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『緋色の傭兵団の物語』~突然解散した傭兵団から飛び出した俺たちは新しい傭兵団を作って成り上がる  作者: 嵗(sai)


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第二部 第6章:牙を研ぐ野心、あるいは「緋色」の登記(前半)

「――なんだとおー! 討ち取っただとー!」


傭兵ギルドの重厚な石造りの扉を突き抜け、寒々とした街路にまで響き渡るような絶叫が上がった。 声の主は、受付に鎮座するあの「ひげだるま」だ。彼は驚愕のあまり、短い首を限界まで伸ばし、脂ぎった顔を朱に染めて俺たちを凝視している。


「はい。これが討伐の証です。首を切り取ってきました。……全部で三十四個あります」


俺――シンは、感情を排した声で淡々と告げ、血の滴る重いズタ袋をカウンターの上にドサリと置いた。 ドスン、という肉塊特有の鈍い振動。鼻を突く鉄の臭いが、ギルド内の澱んだ空気を一瞬で塗り潰す。


ひげだるまは口を金魚のようにぱくぱくと開閉させ、袋の隙間から覗く惨状と、返り血一つ浴びていない俺の顔を交互に見た。


「あれは……あいつらは、ただの賊じゃなかったはずだ……。傭兵団の崩れで、もっと……」


「ええ。そいつら『茶のブラウン・スウォード』の分団がどうのこうのと、死ぬ間際まで威勢よく嘯いていましたよ」俺が冷ややかな皮肉を込めて笑うと、親父の顔から急速に血の気が引いた。


「おま、お前……、本気で言っているのか? 奴らを……皆殺しにしたというのか?」


「では、報酬をお願いします」 返事がない。親父は石像のように固まっている。


「報酬を、お願いします」俺はもう一度、今度はさらに一音ずつ区切って、逃げ場のない要求を突きつけた。


「ほ・う・しゅ・う・を、お願いします」


親父はまだ渋っている。おそらく、この一〇〇〇ゴールドという端金はしたがねが、これほど早く、そして「最悪な形」で決済されるとは思っていなかったのだろう。


「ああ、それから。帰って来る途中、依頼主である街道沿いの村々にも立ち寄って、討伐完了の報告は済ませてきました。現物も見せてきましたから、今頃、街の方にも噂が届き始めているはずですよ」


俺のその一言が、親父の退路を断った。ギルドが「未完了」を装う道は、俺が先回りして完全に塞いでおいた。親父は俺の目を数秒間見つめ返し、やがて諦めたように目を閉じると、深い、底の見えない溜め息を吐いた。彼は引き出しの奥から、ずっしりと重い一〇〇〇ゴールドの入った革袋を取り出し、叩きつけるように机の上に置いた。


「ありがとうございます。……それと、もう一つ。団の正式登録をお願いします」


俺がそう告げると、親父はじろりと俺を睨み、引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。 『傭兵団登録申請書』。 俺は内心で小さく「やったぜ」と呟き、その紙を手に取ろうとした。

________________________________________


だが、その手を、親父の毛深い手がガシッと力強く抑え込んだ。 親父の顔から表情が消える。彼は俺を、そして俺の背後に立つガーブたち一行を、射貫くような眼差しで見つめた。


「おめぇ……、おめぇら。もう気づいているのだろう? あいつらが何なのか、本当は『誰の』配下なのか……」 親父の声は低く、警告というよりは呪いに近い響きを帯びていた。


「ギルドは、誰が何をしたか尋ねられたら、事実を答えるしかねぇんだ。……『茶の剣』の傭兵群団は、一党を合わせれば総数三千四百名余り。お前らは今、その巨大な熊の尻尾を思い切り踏んづけたんだ。奴らはお前らの首を、全力で狙ってくるぞ?」


俺は、右手首を握る親父の目を見つめ返した。そして、逆に親父の手首を握り返し、ぐいと力を込める。 親父の眉がぴくりと動いた。俺はその手を静かにはがすと、薄く微笑んで答えた。


「承知しています」分かっている。茶の剣が一堂に会すれば、確かに三千人を超える大軍団だ。だが、それはあくまで「集まれば」の話だ。 俺だって、この地に来てから無策で動いていたわけじゃない。調査によれば、茶の剣の主軸である『茶色の羆傭兵団』は、今、ここから遠く離れたガウス自治領に根を張っている。彼らは港湾都市ゲルニーハーヘンの守護者として、そこに陣取っているのだ。


彼らはガウスを支配する五人の大商人の一角、『ホーハーベン商会』と独占契約を結んでいる。現在、ガウスでは商会間の競争が激化しており、ホーハーベン商会は茶色の羆の武力を背景に、他の商会を一歩リードしている状態だ。 ここから導き出される結論は二つ。


一つ。商会間の競争が続く限り、茶色の羆の主力は動きようがない。俺たちを追撃するために本隊を動かせば、その隙にホーハーベン商会は他の商会に食い潰される。


二つ。他の商会もそれぞれ『黒』『赤』『青』『緑』の四大群団を雇っている。あの街から主力が出てしまえば、パワーバランスが崩れ、ホーハーベン商会そのものが潰されることになる。


さらに、俺たちの動きは他の傭兵群団にも注目されるはずだ。今回の「実績」によって、俺たちは五つの傭兵群団の間の「ノイズ」となる。互いに牽制し合う彼らにとって、俺たちへの深追いは自らの隙を晒すことに等しい。


「完璧な計算なんて、この世界には存在しない」 俺は内心でそう付け加えた。


「あるのは、『間違っていたとき、誰が死ぬか』。それだけだ」 だが、今はまだ、俺たちが死ぬ時ではない。


もちろん、そんな手の内をこの親父に明かしてやる義理はない。 俺は表情を消して親父を見つめ返した。ギルドの中を、鉄の臭いと冷たい沈黙が支配する。「お前……」 親父は再び長い溜め息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。


「……二〇〇ゴールドだ」 「え?」 「傭兵団の登録費用だ。さっさと出しやがれ」


「ありがとうございます?」 俺は机の一〇〇〇ゴールドから二〇〇ゴールドを差し出し、親父からペンを受け取った。俺は迷いなく、申請書の空白を埋めていく。


◇団名:緋色の傭兵団(Die Scharlachrote Söldnertruppe)《ディー・シャールラハローテ・ゼルナートルッペ》

◇団長名:ガーブ

◇構成員:オットー、ヤミル、クリス、ハンス、シン

◇所属群団:(なし)


「……、いいだろう」 書き終えた書類を差し出すと、親父はそれを黙って受け取り、後ろの事務員に回した。しばらくして、俺の手元に一枚の金属製のカードが届けられた。


「これで今からお前らは、正式な『緋色の傭兵団』だ。……さっさと行け」


親父は追い払うように手を振ったが、その瞳の奥には、わずかな好奇心が混じっているように見えた。俺は受け取ったカードを指先でなぞった。 金属の感触は、驚くほど冷たい。


「……軽いな」 三十四人の命と、これから始まる戦いの重さが、たった一枚のプレートに収められている。 俺はその違和感を、カードを懐に仕舞う動作で無理やり押し殺した。


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