ソフィアとヴァール─世界の守護者たち─
特に謝られる覚えのない俺に、けれどヴァールは沈痛な面持ちで語る。
「……150年前、当時のアドミニストレータだったソフィアと、そのパートナーだったワタシは三界機構に敗れた。殺され、逃げて、そのせいで決定的な侵食を許してしまった」
「まさかそんなことで謝罪とか、馬鹿なこと言うなよ?」
とんでもなく見当違いな自責を抱いていそうなヴァールに、即座に釘を刺す。
ソフィアさんを筆頭に歴代アドミニストレータは全員、その使命を立派に果たしてくれた。邪悪なる思念との終わりない戦いという地獄に、それでも決死の思いで立ち向かっていってくれたのだ。
コマンドプロンプトの心を揺さぶるほどに、そんな彼らの姿は偉大で尊いものだった。
パートナーを務めてきたヴァールだってそうだが、そんな彼ら彼女らを、最終的に敗北したなどと誰が非難できるだろうか、誰が非難していいものだろうか。
たとえヴァール自身にだって、そんなことは言わせられない。力を込めて、告げる。
「お前たちが、どれだけ命を懸けて世界を護ってきたか私は知っている。敗れた後でさえ、どれだけの覚悟で大ダンジョン時代を生き抜いてきたのか……俺には到底、想像すらできない辛苦だ」
「コマンドプロンプト……その労り、ありがたく思うが。しかし」
「お前たちのせいなんかじゃない、断じて。この世界のあらゆるものが力を尽くして辿り着けた今は、間違いなくお前たちのおかげでもあるんだよ」
言い募ろうとする彼女を制して言い切る。ソフィアさんたちアドミニストレータと、先代パートナーたるヴァールの存在も、今ここに至るにはなくてはならないファクターだった。
敗北してなお、私たちシステム側に手を貸してくれて、WSOという大規模な探査者組織を組み上げたソフィアさんとヴァールの献身たるや、その功績は計り知れないものだ。
ただ、ただ、深い感謝がある。150年もの間、水面下で戦い続けてきてくれた彼女たちは、やはり世界の守護者に違いなかった。
そう言うと、ヴァールは俯き、目を閉じ感じ入るように深呼吸を繰り返してた。ややもすれば、涙すら滲ませていたのかもしれない。
ずっと、敗北したことへの罪悪感を抱えていたのか? だとしたら、どうか俺の言葉で以てそんなものからは解放されることを祈る。
誰より頑張ったあなたたちが、そんな苦しみを背負う必要なんてどこにも、ありはしないのだから。
「ありがとう……ああ。なんだか、救われた気持ちになった。あなたは、やはり救世主なのかもしれないな」
「……頼むから香苗さんの団体に入るとかは止してくれよ?」
「さて、それはどうしようか? 入信してあなたを崇め奉るというのも、中々悪くない気がしてきたんだがな」
「やめて」
俺の懇願に、憑物が取れたような柔らかい微笑みをヴァールは浮かべた。
ソフィアさんによく似た、けれど彼女らしい、どこか生真面目な笑顔だった。
「入信? 今あなた、入信と仰りましたか? 仰りましたね?」
「ほらきた! どうするんだよお前、召喚しちゃっただろ、本物の伝道師!」
「う……」
まあ、冗談でも例の組織のことを口にした以上、伝道師様が絡んでくるのは避けられないんですけどね。
議論を打ち切り颯爽と現れる香苗さん。望月さんと二人で爛々と目を向け、入信を迫っている。ああ、思わずしての展開にヴァールの目が死んでいく……可哀想だがこればかりは自業自得だ。
助けを求める視線から顔を背けて、俺は何食わぬ顔でアイを抱えて立ち上がり、その場を離れた。少し離れた席で、リンちゃんと座るベナウィさんの隣に落ち着き、遠巻きに啓蒙攻撃を受けるWSO統括理事を眺める。
「いやー、雉も鳴かずば撃たれまい、とはこのことだなあ」
「ハハハハ! いくらコマンドプロンプトとはいえ、ミスター・公平はやはりミスター・公平ですねえ」
「俺の自意識はたしかに山形公平ですからね。コマンドプロンプトの前に、15歳の高校生男子なんですよ」
だから狂信者と距離を置くことだってするし、子犬のようなヴァールを見捨てて一人、安全圏から高みの見物だってしちゃうのだ。いや、本当にまずい展開になりそうなら止めるけども。
今回ばかりは、みだりに入信とか口走っちゃった方が悪いよなあ。と、自己を正当化させつつも俺はアイを机に放した。相変わらず無垢な様子で可愛く鳴いて、今度はベナウィさんに寄っていく。
エクセレント、と彼は小さく呟いた。
「なんというプリティ・ドラゴン……3匹いたら一匹くらいは持ち帰りたいくらいですが、残念ながら一匹だけですしね。何よりあなたのご家族だ、ミスター・公平」
「ええ、そうですね。ご家族さんも、動物とかお好きで?」
「私も含めて目がなくて。いやあ、あれこれと10種類は飼っていますよ」
そんなに!?
まさかの動物園かよベナウィさん家。ちょっと興味湧いてくるんですけど。
「スマートフォンに家族たちとの写真を撮っていますよ。見ますか?」
「あ、それはぜひ」
家族想いなこの人は、スマホの容量を半分食う勢いで写真を撮っているって話だ。どんなご家族さんなんだろうと気になって俺は、そこからしばらく、彼のアルバムを見ていた。
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