表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物勇者   作者: Toooji
8/57

第七章 激戦の末


夜の帳が王国を包み込んでいた。


明日は婚礼の日。


城下町では祝いの灯りが消えることなく揺れている。


人々は酒を飲み交わし、歌い、笑い合っていた。


誰も知らない。


この国の命運が今夜決まろうとしていることを。


男は馬小屋の奥に設けた粗末な机の前に座っていた。


机の上には数枚の地図。


城内の見取り図。


地下通路。


警備兵の巡回経路。


王子の行動記録。


一年間。


寝る間も惜しんで集め続けたものだった。


男は最後の一枚を火へくべる。


証拠は残さない。


失敗すれば終わりだ。


成功しても、おそらく生きては帰れない。


それでも構わなかった。


王女が生きるなら。


この国が残るなら。


男は立ち上がった。


腰に剣を差す。


かつて魔王の腕を斬り落とした剣ではない。


一般兵舎から拝借してきた鋼の剣


それで十分だった。


今度こそ終わらせる。


そう心に誓いながら、男は夜の闇へ消えた。


----


魔王は一人だった。


男の予想通り。


婚礼前夜の深夜。


王子は必ず城の地下へ降りる。


一年間の調査で掴んだ習慣だった。


古い地下礼拝堂。


建国以前の遺跡に造られた忘れられた空間。


今では誰も近寄らない。


戦うには最適だった。


男は天井裏から様子を窺う。


礼拝堂中央。


蝋燭の灯り。


長椅子。


古びた祭壇。


そして金髪の青年。


王子は祭壇へ腰掛けていた。


まるで待っていたかのように。


「遅かったですね」


穏やかな声だった。


男は隠れるのをやめた。


ゆっくり姿を現す。


王子は微笑む。


「随分と熱心に調べてくれました」


王子は立ち上がる。


「ですが残念です」


青い瞳が細められる。


「あと一日待てば良かったのに」


その瞬間。


男は飛び出した。


剣が閃く。


言葉など必要ない。


魔王も笑みを消した。


轟音。


礼拝堂の石柱が砕ける。


床が裂ける。


十二年前。


世界を滅ぼした戦いの続きが始まった。


----


激戦だった。


王子の姿は消え去っていた。


チャームを自らにかけ身体強化をする。


かつて闘った魔王の姿が現れる。


しかし男も以前とは違った。


死ねない呪い。


何十年もの拷問。


狂気の人体実験。


その全てが怪物じみた生命力を与えていた。


肉が裂ける。


骨が砕ける。


それでも立ち上がる。


何度でも。


何度でも。


魔王の顔から余裕が消えていく。


「なぜだ……」


魔王が呻く。


「なぜまだ動ける」


男は答えない。


答える必要もなかった。


守るためだ。


それだけだった。


そして、その一瞬!


勝負は突然決した。


男の剣が魔王の腹部を貫く。


続けざまに膝を砕く。


肩を斬る。


首を裂く。


魔王が崩れ落ちた。


礼拝堂の床へ叩きつけられる。


男は剣を構える。


心臓を突き刺す。


それだけで終わるはずだ。


再生能力を持つ魔王も心臓への一撃なら。


あと一歩。


その時だった。


礼拝堂の扉が開いた。


「やめて!!」


男の身体が凍りつく。


聞き慣れた声だった。


王女。


白い寝衣のまま。


髪を乱しながら駆け込んでくる。


息を切らしていた。


男は叫ぶ。


「来るな!」


しかし遅かった。


王女は倒れた魔王へ向かって走る。


男の剣が振り下ろされる。


王女が飛び込む。


鮮血。


時間が止まった。


王女の肩から血が流れていた。


浅い。


致命傷ではない。


だが十分だった。


男の剣は止まった。


王女は震える腕で魔王を抱き締める。


「大丈夫……」


涙を流しながら。


必死に。


愛しい人を守るように。


男の心が沈む。


理解した。


本当に愛しているのだ。


魔法ではない。


魅了でもない。


この純粋な王女は。


本当に魔王へ恋をしてしまったのだ。


----


「どうして……」


王女が顔を上げる。


涙で濡れた瞳。


「どうしてこんなことをするの……」


男は答えられなかった。


「王子様が何をしたというの」


違う。


そう言いたかった。


だが言葉にならない。


王女は男を見る。


礼拝堂の壁に立て掛けられた巨大な鏡が視界へ映る。


男はその鏡を見た。


そこにいるのは怪物だった。


耳まで裂けた口。


尖った耳。


赤く濁った眼。


焼け爛れた皮膚。


潰れた鼻。


まるで悪夢から生まれた魔物。


男は息を呑む。


久しく見ていなかった。


自分の顔。


監獄。


拷問。


薬品。


絶叫。


失われていた記憶が蘇る。


そうだ。


自分は。


こんな姿になっていたのだ。


王女が震える理由も分かる。


怪物が愛する人を殺そうとしている。


そう見えているのだから。


「近寄らないで……」


王女が怯える。


男は何も言えない。


そして。


王女は叫んだ。


「出ていきなさい!!」


礼拝堂へ声が響く。


「この怪物!!」


男は静かに目を閉じた。


胸の奥が酷く痛んだ。


だが怒りはなかった。


王女は何も知らない。


知らなくて当然だ。


自分は怪物なのだから。


その時。


王女の背後で。


強化魔法をといて。


いつもの王子に戻った姿の。


魔王が薄く笑った。


勝ち誇るように。


男だけに見える角度で。


----


「侵入者だ!!」


遠くから衛兵の声が響く。


足音が近づいてくる。


計画は終わった。


失敗だった。


あと一歩だったのに。


男は最後に王女を見る。


王女は魔王を抱き締めていた。


もうこちらを見ていない。


男は剣を納めた。


そして振り返る。


幼い頃。


王女に教わった隠し通路。


誰も知らない秘密の道。


男は闇の中へ飛び込んだ。


背後で衛兵たちの怒号が響く。


王女の泣き声が聞こえる。


魔王の笑い声は聞こえなかった。


だが確かに聞こえた気がした。


こうして。


王国を救おうとした男は。


王女を襲った怪物として。


王国全土から追われる存在となったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ