第三部 第1章:旧街道と帝国の残照
第三部:
「伝説の幕開け。災厄の『特異体』を狩り、若き天才の盤上にその名を刻め。」
•旧街道の宿場町を脅かす魔獣、それも討伐隊二百人を全滅させる「特異体」を少数精鋭で仕留め、アレク・フォン・ミューラーの関心を引く転換点です。
フランク王国領での屈辱的な敗北と放逐から四ヶ月。俺たち「緋色の傭兵団」の一行六名は、フランク王国とゲルマニアの境界線に近い辺境の街をようやく旅立った。検問所での無機質なやり取りを終え、俺たちの目の前に広がったのは、どこまでも平坦で、それでいて荒涼としたゲルマニア中央平原へと続く道だった。
俺たちの最終的な目的地は、ゲルマニア中央に位置し、近年急速に勢力を拡大しているミューラー公国だ。しかし、現状の俺たちは何も持っていない。かつて所属した「憂国の傭兵団」はオルレアン伯爵の冷酷な計略によって使い潰され、壊滅した。生き残った俺たち六人が手にしているのは、使い古した武器と、わずかな路銀、そして胸に秘めた復讐の炎だけだ。
「なぁ、シン。本当に何もねぇな、俺たち」 隣を歩く大男、ヤミルが重いグレイヴを担ぎ直し、ぼやいた。 「ああ。だから道すがらいろんなものを手にしなきゃならない」俺は地図を確認しながら答えた。
まずはオットーさんの商売の基盤だ。俺たち傭兵団が独自の資金源を持つことは、特定の領主に使い捨てられないために絶対に必要な条件だ。次に鍛冶。戦場を渡り歩けば武器防具は消耗する。単なる研ぎだけでなく、代替品を自前で調達、あるいは修繕できる体制を整えなければならない。そして何より、団そのものを大きくする必要がある。
「目標は最低五十人だ」 俺がそう告げると、斥候のハンスが口笛を吹いた。
「五十人か……。今の俺たち六人じゃ、村単位の小競り合いに介入するのが精一杯だからな。それじゃ依頼料もたかが知れてる」
今のままでは、ゲルマニアを支配する五色の傭兵群団のどれかに潰されるか、吸収される未来しかない。領主や国同士の戦いに雇われ、戦況を左右できる規模にするには、実績と数が必要だ。しかし、ゲルマニアに来たばかりで実績ゼロの若造五人(と、おっさん一人)が募集をかけても、鼻で笑われるのが落ちだ。「だからまずは、『実力を示す』」
「どうやって?」 馬車の御者台に座るオットーさんが、眼鏡を指で押し上げながら聞き返してきた。
「街道沿いの村々で困っていること……特に魔物討伐や争いごとに介入して、確実に成果を出す。少人数の傭兵団だからこそ小回りが利くし、ニッチな需要があるはずだ」「間違ってはいないと思うけど。うまくいくのかな」 弓兵のクリスが少し不安そうに呟く。
「そこは、ガーブとヤミル次第かな?」 俺が二人に視線を向けると、団長のガーブは待ってましたと言わんばかりに腕をぐるぐると回し始めた。
「部隊の運用は俺とオットーさんで考えるから、二人は思いっきり暴れてくれ。クリスは二人の補助、ハンスは徹底的な情報収集を頼む」
「おう! 任せろ!」 ガーブの威勢のいい声が響く。反対に、ヤミルはやれやれといった風に天を仰いでいた。
街道を三日ほど進むと、次第に活気を含んだ宿場町の影が見えてきた。
この街道は、かつてゲルマニア全土を支配していた神聖ロマヌス国の全盛時代に施設されたものだ。当時は「すべての道は帝都に通ずる」と謳われ、帝都から各地へ血管のように伸びていた最初期の幹線道路である。しかし今や、維持管理を行う者もなく、石畳の間からは雑草が芽吹き、かつての栄光は見る影もない。
古い道は古い町に続く。新しい町ができれば新しい道が作られ、古い道は忘れ去られる。だが、俺たちが選んだのはこの旧街道だ。目指す先は、今は廃墟と化した旧帝都。
ゲルマニアの悲劇は、この神聖ロマヌス国の変質から始まった。帝国は自らを第1級市民とし、征服地の住民を第2級市民、さらにはその下に奴隷を設ける鋭角なピラミッド社会を築いていた。しかし、数百年のうちにその制度は歪み、支配者層の弾圧と民衆の抵抗が衝突を繰り返した。地方の領主たちは「自分たちも中央の被害者だ」と言い訳しながら独立し、その結果が六十余州にわたる文節の戦国時代だ。
その混沌の中で、傭兵団と商人は影のコントローラーとして、危うい均衡を保ちながら戦場を長引かせてきた。 「旧帝都はゲルマニアの中心だった。地政学的にも、全ての旧街道はあそこに通じている」 俺は並んで歩く仲間に説明した。
「それがなんだよ」 ヤミルが訝しげに問いかける。
「今は廃墟でも、物流のハブとしての機能は死んでいない。旧街道を活かせば、俺たちがのし上がるための勝機は必ずあそこにある」
俺の言葉に、皆が頭の上に疑問符を浮かべる中、オットーさんだけはクスクスと笑っていた。俺が何を狙っているのか、この海千山千の経験者は察しているらしい。
「ま、ここはシンに任せてみようか、みんな」 オットーさんの言葉に、ガーブが吠える。 「おお、いいぜ! 俺が活躍する舞台をどんどん作ってくれ!」
そうこうしているうちに、俺たちは宿場町の入り口に到着した。 「ここは旧街道の中でも三つの道が交差する中継点だ。今でも賑わう町なんだ……けど」 ガーブの言葉が途切れる。
「……うん、確かに賑わってるね」 「うわぁ……」
宿場の大通りに足を踏み入れた瞬間、俺たちの視界に飛び込んできたのは、凄惨な切り合いの修羅場だった。 街道を挟んで二つの集団が激しくやり合っている。一方の職人風の男たちが振るうハンマーや鍬、もう一方が構える殺気立った剣や槍。平穏なはずの宿場町が、一瞬にして鉄の匂いと悲鳴に包まれていた。
ゲルマニアの混迷を象徴するようなその光景を前に、俺は無意識に双刃の柄に手をかけていた。これが、俺たちの「成り上がり」の幕開けとなる。




