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『緋色の傭兵団の物語』「ゲルマニア編」  作者: 嵗(sai)
第二部:泥濘の覇道

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第二部 第5章:ならず者の流儀、あるいは「緋色」の初陣

「やるぞ!」 俺の放ったその短い一言が、停滞していた旧街道の空気を一瞬で沸騰させた。


最初の一撃は、御者台のクリスだった。


彼はそれまで手綱を握っていた指先で、流れるように脇に立てかけた長弓を掴み取った。刹那、矢筒から抜かれた三本の矢が、弦が鳴るよりも早く解き放たれる。 ヒュン、ヒュン、ヒュン――! 短い、だが鋭い風切り音。茂みの中で弓を番えようとしていた三人の賊が、悲鳴を上げる暇さえなく仰向けに倒れた。矢は見事に全員の眼窩を貫き、脳にまで達している。


クリスは眉一つ動かさず、さらに三本を番える。戦いの高揚など微塵もない、ただ目の前の「障害」を間引くような、機械的なまでの無機質な作業。その冷徹な横顔こそが「神速の弓兵」の真骨頂だった。


同時に、行商人に扮していたオットーさんが動いた。 「おっとっと、足元が滑る!」 卑屈な演技のまま、彼は愛用のスリング(投石器)を鋭く振り抜いた。唸りを上げて飛翔した拳大の石が、接近しようとした剣士の額に直撃する。


ゴンッ! 嫌な破壊音が響き、剣士の頭蓋が陥没して脳漿が飛散した。オットーさんは「ひどいな、汚れちまった」と軽口を叩きながら、二投目、三投目で後続の眉間を的確に砕いていく。老練な兵站官が持つその武力は、生存のために削ぎ落とされた最も効率的な暴力だった。


「うおおおりゃああああ!!」 後方左からは、ヤミルの咆哮が響いた。 二メートルを超える巨躯が、その質量からは想像もつかない瞬発力で爆発した。彼は愛用のグレイヴを一閃させる。 ブォン! 重装の剣士が、盾ごと、そして胴体ごと一刀両断にされた。鉄が砕け、肉が裂け、骨がひしゃげる生々しい手応えが周囲に撒き散らされる。ヤミルは止まらない。


「立ち止まるは悪手だぜ?」 独り言のように呟きながら、彼は体を独楽のように回転させた。遠心力を乗せた一撃が、さらに三人の首をまとめて宙へと飛ばした。ヤミルが教わった独自の呼吸法による「溜めた気」が、戦場に血の雨を降らせていた。

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そして前方――「団長」ガーブが弾けた。 「右だ!」 俺の鋭い指示に、彼女は一切の迷いなく右方へ飛び込んだ。抜刀の瞬間、大刀の刃が陽光を反射して緋色に煌めく。


「ぎゃっ」「ぐぁ!」 交差した瞬間、二人の歩兵の足が膝下から切断され、地面に転がる。ガーブは着地の反動を利用してさらに低く沈み込み、槍兵の突きを紙一重で回避。そのまま下段から槍ごと敵を斬り上げた。


「……」 声も出せずに絶命する敵の肩を足場にして、彼女はさらに高く跳躍した。空中で大刀を両手で保持し、落下速度を乗せて背後の剣士を脳天から一刀両断にする。


チャキッ。 返り血を浴び、無造作に刀を構え直す彼女の姿は、まさにフランク王国で恐れられた「首狩りの女狼」そのものだった。彼女にとって、この虐殺はただの「散歩」に過ぎなかった。


俺もまた、自分の演算を完結させるために動いていた。 跳躍と同時に腰のナイフを抜き放ち、左側の槍兵の喉へ。着地の瞬間、影を縫うように移動してもう一人の鳩尾へ。


ぐさり、ぐさり。


「おー、喉か」 倒れゆく敵の身体を遮蔽物にし、さらに三本目のナイフを投じる。 (あれ? こいつら……弱くね?) 俺の中に、一抹の違和感が浮かんだ。槍兵の突きを跳んで避け、空中で手に持ったナイフで敵の顔面を突く。反動をつけて後ろに飛び、さらに首を斬りつける。すべてが想定通りに進む。 あまりにも完璧な「数式の処理」。

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戦闘開始から、わずか五分。


街道を支配していた騒乱は、不気味なほどの静寂へと取って代わられた。 「えーと、ひの、ふの、みー……」 俺は転がる死体を指差しながら数え上げた。 「弓兵八、槍兵十二、剣士十三。……よし、終わり。後はあんただけだ」


残されたのは、盗賊の頭らしき派手な装備の男一人だった。男は剣を構えてはいるが、その手は目に見えて震えている。 「……何だ、こいつ。弱いな」 俺は両手にナイフを持ち、淡々と歩み寄った。


「お、お、俺たちは、『茶色のブラウン・スウォード』の傭兵群団だ! こんなことして、いいと思っているのか!」 その名を聞いて、俺の足が止まった。「五色の群団」の一つ。だが、目の前の男の装備のどこにも、正式な群団の紋章は見当たらない。看板だけを借り、マージンを払って好き勝手に動いている端株はかぶに過ぎなかった。


「ま、いいや。死んで?」 俺は冷ややかに言い放つと、一瞬で懐に潜り込み、逆手に持ったナイフで男の首をかき切った。


どさり。 ナイフを引いた瞬間、確かな手応えがあった。 軽い。 あまりにも、軽すぎる。


かつて「憂国の傭兵団」として戦っていた頃、俺たちはもっと必死だったはずだ。一人の命を奪う重さを、嫌というほど掌に感じていたはずだ。それが今や、ただの「数式の処理」に変わろうとしている。俺たちの人間としての輪郭が、また一歩、削れ、歪み始めているのを実感した。

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「なんだかなー」 俺は頭をかきながら、死体の山を見渡した。


ガーブが近寄ってきて、不満げに刀を拭った。 「なぁ、シン。ゲルマニアの傭兵って、こんなに弱いの? 装備も大したことないし……」 「いや、こいつらが弱いんじゃない。俺たちが、もう戻れないところまで来ているんだ」


俺は地面に転がった男の荷物から、偽造された『茶色の剣』の分団証を拾い上げた。 「これをギルドに持っていく。一〇〇〇ゴールドの報酬と引き換えに、俺たちはゲルマニアの『秩序』に宣戦布告をするんだ」


「宣戦布告か、いい響きだねぇ」 ガーブが獰猛に笑う。


俺たちは、三十四人の首を切り取り、重いズタ袋に詰め込んだ。死体は穴を掘って埋めたが、この土木作業の方がよほど体力を削ったのは皮肉だった。


その後、俺たちは依頼主の村へと向かった。オットーさんが「行商人のオットー」として依頼完了を告げ、その証拠として、血の滴る袋の中身を村長に見せた。 村長は、そのまま卒倒した。


「あちゃー、やりすぎたか」


だが、これでいい。 俺は村人たちに「緋色の傭兵団」の名を広く宣伝するように伝えた。実績とは、こうして地道に、かつ鮮烈に積み上げていくものだ。


その夜、村で振る舞われた素朴な料理は、勝利の味というにはどこか物足りなかった。だが、今の俺たちには、その「欠落」こそが相応しいようにも思えた。


翌朝、俺たちは村を去り、帰路に就いた。 出発してから七日。俺たちは再び、あの「ひげだるま」のいる都市へと戻ってきた。


腰に差した新たな「実績」と、これからの戦いへの「数式」を胸に。 完璧な計算なんて、この世界には存在しない。あるのは「間違っていたとき、誰が死ぬか」だけだ 。 俺たち『緋色の傭兵団』の、泥臭い成り上がりの序章は、ここから加速していくのだ。


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