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86話 ドルー・ドコロタと病に伏せた両陛下

 空中庭園を出て来た道を戻り、再び王宮内を探索していると、衛兵が立っている一際豪奢な扉の前に出た。

 透視で中を覗こうとしたが、魔術対策はしっかりとしていて覗けない。おそらく中には病に伏した両陛下がいるのではないかと推測するが……。


「こうも扉の前で陣取られてしまうとな……。強行突破は論外だし、さてどうしたものか」


 扉の警護は厳重で、この中には誰も入らせないという強い意思を感じる。

 何とかして侵入を試みてみようと考えていると、背後から人の気配が近づいて来た。ぶつからないように端に寄りながら背後からやって来る人物を観察する。

 白髪混じりの黒い髪、老いて目が遠くなった視力を矯正する為の眼鏡を掛けた老人である。

 格調高い衣服に身を包み、胸には金色の鉤十字の紋章を着けた老人は眉間に皺を寄せながら扉の前にやって来る。

 衛兵たちはその老人の姿を認めた瞬間に敬礼し、彼の言葉を待っていた。


「今日ここに来た者は?」


 しわがれていながらも威厳に満ちた老人の声に、衛兵たちは敬礼したまま答える。


「はっ、パトラ王女とその侍女だけです!」


 衛兵の言葉を聞くと表情を忌々しいとばかりに歪めるが、すぐに表情を元に戻して一度首を横に振った。


「まったく、あの王女にも困ったものだ。目が見えないのだから私の言う通りに大人しくしていれば良いのに」


「はぁ……」


 老人の言葉にどう答えたものか困惑した様子の衛兵を意にも介さず、


「中に入るぞ」


 と告げると衛兵たちは扉の前を空ける。

 偶然だが好機が訪れた。彼の後について私も中に入るとしよう。

 衛兵の一人が扉を開けると老人はその中へ入り、私もすぐに中へと侵入した。


 室内はとても豪奢なものばかりで覆い尽くされており、中央には大きな───十人は悠に眠れるだろう天蓋付きベッドが置かれている。

 アレを見て、まだリアが用意した私の部屋の巨大ベッドよりは小さいなと思う自分は少し感覚が麻痺してしまっているのだろう。

 近づいていくと、ベッドの上に横たわっている人物は二人いることが分かる。

 栗色の短髪の男性と、黒髪の長髪の女性だ。ろくに食事も取れていないのか二人とも痩せ細っており、横になっている時間が長いせいで筋肉も衰えている。ぱっと見でも状態が良くはないことが一目で分かる。

 これが病に伏せた両陛下とやらなのだろう。その二人が一部屋に纏められているのはその方が看病が楽だからだろうか。


「……国王陛下、女王陛下。お目覚めでありますか?」


 老人の言葉で、二人が両陛下であることが確定した。

 二人は老人の声に目を開くと、薄っすらと微笑んだ。


「ドルー殿……。様子を見に来てくれたのか……」


「貴方もお忙しいのでしょう、無理に来なくても良いのですよ」


「いえ、お二人を支え守護することは大恩ある先代との約束。お二人が気にする必要はありませぬ。それに、幼い頃から知っている二人は私にとっても子どものようなもの。子が病に伏せているのに心配しない親がいるものか」


 段々と口調が砕けて、穏やかな微笑みを浮かべるドルー老人。

 彼がドルー・ドコロタで間違いない。両陛下とも親しい間柄であることが何よりの証明だ。


「体調はどうだ? 薬はしっかり飲んでいるか?」


「お食事も、お薬も……きちんと飲みましたわ、ドルーおじ様」


「ただ体調だけは相変わらずで……。本来なら僕の仕事である筈なのに、ドルー殿にばかり負担をかけてしまって……」


「それは言いっこなしだと言ったろう、それに熱意だけ有っても身体がその調子では何も出来ん。今はゆっくりと身体を休めればいいんだ」


「はい……」


「二人が治ったら私は引退してのんびりさせて貰うさ。だから今は身体を治すことだけを考えていろ」


 三人が会話に興じている側で、私は二人の身体───具体的にはその内部を覗いていた。


「(体内に毒素の反応がある。病の形跡もあるにはあるが……こちらはほぼ快癒しているな。つまりこの二人は誰かの意図でわざとこの状態にさせられている……)」


 視界の端で横たわる二人に話しかける老人の姿を観察する。


「(ドルー・ドコロタ……。この二人に毒を盛らせているのはお前なのだろうな。この狸め)」


 確定した訳では無いが、ほぼ間違い無い。奴は黒だ。表では心配そうな顔を貼り付けているが裏ではこの状況にほくそ笑んでいるのだろう。

 どうやらそろそろ退室するようだ。確信を得るためにもう少し奴に着いてみよう。


「じゃあ二人とも、また来るからな」


「はい、分かりました」


「ドルーおじ様、お見舞いありがとうございます……」


 その言葉に軽く手を振ってからドルー・ドコロタは扉を開けて退室する。取り残されないように私も着いて行き、両陛下の部屋から無事に出ることが出来た。

 彼は部屋を出るとそのまま歩いて行き、衛兵は扉を閉めてから再び扉の前に立ち塞がる。

 目的地があるのだろう、王宮内をどんどんと進んでいき、彼が通ると皆道を空けて礼をする。やがて奥まった場所にある執務室のような場所にたどり着いたのだった。

 ドルーは扉を開けて中に入るが私は出られなくなると困るので扉の前に耳を当てる。


「くそっ、あの死に損ない共め! まだ話せる元気があるとはどういう事だ! 毒の量を増やせと言った筈だがまさか増やしていないのか? 後で確認して、今度こそ───」


 誰も聞いていないと思ったのだろう、怒りを発散するかのように大声で叫ぶドルー。その発言内容はやはりと言わざるを得ないものだった。

 わざわざ奥まった場所に執務室を用意したのは癇癪(かんしゃく)を起こしているところを見せないようになのだろうか。それとも悪だくみをし易いようにだろうか。

 それは分からないし興味も無いが一つ判明したことは、彼はこの国で王を殺そうとしているということだ。


 このまましばらく張り付けば更に情報を得ることも可能だろうが、奴とその周囲の情報を得たところで私にとっては不要でしかない。

 私はドルーの執務室を離れ、パトラの私室の場所を確認してから王宮を離脱するのだった。






 ーーーーーー






 ホシミが王宮に忍び込んでいる頃、ウェリントン・スパロウマンは一人でシン国内の路地裏をうろついていた。

 理由ははぐれとなった異種族を保護し元イレネース邸に連れて行く為である。

 既に何人かをホシミの作った地下空間に保護しており、夜の闇に紛れて彼等を連れて行くことになっていた。


「おっと……また見つけちまったよ」


 スパロウマンは足を止めて路地の奥に目を向ける。そこには獣人(ビースト)の男が複数の男たちに暴行を受けている現場だった。

 ため息を吐きつつその場に近づいていく。


「あー、お前ら、ちょっと俺はその兄ちゃんに用があるからよ。邪魔だから消えてくんないかな」


 スパロウマンがそう言うと、リーダー格らしきモヒカン頭の男が子分共と一緒に睨みつけて来る。


「あぁ!? テメー、見てわっかんねェのかよ!! 今俺たちが害獣を駆除してやってるんだぜェ!?」


 そうだそうだー、という男たちに呆れながら馬鹿にするかのように言い返す。


「知るかよお前らの事情なんか。怪我しないうちにさっさと退けっての。ほら、しっしっ」


 まるで犬や猫でも追い払うかのようなスパロウマンに、男たちはキレて襲ってきた。


「テンメェー! 痛い目見ねェと分かんねェようだなァアアア!!!」


「やってやるぜオッラァ!!」


「っしゃオラァ! テメーも害獣と一緒にボコにしてやんよオラァ!!」


「泣いて謝って靴舐めさせてやんぜ糞男ォ!」


「……はー、お盛んだねぇ。これでもしっかり鍛えてあるんだけど、見て分からないんだろうなっそらよっと」


 呆れたスパロウマンは向かって来る男たちをいなして潰していく。

 顔面に向けて拳を振るう男に拳をぶつけて骨を砕き、蹴りをしてきた男にはしゃがんで避けてから軸足を払って転倒させる。背後から迫ってきた男を背負い投げの要領で投げ飛ばし、先程転倒させた男の元へと吹っ飛ばす。

 素手じゃ敵わないと判断した残り二人はナイフを構えて左右から同時に襲って来るが、スパロウマンは腕を掴んで難なく止めて握力で締め付けてナイフを落とさせる。


「……これ以上やるってんなら、殺すぞ糞ガキ」


「……っひぃ!」


「まっ、待ってくれリーダー!」


「置いてかないでくれええ!!」


 殺気と共に睨みつけられた男たちは怯え竦んで蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。


「まったく、馬鹿の相手は疲れて敵わないぜ。セイゲンさんみたいな人ばっかりってのも怖くて仕方ないけどな。ほれ、立てるか兄ちゃん」


 スパロウマンが倒れて呆然としている男に手を伸ばすと、少し躊躇った後でその手を取って立ち上がる。


「……あんた、只人(ヒューマン)だろう。なんで俺なんかを助けるんだ?」


「そういう任務だからだよ。あんたみたいな異種族をひとまず安全な所に連れて行くのが俺の役目なの。歩けるか? あ、手当はちっと待っててくれよ、先に匿ってる子らの所に案内するから」


「シン国の只人(ヒューマン)はみんな腐っていると思っていたが……あんたみたいなのも居るんだな」


 感心したというような獣人(ビースト)の言葉に居心地の悪くなったスパロウマンは頭を掻きながらそっぽを向いた。


「それはあんたたちを助けるって決めたお人にでも言ってやってくれ。俺はあくまでその手伝い。ああ、でもセイゲンさんって何処の人なんだろうな。シンの出じゃないのは確かだけど」


「……?」


 良く分からないというような男の表情につい思った事を口に出してしまったと気付いた。


「気にしないでくれ、それよりほら、行くぜ」


 そう言って男に肩を貸して隠れ家まで連れて行く。

 スパロウマンは日が暮れるまではぐれ異種族を探して、夜になって一度保護した者たちを引き渡してから再び街で異種族を保護しに向かう。

 その表情は何処か楽しげで誇らしげで、やり甲斐に満ちたものだった。



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