雲に飛び込んで
「なんでついてくるの?」
「いやぁ、仕事をしてこいって言われて」
「誰が」
「……ハインとか」
たった今から地上に行こうっって時に、いつもの呑気なゼルがぼくのところにやって来た。
ぼくとしては地上に今回限り行って、きっちりとしたけじめをつけてこようと思っていた。それが、ゼルも一緒に来るというのだから真面目にできるだろうか。気持ちがぼやけたりしないだろうか。
これはぼくの中の問題ということもあって、ひとりでけりをつけたかった。その願望が通らないか、近くで立っているフォーリに聞いてみる。
「ぼくだけで行っちゃダメ? その、ゼルには今回は、来てほしくないんだけど」
フォーリは、ぼくの存在する世界線が地上と同じになるようにするために居てくれている。要するに、ぼくが地上と同じ行動できるようになる。
とても大事な役割をしてくれるから、ぼくが地上に行く直前も彼にだけは頼っていた。だからもう、他の人には干渉しないようにとしていたのだが。
困って顔を歪めているぼくの耳に、フォーリの優しい声が届く。
「1人でも全然いけますけれども。再び天界に帰って来られるかとかが僕は心配です」
フォーリのいうことがわからないわけじゃない。方向音痴でもないけれど、地上に行ったら迷子になる確率はとても高い。
でもやっぱり、心に残るプライドのようなものが「一人で行きたい」っていう凝り固まった意思を残す。
ぼくは迷う。全体と先を見通してゼルを引っ張ってきたほうがいいのか。自分のやりたいことだけを見て一人で行ったほうがいいのか。
「あぁ、アーク」
「ん?」
ゼルが思い出したように言った。
「なんか迷わせちゃってるみたいだけど、僕は君と一緒にいなくちゃいけないから、結局僕はついて行くよ」
「え……なんで? そういう決まりなの?」
「んー、いや、そういう感じではないんだけどね」
急に歯切れが悪くなる。微妙に俯いているようにも見えて、隠し事があるのだろうかなんて考えてしまう。
「心配はしなくていいよ。僕は地上の世界戦にはいないから、邪魔とかはしないはずだよ。天使の世界の住民だからね」
ゼルはフォーリに一瞬目配せして、ぼくを安心させるように笑っていた。
「じゃあ本題に入ったら、そっとしておいてよ」
ぼくは今の今まで気の抜けていた体を奮い立たせ、一歩前に出した。目線がフォーリと合う。
「もう行くんですか?」
「うん。いいかな」
「僕はいつでも」
地上へ行く都合のいい、雲の穴が空いてるわけはない。地上に最も近いらしい、薄い雲に体を飛び込んで沈めた。
擬音で表すような音はしない。ただ、心臓の鼓動の代わりに、静かな緊張が膝をひっそりと笑わせていた。
見慣れたような、どこか変わったような。過去の思い出となった街が見えてきた。
お読みいただきありがとうございます。
ゼルとアークのふたりで地上へゴーです。アークがつけに行くけじめをお待ちください。




