20.推しのいない一日
「疲れたぁー」
私は大声で叫んで、ベッドにダイブした。
ビジネスホテルの一室。
同じ部屋の葵さんは、くすくすと笑った。
「そうだね」
そう言って窓際のソファに座る。
部屋に入る前に買ってきたコンビニコーヒーを手に取り、口にする。
それから、ホッと一息をついたように見えた。
「でも、これで仕事は終わりっ!!」
両腕を上にあげ、一気にプライベートモードに移行する葵さん。
「今日は、語るぞーっ!!」
私は枕を抱き締めて寝転がり、笑顔で葵さんを見た。
「久々だねっ」
「今日は寝かさないよっ」
……葵さんの気合の入り方が、ちょっと怖い。
まぁ、でも仕方ないか。
最近は奏に構いっぱなしで、外部の推し活がさっぱりだったから、楽しみなのは私も同じ。
私達は、着替えやお風呂を済まし、大量に買い出してきたお酒や惣菜をつまみに、部屋で思う存分話すことにした。
「かんっぱーい!!」
ガンッと缶ビールがぶつかる。
一口目を一気に流し込む。
この感じも久しぶり。
さすがに……奏の前でお酒飲んで酔っ払う勇気は、まだないよ。
「……で?」
缶ビールをテーブルに置いて葵さんが問いかける。
「え?」
私は間抜けな声をだした。
「え?じゃないのよ!」
ばんばんっとテーブルを叩いて、彼女は詰め寄る。
「最近、夕莉がおかしい理由だよっ!」
ギクッ、という音が聞こえた気がする……。
「お、おかしいですか……?」
なんとかごまかさないと、と必死で平静を装う。
……けど、酔った葵さんの勢いはすごい。
「おかしいよ!!」
拳を握りしめて、力説する。
「前はあんっなに、毎日のように『奏語り』してたのにっ!!」
えっ、そんなに……そんなこと……。
……ある、かな……?
身に覚えしか、なかった……。
「最近は、仕事終わってもすぐ帰っちゃうし!!」
まぁ、それは早く帰らないと奏が拗ねるし……。
「休みの日も、誘っても出てこないしっ!!」
それも、休みの日はだいたい奏に捕まってるからで……。
合間にもグビグビとビールを煽る葵さんは、だいぶ酔ってきているようだ。
反面、私はボロが出そうで、進まない。
「夕莉っ!!」
「はいーっっ!!」
私は飛び上がる勢いで返事をした。
「あんた……」
ちょっ、葵さん、目が据わるの……早いですよ?
私の心臓はドキドキして、破裂しそうだ。
「男出来たでしょっ!!??」
…………?
「……は?」
思わぬ言葉に呆気にとられる。
一瞬、間を置いて私は反論する。
「っなワケないよっ!!私は十年前からっ、NOCTIS……奏ひとすじだよっ!!」
勢いで言ってしまってから、私の脳裏に浮かんだのは。
……家で私を待ってる、奏の顔だった。
一気に、頭に血が上るのがわかった。
「…何、今更赤くなってんの……?」
葵さんはつまらないとばかりに、ビールを煽る。
「夕莉の奏命は知ってるよー!」
ガンッとビールをテーブルに置いて、詰め寄る。
「でもっ!!今までと違う感じがするのよね……」
葵さん、鋭いっ……。
「いや、でも、私は今まで通り、奏しか興味ないよ……」
間違いではない。
まあ、その『奏』が問題なんだけど。
疑うような目で葵さんが見る。
「…………」
私はビール缶に口をつけて、ちびちびと飲みながら、黙った。
しばらく、沈黙が続く。
その間も飲み続けた葵さんは、だいぶ酔いが回ったようだ。
「まぁ……」
と、沈黙を破ったのは葵さんだった。
「夕莉がいいんなら、いいけどね」
少しだけ、つまらなそうに。
「……でも、いつか話してくれたら、嬉しいな」
ボソリと言った。
「葵さん……」
本当は、言ってしまいたい。
でも、言えるわけがない。
「ありがとう……」
プシュッと、新しい缶を開けて葵さんは、笑った。
「いいよいいよ!しんみりしちゃったけど、語ろっ!」
缶を上にあげ、乾杯のポーズをとる。
私も軽く缶をあげ、それに重ねた。
「ですねっ!次のライブの話ししましょうっ!!」
私も声を張り上げて言う。
せっかくだから、楽しく飲もう。
今日くらいは。
葵さんとたくさん話して、夜はふけていく。
楽しく話してても、私の頭の片隅には、やはり、家で一人で待っている奏のことが、ずっと残っていた。




