81話 断頭台に役者は登る
地下室を出て、クロースたちが居る客間まで戻ってきた。
室内に居たのはクロースと先ほど救出した二人の奴隷となった獣人で、他の者は一応普段通りの仕事に戻ってもらった。
理由はカミーユ・イレネースが此処に帰ってきた時に不審に思われないようにする為だ。
皆、あの女には相当な怒りと憎しみを抱いていたようで、カミーユよりはマシだろうと私のことを信用してくれたのだ。その期待に添えるように最善を尽くそうと思った。
クロースに視線を向けると、彼女は一度だけ頷いてからベッドの脇の位置を譲る。私はベッドに横たわっている二人のうち、骨の折られた獣人の隣に立つと治癒魔術を使う。
優しい光に包まれた後ゆっくりと収束していき、女の折られた足は完治する。しかし、切り取られてしまった耳と尻尾は元に戻すことが出来なかった。
せめて切られた直後ならばまだ治すことも出来たが、時間が経ってしまっていたことと、切られた耳と尻尾が既に廃棄されてしまっていた為にもはやどうする事も出来ない。こればかりは申し訳ないが……割り切ってもらうしかないだろう。
今度は隣で眠っているもう一人の方の身体の傷を癒す。こちらはまだ表面だけだったので直ぐに終わった。
治療を終えたところで、その様子を見ていたクロースが話しかけてきた。
「その……ありがとうございます。この娘たちも、きっと感謝していることと思います」
クロースのベッドで横たわっている二人を見つめる視線は、とても穏やかで優しいものだった。
「礼は元凶を斃してからにしてくれ。それに……全員は助けられなかった。あと数日早ければ……いや、これ以上は詮無きことだな。後悔は後ですれば良い、まずは目の前のことからだ」
「セイゲンさんのその切り替えの早さは凄いと思うぜ。で、此処でイレネース嬢を待つとしてだ。俺たちはあいつがいつ帰ってくるか分からねえんだよな。クロースちゃん、あんたは知ってるかい?」
「カミーユ様なら今夜には帰ってきますよ」
スパロウマンの言葉に即答するクロース。一応此処の筆頭なだけはある。生きる為に主人の情報は頭に叩き込んであるのだろう。
「なら丁度良いな。クロース、奴が帰ってきてからの行動パターンはあるか?」
クロースは少しだけ考え込んでから話してくれた。
「普段なら……帰ったらまずは入浴からなさいますね。その後食事を召し上がられてから地下室に向かいます。中には入ることは許されていないので何をしているかは分かりませんが、その後また入浴をして、お休みになられますね。日によってはお休みになられる時に、昂ったカミーユ様をお慰めすることがあるくらいでしょうか……」
「成る程……。ならば、我々は地下室ででも待つとしよう。奴が地下室に行くまではいつも通りに過ごしてくれ」
「はい、かしこまりましたセイゲン様」
そう言って恭しく礼をするクロースに思わず苦笑する。
「私は君の主人ではない。そんな礼をしなくとも良いんだぞ。敬語も不要だ」
「お構いなく、わたしがやりたいからやっているのです。それに、この娘たちを癒すあなたの姿を見て、セイゲン様は信頼に値する方だと確信致しました」
真っ直ぐに見つめられて、その言葉が嘘ではなく真実であることが分かった。
だがスパロウマンには違う意味に見えたらしい。
「おおっ、セイゲンさんがクロースちゃんを落としちまったぞ。出会ってまだ半日も経ってないってのになんつう早技だ!」
「うふふっ、ですがセイゲン様にはもう既に決まった方がいらっしゃるようですので……。セイゲン様さえよろしければ、この件が終わった後に愛妾として貰って頂ければと思っています」
スパロウマンの戯言にクロースも乗ってくる。二人とも楽しそうに私を弄るので呆れて溜息を吐いてしまった。
「楽しそうで結構だよ、まったく……」
用意された椅子に座って頬杖をつくと、クロースが耳元に囁いてくる。
「セイゲン様。愛妾の件は割と本気ですので、考えておいてくださいね?」
クロースの表情は楽しげに笑っており、冗談か本気か分からないが……。おそらく、言葉通りなのだろう。
また森精種が増えるとなると、そろそろ塔が森精種の集落と化してくるような気がする。というか既になっているのか?
……まぁ、クロースの件は後で考えよう。
その後これからの行動を話し合い、他の使用人たちにもしっかりと情報を共有してから、私とスパロウマンは日が暮れる前に地下室に潜入することとなったのだった。
夜になった。
イレネース邸前には一台の馬車が止まり、中から一人の女が降りてくる。
肩までの長さの紫がかった黒い髪と、赤茶色の瞳。まだ少女の面影を残しながらも大人の女性としての艶やかさを醸し出している。
彼女こそが、カミーユ・イレネース。
この地下室で最低最悪の惨たらしい所業を繰り返した、悪魔の名である。
カミーユは普段通りの軽い足取りで心安らげる我が家への扉を潜る。
今宵、彼女の命運が此処で尽きることも知らずに───。哀れな仔羊を狩りすぎた狼は、何も知ることなく自ら断頭台に足を踏み入れたのだった。
ーーーーーー
塔の居残り組のお話
side:シィナ
今、あたしは凄く気まずい空間にいます。
塔の最上階、大浴場。あたしはそこで、フューリと二人きりでお風呂に入っていた。
先ほどから互いに無言である。
始まりはこうだ。
ホシミ様があの森精種たちを連れてきて住人が増えてからは、この大浴場は誰かしらが先に居ることが増えた。話してみるとみんな苦労してきたにもかかわらず良い娘たちばかりなので、直ぐに仲良くなることが出来たと思う。
だからこんな風に、人の居ない大浴場に入るのは久々だったのだ。
のんびりと足を伸ばしてお湯に浸かると、鍛錬で流した汗も筋肉の疲労も癒されていくような感覚になる。
あ〜気持ちいい〜なんて思っていると、脱衣所から音が聞こえてきた。誰かがお風呂に入りに来たのだろう。此処はいつでも入れるし常に綺麗なお湯が張られているのだ、綺麗好きな娘だと日に二、三回は入りに来ることもある。
だからまだ昼過ぎくらいの時間だったとしても驚くようなことではなかった。
───入って来た人物を見るまでは。
大浴場に入って来たのは、一糸纏わぬ姿のフューリだった。あたしの姿を見て、驚きに目を見開いた……と思う。
いつも不機嫌そうなその表情はほとんど変化が無いのだ。最近はユキユキと仲良くなったようで、ミーちゃんとノーちゃん相手に優しい笑みを浮かべたりもしているが、基本的にはぶすっとしている。
フューリはあたしに少し会釈してからシャワーを浴びて、頭と身体を手際良く洗っていく。
その様子を見ながら、まだあの娘とは気まずいあたしはどうしようかと考えていた。
一度、あの娘と話し合いをしようとは思っていたのだ。だけどあまりに急で心の準備が出来ていなかった。
どうしよう、どうしよう。そればかりが頭に浮かんでは消えていく。その間に身体を洗い終えたようで、フューリは湯船に入ってきた。
話そうとして、でも話せなくて、しばらく時間が過ぎて……冒頭に至る。
流石に長湯するとのぼせちゃうし……ええい、ままよ! と心の中で意気込んでから、あたしはフューリに声を掛けることにした。
「あのっ」
「あの……」
被ったああああああぁぁぁぁあああ!!!!
やばいどうしよう凄い気まずい!!
「あ、えっと、どうぞ……」
「いえ、そちらこそお先にどうぞ……」
譲り合いいいいいいぃぃぃぃいいい!!!!
そして訪れる再びの沈・黙!!
自分の間の悪さとその後の対応の悪さに自己嫌悪に陥っていると、そんなあたしを見かねたのかフューリから声を掛けてきた。
「その……シィナさんは。どうして、あの人の隣にいるんですか?」
男嫌いのフューリが名を呼ぶのを躊躇うのは、この塔には一人しかいない。
どうして……か。
「昔ね。あたしの父様が毒で死に掛けたことがあるの」
まさか答えが返ってくるとは思わなかったのだろう、少し驚いている。その様子を尻目にあたしは言葉を続けた。
「薬も効かなくて、何ヶ月も苦しんでいた父様を、颯爽と現れたあの人が治してくれたのよ。それが出会いだったわ。その時ちょっと色々あって戦争中でさ。あの人は直ぐに前線に戻らなくちゃいけなかった。だけど無理を言って一晩だけ休んでいってもらったの。その時に色々な話をしてくれたわ。好きなもの、嫌いなもの、面白かったこと、そしてあたしと同じ立場の龍人のこと───。今まであんまり対等に接してもらったことが無かったから、余計に気になっちゃって、あの人が居なくなってからずっと考えていたの。また会えるかな、またお話してみたいなって。そう思ってたら、まさかの展開が起きちゃって、偶然また会うことが出来たの。その時にリアと初めて会って、初対面であの人への好意を見抜かれてリアと一緒にあの人を振り向かせる為にって色々とやったわ。呆れられることも多かったけど、最終的にあたしたちを受け入れてくれて……うん。すっごく嬉しかった。まあ、長々と語っちゃったけど要するに、初恋の人なのよ。あたしは初恋を実らせて此処にいるの。……満足した?」
こんなに自分のことを長々と喋るなんて柄じゃないけど、言ってやったって気持ちで凄く充足感を得られた。後で冷静になって恥ずかしい思いをすることになるだろうけど、今は後のことは考えないようにする。
あたしの話を聞いたフューリはというと、珍しいことに穏やかな笑みを浮かべていたのだった。
「そっか……、やっぱりあの人は……」
独り言だろう、自分に言い聞かせる為の言葉。小声だったので全部は聞き取れなかったけど、どうやらフューリの中で何かの答えを見つけられたのかもしれない。
ならば長々と語った甲斐もあるというものだ。
「で、フューリは? あたしは話したんだからフューリも話しなさいよ。ねえねえ、男嫌いだったあなたがどこに惚れたのかあたし気になるなあ」
だから今度はフューリから話を聞き出そう。やっぱり自分だけというのは公平じゃない。あたしが追及を始めると、フューリは諦めたように肩を落とした。あたしの様子を見て逃げられないと観念したらしい。
「私は惚れたとか、そういうのじゃないわよ……。まあ、初対面であれだけ酷いことを言ったのに優しくしてくれて、約束も守ってくれて、何より他の男とは違うなって思ったから……って何よその顔!」
フューリが一つ一つ話す度に顔がにやけてしまう。それを見咎められてしまい、怒られた。
「そんな風に私を馬鹿にするならもう話さないからね」
「ごめんってもうしないから! ねっ、だから続きお願い!」
「もう……次は無いからね?」
結局その後も長々と語り合い、二人揃ってのぼせてリアとユキユキに呆れられたのだった。
これを機に、あたしとフューリは少し仲良くなれたような気がした。




