒れているが、立ち並ぶ建物の数には往時の活気が微かに残っている。


だが、その大通りは歓迎の活気とは無縁の、ぴりついた沈黙に包まれていた。 街道を挟んで、二つの集団が睨み合っている。それぞれ二十人ほどの規模だ。

一方は、煤けたエプロンを締め、手に重いハンマーや鍬、肉切包丁を握りしめた男たち。その眼光は鋭く、自分たちの生活圏を必死に守ろうとする気概に満ちている。対するもう一方は、身なりこそボロだが腰に剣や槍を帯びた、ならず者か、あるいは食い詰めた傭兵崩れといった風体の若者たちだ。


「……あー、なるほどな」 俺は馬車の横で小さく溜息をついた。典型的な構図だ。町を我が物にしようとする不届きな若衆と、それを実力で排除しようとする職人たちの衝突。

さて、旅の始まりに余計な首は突っ込みたくないが、このままでは道が通れない。 俺がどう立ち回るべきか「計算」を始めるより早く、隣で一人の「考えなし」が弾け飛んだ。


「待った待ったぁ! その喧嘩、この俺が買ったぜぇ!」 抜けるような青空に、不釣り合いな金属音が響く。 ガーブが愛刀の両手剣を肩に担ぎ、鼻息も荒く両者の真ん中へと躍り出たのだ。その顔には「暴れたくて仕方がない」と書いてある。


(買うなよ、馬鹿……) 俺は思わず頭を抱えた。


「あぁん? なんだおめぇは!」「部外者はすっこんでろい、死にたいのか!」 当然、両陣営からの罵声が飛ぶ。

「なんだとぅ! やる気か!」 ガーブが好戦的な笑みを浮かべ、剣を握り直して吠える。一触即発。これ以上火に油を注がせるわけにはいかない。俺は無言でガーブの背後に詰め寄り、その脳天に渾身の拳を振り下ろした。 「……いっっっっっっっでぇ!」 蹲る団長の頭をスルーして、俺は後方の馬車へ視線を送る。


「オットーさん、出番です」 こういう時は、年の功と「商人の顔」を持つオットーさんの出番だ。


「シン君、今『困った時の狸親父』とか失礼なこと考えませんでした?」 「いえいえ、滅相もない(少しだけです)」 俺が首を振ると、オットーさんは苦笑しながら御者台から立ち上がり、朗らかな、それでいて芯の通った声を張り上げた。


「まぁまぁ、お二方。何が原因かはさておき、ここは多くの旅人が行き交う街道です。往来を塞ぐような事態はこの町の評判にも関わりますし、何より商売の邪魔になります。一旦剣を収めて、落ち着いてお話ししませんか?」


両集団の先頭にいた男たちがこちらを振り返る。一人は、岩のような拳を持った壮年の職人親方。もう一人は、血気盛んな瞳をした傭兵風の若者だ。


「関係ない者は引っ込んでろ! これは俺たちの問題だ!」 「そうだ、余所者に口出しされる筋合いはねえ!」 どうやら頭に血が上りすぎて、聞く耳を持っていないらしい。

だがオットーさんは動じなかった。 「そう言われましても、現に街道を塞がれて我々も迷惑しております。ひとまず、道を空けていただけませんか?」


オットーさんの放つ、海千山千の商人特有の威圧感に気圧されたのか、傭兵風の男が舌打ちをした。

「ちっ……。野郎ども、行くぞ! ここは一旦引きだ!」 若者たちが踵を返し、通りの奥へと消えていく。それを見送った職人たちも、忌々しげに鼻を鳴らして散っていった。


「さてさて、一体何が起きているのやら……」 去っていく両陣営の背中を交互に見つめる。今夜はこの町に泊まる予定だ。どこかで話を聞く必要があるな――そう考えた瞬間、隣にいたはずのハンスの姿が消えていた。


(相変わらず仕事が早い。ナイスだ、ハンス) 感心していると、横から鋭い蹴りが飛んできた。ガシッ、と腕で受け止める。


「痛てぇな、ガーブ」 「それはこっちのセリフだ! いきなり殴りやがって!」

「考えなしに飛び出す馬鹿を止めるには、物理的な衝撃が一番効率的なんだよ。状況を把握してから動けっていつも言ってるだろ」 ギャイギャイと言い争う俺たちに、馬車を降りたオットーさんが割って入る。


「はいはい、仲が良いのは結構ですが、まずは宿を取りましょう」 「誰が仲が良いか!」「はいはい、そうですね」 オットーさんは取り合わず、呆れ顔で宿の方へと歩き出した。

________________________________________


その夜。宿屋の一階にある酒場で、俺たちは久しぶりの「まともな食事」にありついていた。 脂の乗った腸詰、クタクタに煮込まれた野菜のごった煮スープ、そして噛み応えのある黒パン。オットーさんは冷えたエールを喉に流し込んでいる。野宿続きだった俺たちにとって、温かい食事は何よりの贅沢だ。


それぞれが腹を満たし、コーヒーの苦味で一息ついた頃合いを見計らって、俺は隅の席で気配を消していたハンスに声をかけた。 「さて、ハンス。状況説明を頼む」


「ああ。……結論から言うと、魔獣が出た」 ハンスが淡々と語る情報は、具体的かつ深刻だった。


「場所は宿場の端にある農家。襲撃は計二回。一回目は十九日前、夜半に家畜小屋が襲われ、羊一頭が喰われ、もう一頭が連れ去られた。二回目は四日前。今度は鶏小屋が荒らされ、十三羽が全滅。姿を見た者はいないが、被害に遭った住人は家畜の悲鳴に怯え、外へ出ることもできなかったらしい」 ハンスは懐からメモを取り出す。


「壊された扉には四条の爪痕。高さ百八十センチ、長さ十四センチ、深さ三センチ。そこから推測されるのは、大型の熊型魔獣」「なるほど、それで町衆が揉めていたわけか」


「そう。町役場は隣町の傭兵ギルドに討伐を依頼しようとしたんだが、相場が合わずに断念。そこに『自分たちがやる』と名乗りを上げたのが昼間の若衆。それを『未熟者が死にに行くだけだ』と止めたのが職人側の親方……。あの騒動に繋がった訳で」


俺は脳内で素早く計算を弾く。 傭兵を雇うには金がかかる。たとえ小規模な団でも二十人から三十人は動く。相場は一人一日三百G、さらに待機料五十Gに加え、食事と寝床の保証。この辺鄙な旧街道の宿場町が捻出できる額ではない。


「くそっ、親父の野郎。なんで俺たちにやらせてくれねえんだ!」 背後のテーブルから、木のコップを叩きつける音が響いた。振り返ると、昼間の若衆五人が酒を煽っている。中心にいるのは、俺より少し年上に見えるが、血気盛んな例の男だ。


「未熟、未熟ってよ……。前に盗賊二人を追い払ったのは俺たちだろ!」


「そうだ、魔獣一匹なんて、囲んで叩けばそれでおしまいだ。なぁ!」 威勢のいい言葉が並ぶが、魔獣の恐ろしさを知る俺たちからすれば、それは無知ゆえの蛮勇にしか聞こえない。


ふと、正面に座っていたガーブに目が止まった。 彼女はコーヒーを片手に、ニタニタと性格の悪い笑みを浮かべて彼らを見つめている。その目は完全に獲物を、あるいは面白い玩具を見つけた時のそれだ。

(……まずい、目がギラついてやがる) ガーブが立ち上がる前に、俺は釘を刺そうとしたが――遅かった。


「おい、てめえ! 何笑ってやがる!」 気勢を上げていた若者のリーダーが立ち上がり、俺たちのテーブルに詰め寄ってきた。他の四人もそれに続く。

「あ、いや……、俺は……」 「お前じゃねえよ、そっちの赤い奴だ!」 男がガーブを指差して怒鳴る。酒の勢いもあってか、その鼻息は荒い。ガーブは笑みを深めたまま、椅子に深く腰掛けている。


「いやあ、なかなか勇敢で頼もしいなと思っただけですよ。気に障ったなら謝ります」 俺は立ち上がり、穏便に済ませようと頭を下げた。相手の男は俺より二十センチは背が高いが、足元が僅かに浮いている。


「あ? 謝って済むかよ、退け、お前!」 男が俺の肩を掴み、力任せに押し退けようとした。 (ダメだ、力量差を見極められないのは、戦場じゃ死を意味するんだぞ、あんちゃん)


俺は肩に置かれた男の手首を、滑らかな動作で掴み取った。 そのまま体を引き込み、男の背後へと回り込む。同時に腕を鋭くひねり上げ、空いた手で後頭部を掴んで、テーブルの角へと叩きつけた。 「ゴンッ!」という鈍い音が響き、男の顔面が天板に沈む。


「がっ……!?」 「静かにしてなよ」 俺は男の肩を極め、完璧に制圧した。同時に、俺の横に座っていたヤミルが、ゆっくりと、岩山がせり出すような威圧感で立ち上がる。二メートルの巨躯が立つだけで、酒場に冷たい静寂が降りた。他の四人は、ヤミルの影に飲み込まれ、動くことすらできない。


「あんちゃん、すまないね。でも、先に手を出したのはそっちだ」 俺は冷静に、だが逃げ場のない声で告げた。 「ぐっ……、は、離せ……!」


「仲間内で大人しく呑むって約束するなら、放してやるよ。どうだ?」 「わ、分かった……! 放せ!」

俺はパッと手を放し、二歩下がって間合いを取った。男は極められた腕をさすりながら、信じられないものを見るような目で俺を見上げている。 そして、彼はようやく、俺たちの装備、使い古されているが手入れの行き届いた武器や、全身から漂う「硝煙の匂い」に気づいたようだ。


「……お前ら、傭兵か?」 俺はニッと口角を上げ、不敵な笑みを返した。


「そうだが? それも、ただの傭兵じゃない。死線をくぐり抜けてきた、本物だ」


宿場町での最初の夜。俺たちの「実力」は、思わぬ形で示されることになった。


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