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怪物勇者   作者: Toooji
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エピローグ 怪物勇者


暖かな風が吹いていた。


鳥のさえずりが聞こえる。


男はゆっくりと瞼を開いた。


青い空。


白い雲。


そして目の前には、白い花が咲き誇る庭園が広がっていた。


王城の庭園だった。


懐かしい景色。


幼い少女が、無邪気に駆け回っていた場所。


男はゆっくりと身体を起こす。


胸へ手を当てる。


――鼓動。


規則正しく心臓が動いていた。


ドクン。


ドクン。


驚きながら自分の手を見る。


裂けていた口元を触れる。


滑らかな皮膚だった。


尖っていた耳も、元の形へ戻っている。


庭園の池へ映る姿を見ると


赤かった瞳も穏やかな黒へと変わっていた。


怪物の姿は、どこにもなかった。


魔王に敗北して呪いをかけられる前の姿に戻っていた。


男は静かに笑う。


その時だった。


「目が覚めたのですね。」


聞き覚えのある声。


男が振り返る。


そこには、一人の女性が座っていた。


銀色の髪を風になびかせ、優しく微笑んでいる。


女王だった。


いや。


男の心には、昔と変わらない姿で映っていた。


王女。


あの日、馬小屋で笑っていた少女のままだった。


「ずいぶん眠っていました。」


男は口を開こうとする。


だが言葉が出ない。


代わりに、目から涙がこぼれ落ちた。


女王は何も言わず、その涙を見守っていた。


あの戦いから一ヵ月が過ぎていた。


王女はその後の話を丁寧に教えてくれる。


「魔王は消え戦いは終わりました。」


「チャームが解けた影響なのでしょうか」


「民たちは王子の事など忘れたかのように過ごしています」


「そうそう」


「反乱軍の皆さんがあなたに会いに訪れました。」


「安静だというのに、胴上げして感謝していましたよ」


王女は笑った。


「すぐに西の国へ戻り魔王が倒された事を伝えるそうです。」


「執事さんも一緒に行かれ、生き延びた遠征軍を連れ返してくれるそうです。」


魔王のチャームが無くなれば。


あの国の戦いもすぐに終わるだろう。


「この王国も……平和を取り戻しました。」


男は静かに耳を傾ける。


「賢者様から手紙も届きましたよ。」


「『世界は今日も退屈せぬ』そうです。」


思わず男も笑ってしまう。


あの変わり者らしい言葉だった。


頭領たち。


反乱軍。


騎兵隊の馬たち。


賢者。


たくさんの顔が浮かび、静かに消えていく。


誰一人欠けても、ここへは辿り着けなかった。


しばらく沈黙が続いた。


風が白い花を揺らす。


女王はゆっくり男の隣へ歩いてくる。


そして同じように庭園を眺めた。


「あの日。」


女王が小さく口を開く。


「幼い頃、あなたとの約束。」


男は頷く。


忘れるはずがない。



『お父様から聞いたはよ。』


『あなたが私を守ってくれるのね。』


『なら、お母様みたいにいなくならないで…』


『約束よ。』



国王、そして王女との約束だけで。


ここまで歩いてきたのだから。


「…ありがとうございました。」


男は静かに首を横へ振る。


違う。


一度は守れなかった。


そして。


たくさんの人を救えなかった。


そう伝えようとした時だった。


女王は優しく微笑んだ。


「あなたは、よくやりました。」


男は目を見開く。


そして、ようやく肩の力を抜けた。


長い旅が終わったのだと、初めて実感する。


女王は空を見上げる。


「これからも、この国はつらく苦しいことが続くかもしれません。」


「悲しい別れもあるでしょう。」


「それでも、人は前へ進みます。」


男も同じ空を見上げた。


青く澄んだ空だった。


戦火も。


絶望も。


もうそこにはない。


女王は男へ向き直る。


少女の頃と同じ、柔らかな笑顔で。


「一緒に行きましょう。」


その一言に。


また涙が溢れる。


返事はできなかった。


ただ静かに頷く。


それだけで十分だった。


暖かな風が、二人の間を吹き抜ける。


白き王国に、また平穏な毎日がが訪れる。


長い旅の中で、人々は彼を様々な名で呼んだ。


怪物。


森の悪魔。


不死者。


王女の剣。


けれど最後まで、その男に名前はなかった。


それでも後の世の人々は、一人の名もなき男の物語を語り継ぐ。


誰も気づかなかった絶望の時代に現れ、


怪物の姿になりながらも人の心を失わず、


ただ約束を守り抜いた者として。


人々は敬意を込めて、その男をこう呼んだ。


――怪物勇者。


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