誰そ彼時のあいつ
「おっと、ちょっと早くないかい?」
「ゼルが遅いんだよ」
天界を抜けて雲から飛び出して、久しぶりの地上に空気を吸った。前も戻っては来たが、世界線を同一にしてくれた効果は意外と、精神的に作用してるみたいだ。
空から見たかつての街の輪郭。全体像を見る。そんな一瞬の出来事は過ぎて、すぐさま彼を探す為にぼくは行動に出た。
生まれた時から過ごしてきた場所だ。どこに何があって、どんな道があるのかなんて、千里眼がなくてもわかる。
だからぼくはスイスイと、見当をつけながら飛んでいく。移動の主導権がこっちにあるというのもあるけど、対してゼルは後を追うのが精一杯といった感じだ。
ぼくは若干スピードを下げた。ゼルは軽く息を切らしているようだ。飛んでいるだけなのに、そこまでだろうか。
「遅いと言われても、地上は君の庭だしね」
「着いてくればいいだけだよ。障害物があるわけじゃないし」
「君の挙動がよくわからないんだよ。右に行ったり左に行ったり……」
ゼルがため息混じりに言う。場所を探りながら飛んでいるから仕方ない、と答えようとした時。
「あ……」
ふと横目に橙が映った。体を正面にしてそれを見ると、燃えるような温もりを持った、焼け付く夕日だった。
アスファルトを焦がす勢いで、沈みかけた太陽が地上を照りつける誰そ彼時。そんな昔懐かしい光景は、焦げて固まった思い出の入り口を再燃させるようだった。
体が大きく、ドクンと脈打った。顔に出かかった感情を、唾液と一緒にぐっと奥に押し込んだ。
「夕方って奴かい」
「うん。……どこかで聞いたことがあるんだけどさ、人間界と霊界が一番近くなるのは、夕方らしいよ」
へえ、と楽しげにゼルが言う。地上への放浪人として、思うところでもあるのだろうか。
「根拠は知らないけど、実際そうなってるね」
「だね」
無意識に、自分の手首を掴んでいた。しっかりとそこには体温と感触があるのだ。でも、それでもぼくは死んでいる。
区切り目をつけるように、髪が揺れるほどの速度でぼくは振り返った。温かな夕日が背を照らす。
「行くよ」
「闇雲に探すんじゃ駄目だよ?」
「大丈夫」
さっきより鮮明に、明るくなった気がする地上世界を見ながら覚悟を伝えた。
「もう行くべき場所は見えてるんだ」
深呼吸でワンテンポ置く。あいつがいる場所へ、ぼくは急いだ。
後ろは気にしなかった。勝手にきてくれているはずだから。感傷に浸る間も、思い出話に花開かす間も、そんなものは必要ない。そろそろ間延びを断つ時だから。
顔を冷たく撫でて体を突き刺すような冷風も、今はぼくを包み込んで支えてくれるような爽風に感じられる。
もうすぐ大団円、というところなのだろうか。でも、これまでの山あり谷ありの傷跡を振り返る気にはなれなかった。
なにがあったかは痛いほど覚えている。良かったことも悪かったことも。だけど、その余韻に浸かるのはまだなんだ。今、目の前のことに全力でぶつからないと、きっと終わりは霞む。
こんな濃密なお話が語れるようになる頃には、笑い話になっていることだろう。あんなことあったな、なんて懐かしめるようになるには、その時に身を投じなくちゃいけない。
ああ、もう終わりだ。
なんだか、面倒ではありながらも空虚を埋めていたRPGが終焉を迎えてしまうようだ。長くて飽きそうになりながらも続けてきた練習が、実を結んでしまうような。
やっぱり、寂しい。なんだかんだと言って、関わってきた天使や相棒たちとやってきたことは楽しかったんだ。
死んでから感じてきた、常識をひっくり返す出来事の数々は、とても新鮮だった。破天荒な動きっぷりに感服する度、自分の中の価値観が良い方向にズレていった。
手遅れだと、意味がないと言われるかもしれないが、ぼくは死んでから確実に成長して変わった。
この勇姿を遠慮せずに見せびらかせるのは、誰だろうか? そうだ、あいつだ。ぼくがぼくを売って救ったあいつ。
ぶつぶつと、時に呟きながら考え事をしていたせいか、見当をつけた場所までぼくたちは来ていた。
ここは、団地の裏の小さな公園だ。幼稚な遊具が一つ二つ程度しかないが、ベンチがあれば1日を語り明かすには十分だった。
「ここにいるのかい?」
「うん。思い出の場所ってほどでもないけどさ。まあ馴染み深いんだ」
「それを思い出の場所って言うんじゃないか?」
「んー……」
なんとなく違う気がする。ぼくには、この公園は景色しか見覚えがないし。
ゼルとの会話は緩む。そのせいにはしないが。今更公園に誰かいるのに気づいた。その誰かの後ろ姿には、発祥不明のデジャヴを感じていた。
もしかして、いや絶対。
地上と同じ世界線のぼくならいける。ぼくしか行けない。
公園からやや離れた場所に着陸し、逸る心を抑えて、歩いて公園の出入り口に立つ。
「……くそっ!」
何かに苦しむように悶えている、よく知る後ろ姿に声をかける。いつものように。
「勇樹!」
お読みいただきありがとうございます。
文量&表現多めでした。とうとう生身の勇樹登場です。アークと勇樹の絡み、書き手も楽しみにしておりますので、読者の方々も楽しんでいただけたら嬉しいです。




