50.推しと親友のダブル攻撃
ライブが終わってから一週間。
NOCTISの十周年も無事に終わり、この先の予定も今のところない。
けど、私は毎日慌ただしい日々を過ごしている。
……というか、どっちかって言うと、騒がしいの方が正しいかもしれない。
「なぁ?夕莉」
朝、仕事の支度をしていると奏がのんびりした声で話しかけてくる。
「なに?」
視線を向けることもなく返事をする。
朝の忙しい時間帯に余裕がない。
「今日も来んの?」
時間に余裕がないはずなのに、私の動きはピタリと止まった。
そう、あのライブの日に葵さんに奏の存在がバレて以降、毎日のように葵さんが仕事帰りに私の家に来るようになった。
最初は奏から朔の話を聞きたいのかと思っていたが、最近は様子が違う。
……なぜか奏と葵さんが意気投合してしまって、そろって私をからかってくるのだ。
「来ないっ」
奏の方を振り向いて大声をあげる。
しかし、奏は呆れた顔で笑った。
「毎回そう言ってるけど、来てんじゃねぇか」
にやっと笑う奏の顔がいい……。
いや、そうじゃなくって!!
「もうっ!!葵さんが強引についてくんのよ!」
「あいつ、面白れぇからいいけどな」
テーブルの上で椅子に座り、腕を組んで奏は楽しそうにしている。
そんな様子さえ、様になっている。
「とにかくっ、今日はナシ!!行ってきます!」
大声で返して、私は慌ただしく家を出た。
「ただいま……」
私はぐったりしながら、家の扉を開けた。
玄関にはいつものように奏が立っていた。
「おかえり」
そう言って私の後ろを見る。
そしてやっぱり……にやっと笑う。
「やっぱ来てんじゃん」
「奏ーっ!ただいまっ!」
私の後ろから葵さんが元気よく奏に声をかける。
ここ、私の家なんだけど……。
「……今日も負けた」
私はとぼとぼとリビングへ向かう。
私の後ろをついてきながら葵さんは私の背中をばんばん叩く。
「私と夕莉の仲じゃんかー」
私は死んだような目で葵さんを振り返った。
「別にそれはいいのよ……」
「え、じゃあ何がダメなの?」
葵さんはきょとんとして私を見る。
わかってない葵さんが少しだけ憎い。
「奏と一緒に私をからかうのやめてよ……」
すると葵さんは心外そうに一歩引いた。
「え、からかってないよ」
私は言葉に詰まり、がっくりと肩を落とした。
「もぉ……いいです」
そう答えてバスルームに着替えに向かった。
着替えを終えてリビングに戻ると、案の定奏と葵さんは既に盛り上がっていた。
「そんであいつさ、進路指導の先生に完膚なきまで理論詰めして何も言えなくさせたんだよ」
懐かしそうに笑いながら、奏が朔の昔話を葵さんにしていた。
「きゃーっ!!朔、やっぱカッコいい……」
そんな話を嬉しそうに聞いている葵さんの手には既に缶ビールが収まっている。
「葵さん、早くない?」
私が隣に座ると葵さんは私にがばっと抱きつく。
「夕莉ぃー!!やっぱ朔最高だわーっ」
もう酔っ払ってるのか……。
「はいはい、そうですね」
私は適当に答えて葵さんの背中をさする。
ふっと奏と目が合う。
奏は楽しそうににやっと笑った。
「お前は俺が一番だもんな?」
「なっ……」
顔が熱くなる。
それは間違いないんだけど、本人に言われるとか、何なの!?
葵さんは残った缶ビールを一気に飲み干すと、空の缶をテーブルにばんっと置いた。
ペースが早すぎる。
「夕莉はねぇ!!人生かけて奏が好きなのよっ!!」
語りモードに入ってる。
やっぱり、空きっ腹にビール一気飲みなんてするから……。
私は軽く溜め息をついた。
「知ってる」
奏は事も無げに答えた。
「知ってんのかいっ!?」
葵さんのツッコミが入る。
ならいいやー、と軽く笑い始める葵さん。
ちょっと、私は置いてけぼりにされてしまっている。
「ちょっと、葵さん?飲み過ぎじゃない?」
次のビールをぷしゅっと開けながら、葵さんはとろっとした目で私を見た。
「だいじょーぶ……明日休みだから」
そう答えて、またぐいっとビールを飲んだ。
これは……もう今日は泊まる気だな。
私は諦めで、自分も缶ビールを開けた。
一口飲んでほっとする。
体の力が抜けた感じがした。
「あ、そうだ」
急に思い出したように葵さんが自分の荷物をごそごそとする。
大きめのトートバッグから布の袋を取り出す。
その中から出てきたのは……。
「朔……」
ポロッと奏の口から漏れた。
ファンクラブ限定のシリアルナンバー入り。
衣装は本人が着ていたメーカーがフィギュア用に作りおろした本格的なもの。
定価三万円でバンドロゴ入りのガラスケースは別売り。
奏と同じシリーズのフィギュアだ。
奏は立ち上がり、朔のフィギュアの前に進んだ。
身長差も本物と同じ、奏は少し見上げるようにして朔を見た。
「へぇー?懐かしいな、このフィギュア」
マジマジと朔を見ている奏の顔がふっと柔らかくなった。
奏は朔の衣装やベースを触りながら楽しそうに見ている。
そして振り返り、
「こいつは動かねぇの?」
葵さんはテーブルに顔を突っ伏した。
「私だって動いて欲しいのよぉっ!!」
だんだんとテーブルを叩く。
奏は驚いて一歩後ずさる。
「なんで奏は動いてんのよぉっ!!」
奏は椅子に戻りちらっと私の方を見た。
「なんでって言われてもな……」
私にも全くわからないから答えようがない。
私も少し困って首を横に振った。
悔しがる葵さんは顔をあげて、また缶ビールを口に運んだ。
そして、じっと奏を見る。
奏は真顔で顔をそらし、少し気まずそうにしていた。
「奏、並んで」
葵さんはビール片手に朔を指差す。
「は?」
「朔に絡んで」
奏はぷいっと横を向く。
「やだよ」
スマホを構えて待っていた私と目が合う。
「は?」
奏は驚いて動きを止めた。
「……ははっ」
私は誤魔化すように苦笑いした。
「……なんで夕莉までスマホ構えてんだよ」
「え、いやー、そりゃあ、撮るでしょ」
私はスマホを構えたまま、頬を掻く。
奏は再び椅子から立ち上がると、私のスマホの前に立つ。
「……俺だけで十分だろ」
スマホの画面にドアップの奏の顔が映し出された。
「……なっ……っ」
心臓が跳ね上がり、思わずシャッターを切ってしまった。
カシャ
奏はふっと笑った。
「……っ」
私は膝に顔を埋めて抱え込む。
もうっ!
心臓に悪すぎる。
「ちょっとぉ、私のスマホにも写ってよぉー?」
葵さんがちょいちょいと手を振って奏を呼ぶ。
「お前も俺の写真欲しいのか?」
葵さんは朔のフィギュアをずいっと奏の前に差し出す。
「私は朔オタなんですぅー。朔×奏の写真が欲しいのっ」
「いや、だからそれは……」
奏が渋る。
私は手を上げる。
「えー、ずるいっ、私だって二人の絡み写真欲しいっ」
「夕莉は奏×凪派じゃん!!」
「いやっ、それとこれとは別でっ……」
朔と奏を挟んでぎゃーぎゃー言い合ってると、耐えきれなくなったのか、奏が大声を上げた。
「うるせぇっ!!俺は仕事以外で絡み写真なんか撮んねぇからなっ」
私と葵さんはピタっと止まって奏を見た。
「「ファンが二人もいんだから、仕事と一緒じゃん?」」
声がピッタリと重なった。
「っ……仕事じゃねぇっ!!」
再び奏の叫びが響く。
「ファンサしてよー」
「一枚だけっ!」
「「お願いっ」」
二人で頼み込むと奏は渋い顔で朔を見た。
それから大きく溜め息をついて、頭を掻く。
「……一枚だけだぞ?」
「「やったぁーっ!!」」
私と葵さんは狂喜乱舞して手を叩きあった。
奏は渋々朔のフィギュアの前に立つ。
「……っとに、お前も動いたら俺、楽だったのに」
朔のフィギュアに向かってぶつぶつ文句を言ってる奏がちょっと可愛い。
「奏、朔の肩に手回して」
葵さんが指示を出すと奏は仕方無しに言われたとおりにした。
カシャカシャカシャカシャ
連写する音が響く。
私も慌ててスマホを構えて写真を撮る。
「もっと動いて!ライブみたいに!!」
葵さんが続けて指示を出しながら、スマホのシャッターを切る。
カシャカシャカシャカシャ
また連写の音。
「お前っ、一枚って言っただろうが!!」
「奏っ、ちゃんと朔に絡んでっ」
文句を言う奏に葵さんは被せるように返した。
奏は諦めたように朔を睨んだ。
あ、スイッチ入った?
奏の顔つきが変わる。
ライブ中のような煽る顔。
雑誌撮影のような整った表情。
気づけば私も鬼のような枚数の写真を撮ってしまった。
しばらくして、奏は大きく息を吐いた。
「もう終わりだっ」
疲れたのか奏は朔から離れ、椅子に戻ってぐったりと座った。
私はスマホの写真ホルダーをにやにやして見つめた。
なんだかんだ言って、奏はいい人なのよね。
その中の一枚を私は待ち受けに設定した。
その後は奏はずっと不機嫌そうに私たちの推し話を聞いていた。




