第七章 激戦の末
夜の帳が王国を包み込んでいた。
明日は婚礼の日。
城下町では祝いの灯りが消えることなく揺れている。
人々は酒を飲み交わし、歌い、笑い合っていた。
誰も知らない。
この国の命運が今夜決まろうとしていることを。
男は馬小屋の奥に設けた粗末な机の前に座っていた。
机の上には数枚の地図。
城内の見取り図。
地下通路。
警備兵の巡回経路。
王子の行動記録。
一年間。
寝る間も惜しんで集め続けたものだった。
男は最後の一枚を火へくべる。
証拠は残さない。
失敗すれば終わりだ。
成功しても、おそらく生きては帰れない。
それでも構わなかった。
王女が生きるなら。
この国が残るなら。
男は立ち上がった。
腰に剣を差す。
かつて魔王の腕を斬り落とした剣ではない。
一般兵舎から拝借してきた鋼の剣
それで十分だった。
今度こそ終わらせる。
そう心に誓いながら、男は夜の闇へ消えた。
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魔王は一人だった。
男の予想通り。
婚礼前夜の深夜。
王子は必ず城の地下へ降りる。
一年間の調査で掴んだ習慣だった。
古い地下礼拝堂。
建国以前の遺跡に造られた忘れられた空間。
今では誰も近寄らない。
戦うには最適だった。
男は天井裏から様子を窺う。
礼拝堂中央。
蝋燭の灯り。
長椅子。
古びた祭壇。
そして金髪の青年。
王子は祭壇へ腰掛けていた。
まるで待っていたかのように。
「遅かったですね」
穏やかな声だった。
男は隠れるのをやめた。
ゆっくり姿を現す。
王子は微笑む。
「随分と熱心に調べてくれました」
王子は立ち上がる。
「ですが残念です」
青い瞳が細められる。
「あと一日待てば良かったのに」
その瞬間。
男は飛び出した。
剣が閃く。
言葉など必要ない。
魔王も笑みを消した。
轟音。
礼拝堂の石柱が砕ける。
床が裂ける。
十二年前。
世界を滅ぼした戦いの続きが始まった。
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激戦だった。
王子の姿は消え去っていた。
チャームを自らにかけ身体強化をする。
かつて闘った魔王の姿が現れる。
しかし男も以前とは違った。
死ねない呪い。
何十年もの拷問。
狂気の人体実験。
その全てが怪物じみた生命力を与えていた。
肉が裂ける。
骨が砕ける。
それでも立ち上がる。
何度でも。
何度でも。
魔王の顔から余裕が消えていく。
「なぜだ……」
魔王が呻く。
「なぜまだ動ける」
男は答えない。
答える必要もなかった。
守るためだ。
それだけだった。
そして、その一瞬!
勝負は突然決した。
男の剣が魔王の腹部を貫く。
続けざまに膝を砕く。
肩を斬る。
首を裂く。
魔王が崩れ落ちた。
礼拝堂の床へ叩きつけられる。
男は剣を構える。
心臓を突き刺す。
それだけで終わるはずだ。
再生能力を持つ魔王も心臓への一撃なら。
あと一歩。
その時だった。
礼拝堂の扉が開いた。
「やめて!!」
男の身体が凍りつく。
聞き慣れた声だった。
王女。
白い寝衣のまま。
髪を乱しながら駆け込んでくる。
息を切らしていた。
男は叫ぶ。
「来るな!」
しかし遅かった。
王女は倒れた魔王へ向かって走る。
男の剣が振り下ろされる。
王女が飛び込む。
鮮血。
時間が止まった。
王女の肩から血が流れていた。
浅い。
致命傷ではない。
だが十分だった。
男の剣は止まった。
王女は震える腕で魔王を抱き締める。
「大丈夫……」
涙を流しながら。
必死に。
愛しい人を守るように。
男の心が沈む。
理解した。
本当に愛しているのだ。
魔法ではない。
魅了でもない。
この純粋な王女は。
本当に魔王へ恋をしてしまったのだ。
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「どうして……」
王女が顔を上げる。
涙で濡れた瞳。
「どうしてこんなことをするの……」
男は答えられなかった。
「王子様が何をしたというの」
違う。
そう言いたかった。
だが言葉にならない。
王女は男を見る。
礼拝堂の壁に立て掛けられた巨大な鏡が視界へ映る。
男はその鏡を見た。
そこにいるのは怪物だった。
耳まで裂けた口。
尖った耳。
赤く濁った眼。
焼け爛れた皮膚。
潰れた鼻。
まるで悪夢から生まれた魔物。
男は息を呑む。
久しく見ていなかった。
自分の顔。
監獄。
拷問。
薬品。
絶叫。
失われていた記憶が蘇る。
そうだ。
自分は。
こんな姿になっていたのだ。
王女が震える理由も分かる。
怪物が愛する人を殺そうとしている。
そう見えているのだから。
「近寄らないで……」
王女が怯える。
男は何も言えない。
そして。
王女は叫んだ。
「出ていきなさい!!」
礼拝堂へ声が響く。
「この怪物!!」
男は静かに目を閉じた。
胸の奥が酷く痛んだ。
だが怒りはなかった。
王女は何も知らない。
知らなくて当然だ。
自分は怪物なのだから。
その時。
王女の背後で。
強化魔法をといて。
いつもの王子に戻った姿の。
魔王が薄く笑った。
勝ち誇るように。
男だけに見える角度で。
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「侵入者だ!!」
遠くから衛兵の声が響く。
足音が近づいてくる。
計画は終わった。
失敗だった。
あと一歩だったのに。
男は最後に王女を見る。
王女は魔王を抱き締めていた。
もうこちらを見ていない。
男は剣を納めた。
そして振り返る。
幼い頃。
王女に教わった隠し通路。
誰も知らない秘密の道。
男は闇の中へ飛び込んだ。
背後で衛兵たちの怒号が響く。
王女の泣き声が聞こえる。
魔王の笑い声は聞こえなかった。
だが確かに聞こえた気がした。
こうして。
王国を救おうとした男は。
王女を襲った怪物として。
王国全土から追われる存在となったのだった。




