19.推しの初めての留守番
「出張?」
驚いた顔で奏が聞き返す。
「うん」
奏に向き合って私は頷いた。
「他県に泊りがけで研修行かなきゃならなくて」
私は手を合わせて拝むように謝りながら、奏に言った。
「ふぅーん?」
奏は少しだけ、不機嫌そうだ。
「一泊だけだから!」
言い訳?しながら、私は何故奏に許可取ってるんだろうと、疑問を持つ。
本来なら、いるわけがないのに。
でも、奏不機嫌になると、私も胸が痛いのは、やっぱり推しだからかな。
「別に、いいけど……」
そう言う奏は、納得はしてなさそう。
「うん、お土産買ってくるからね!」
そう言って私は、無理矢理会話を終わらせた。
そして、出張当日。
「じゃあ、行ってくるから!」
私は玄関で奏に言いながら、キャリーバッグを持つ。
そして、念を押す。
「わかってると思うけど……」
「はいはい、家を出ない、ね」
耳タコな奏が続ける。
一泊出張を告げた後、私は事あるごとに奏に言い聞かせていた。
――絶対、家をでないこと
――勝手に荷物に潜り込んでついてこないこと
「……信じてるよ」
私はそれだけを言い残して、家を出た。
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バタンっと大きな音がして扉が閉まる。
今の奏には、大きすぎる扉。
足音が遠く、聞こえなくなってから、奏はのっそりといつもの場所へ戻る。
いつもより、静かな気がした。
頭をガシガシと掻いて、奏は外を見つめる。
「……寝るか」
することもない。
なら、時間潰しは寝るに限る。
そう言って奏はソファに横になった。
ふっと目を覚ますと、辺りはすでに暗くなりかけていた。
――寝すぎたな
自分でもそう思った。
ムクリと起き上がり、奏は窓から空を見た。
夕闇迫る時間。
空が、紅から紺に変わっていく、短い刹那。
混ざりあった、何とも言えない、切ない色が広がっていく。
瞳を細めて、見つめる。
奏は、この曖昧な時間帯が好きだった。
たくさんの感情が降ってくる。
言葉が、湧いてくる。
音が溢れ出してくる。
「♪♪♪」
少しだけ、メロディが浮かんで、口にする。
それから、書き留める物がないことに気づいて、音が止まる。
「……」
時間ってこんなに長かったっけ?
不意に思った。
「長ぇーな」
独りごちた。
その声にも、いつもの賑やかな返事はない。
静かな時間、好きだったはずなんだけどな。
奏はぼーっとして、空を見る。
少しずつ、確実に夜は近づいてきている。
それでも、その夜は長い。
奏はただ、だんだんと夜に支配されていく空を見ていた。




