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80話 イレネース邸:地下室での悪逆非道

 カミーユ・イレネースの家は、城下から離れた場所にある。小さな森にほど近い、小高い丘の上に建てられた大きな二階建ての屋敷がイレネース邸だ。

 石造りの大きな城を思わせる出で立ちの屋敷は、三メートルほどの金属製の柵によって囲まれている。

 隙間から中を覗き込むと、石畳みの上に黒く染まった斑点が散らばっているのが見えた。おそらく血だろう。いつ、誰が流したものかは分からないが。

 一体何故幹部が街の中に家を置かないのかと思ったが、その理由はスパロウマンから教えられた。それは何ともしょうもない話だった。


「まさか、屋敷から聞こえる悲鳴が近隣の住民にとって迷惑だからだなんて思わなかった」


「それだけエグいことやってたって証明だろうなあ。で、此処まで来た訳だけど、どうしやす? 門扉には見張りはいないようだけどよ」


「こんな町外れに居を構える狂人の女の家に寄る物好きなど普通は居ないからだろうな。だから見張りは不要なのだろう。……さて、中に入るか」


 そう言うと私は門扉に触れて魔力を流し込み結界の一部分を無力化させる。そのまま門扉を開いて敷地内に進入したのだった。


「やはりこの程度か。これならまだ森精種(エルフ)の森にあったものの方が上等だ」


 この間まで居た森精種(エルフ)の集落に張られた結界と比較する。あちらの結界は違和感をほとんど感じさせないものだったが、此処の結界は違和感しか伝えてこない。

 これがこの術者の力量だろうが、この国の性質上、希少な白属性の魔術師を只人(ヒューマン)限定でしか用意出来ないのだからさもありなん。


「俺、外までは何回か来たことあるけど敷地内に入ったのは初めてだぜ……」


 そんなスパロウマンの独り言を流しつつ透視を始める。中を窺うと、屋敷には只人(ヒューマン)は居らず、異種族の見目の美しい男女が使用人兼奴隷として働かされているようだった。

 服装はここの主の趣味か、もしくは自尊心を奪う目的か、酷く露出の多いものとなっている。男は腰布のみ、女は胸と股を隠す為の布だけだ。まだ水着であれば理解は出来ないまでも納得は出来るが、あれではただ隠す為だけに与えられているとしか思えなかった。拷問用だけではなく性奴としても飼っているからなのかもしれない。皆鉄製の首輪を付けている。


「意外と少ないな……男は二人に、女が五人……。そのうち獣人(ビースト)が六人の森精種(エルフ)が一人か」


 龍人(ドラゴニュート)が居ないのはまあ当然の結果だろう。いくら何でも一人を捕まえるために軍隊一つを潰すわけにはいかない。世界最強の種族は伊達ではないのだ。


 地下室もあるだろうと思って目を向けるが、そこはまた別の結界を張っているらしく中を見通すことが出来なかった。だが地下室があるのはこれで確定した。


「なあセイゲンさん。こっからどうするんで?」


 手持ち無沙汰に尋ねてくるスパロウマン。私は屋敷から視線を逸らすことなく返答した。


「中にカミーユ・イレネースが居ないことは確認した。正面から堂々と入るとしよう」


 私の言葉に『マジかよ』と言うかのような信じられないものを見る表情を浮かべる。

 それを無視して屋敷の中の扉を開いた。中は透視して見ていたがそれなりに豪奢な調度品を整えているようだ。

 スパロウマンは物珍しそうに中を見渡している。そういえば中に入るのは初めてだと言っていたな。


 そんな私たちの前に、掃除に来ただろう一人の森精種(エルフ)の女がやって来た。


「────ッ!?」


 驚愕の表情を浮かべ、悲鳴をあげようとした口を左手で塞ぎ壁に押し付ける。当然暴れるが、体格差的に敵わないことが直ぐに分かったのだろう。諦めたようにそのまま身体の力を抜いていった。


「大人しくしていれば何もしない。……君が森精種(エルフ)で助かった。これが見えるか?」


 そう言うと私は女の目の前に右手を持っていく。最初は不思議そうに見ていたが、右手の薬指に森精種(エルフ)の魔力を感じる指環を見て驚愕に目を見開いた。


「私は森精種(エルフ)と婚姻している。故に君に危害を加えるつもりはない」


 ゆっくりと手を離すと、女は叫び声を上げることはなく、ただじっくりと私を見つめて問いかけて来た。


「……あなたは、何故ここに? いったい、何をしに来たのですか?」


 私が敵ではないと信じてくれたかは分からないが、女は私に害意が無いことは理解してくれたようだった。

 だから私はその問いに、こう返すのだ。


「カミーユ・イレネースを殺しに来た。そして、君たちを解放する」


 その言葉を聞いた森精種(エルフ)は瞳から一粒の涙を流した。


「ほん、とうに……? わたし、助かるんですか……?」


「ああ。君も、他に囚われている者たちも、全員救う。その為に此処まで来たのだから」


 言葉を聞き終えた森精種(エルフ)の女は両手で目元を覆い、両膝を付いて泣き出した。

 どれだけ酷い目に遭わされてきたのかは分からない……。だが、この苦難の日々もようやく終わると、耐えに耐えたものが溢れてきたのだろう。

 私は泣く女の頭に手を乗せて落ち着くまで優しく撫でてやるのだった。



 森精種(エルフ)の女は、名をクロースと言うらしい。クロースはこの屋敷の中で最も長い時間を過ごした者だった。

 そのクロースの協力を得た私たちは次々と屋敷内の使用人たちを説得し味方に引き入れることに成功した。


 地下室の鍵と在り処も教えてもらい、結界を中和しつつスパロウマンと共に中へ入る。

 そこは、苦悶の声に満ちた地獄のような様相を呈していた。


「これは……想定よりもよほど酷い」


「うええぇぇ……気持ち悪いぜ……」


 思わず眉根を寄せる。スパロウマンは嫌悪感を隠しもせずに吐き出しそうな表情をしていた。

 クロースたちは置いてきて良かった。この惨状は見せられない。


 中は少し広めの部屋と、その奥に檻があるだけの簡素なものだ。

 広めの部屋には石の台があり、その上には手足を切り離され、首と胴しか残っていない男の姿。生殖器は無残に破壊され、右目は抜かれ、歯は一つ残らず折られている。

 まだ息があるようだが、このままでは遠からず死ぬだろう。

 だからせめてもの慈悲として、この苦痛から逃れられるようにと楽にしてやった。


「これくらいしか私には出来ない……済まない」


 男はその声が聞こえたのかどうか。最期に私の顔を見て、微笑んでから逝った。

 目を閉じて黙祷を捧げる。少ししてから目を開けると、隣ではスパロウマンも黙祷を捧げていた。


「頭がイかれてるとは思ってたが……。これはねぇ、これは酷えよ……」


 その声には男への憐憫と、イレネースに対する怒りがあった。

 スパロウマンは此処に至ってようやく自身の意思でカミーユ・イレネースを打倒することを決めたのだった。


 私は奥の牢屋の鍵を壊して中に入る。中には三人の女が囚われていた。

 ぱっと見で症状が重い者は後に回す。正直言って、助かる見込みが低すぎる。だからまずは症状が軽い者から救い出すことにした。


「おい、無事か?」


 私が声を掛けると、鎖に繋がれた獣人(ビースト)の女が顔を上げる。


「もう……嫌です、お願い……帰して……」


 衰弱してはいるようだが、身体には痣や鞭の痕があるだけで問題無さそうだ。


「もう大丈夫だ。私が助けに来たからな」


 鎖を壊して抱え上げる。ろくに食事も取れていないせいだろう、女はものすごく軽かった。

 上に運んでから後のことをクロースに任せ、残り二人のうち一人を同じように上に運ぶ。この女は犬の獣人(ビースト)だったらしいが……耳と尻尾を切り取られていた。左足の骨も折られているようで、後で治療が必要だろう。


 最後の一人だが。結論から言えば助けることは出来なかった。私たちがこの地下室に足を踏み入れた時には既に事切れていたのだ。

 一応何をされたのか確認すると、床に横たわっていた女の腹の中のもの、つまり内臓が取られていたのだ。胃、肺、腎臓、そして……子宮。肋骨も削られていたようで、胸部の形が少し歪んでいた。


「間に合わなくて、済まなかった」


 女の亡骸に黙祷を捧げていると、


「おいセイゲンさん、こいつを見てくれよ」


 先に地下室を調べてくれていたスパロウマンがある物を見せてきた。

 それは日記のような、しかし中身はおぞましいほどの暴虐で埋め尽くされたものだった。


「此処で過去にやったことの全記録……か」


「これだけじゃないぜ。まだ数冊ありやがる。同じ人の形をしている奴に、ここまで出来るなんて……そんなのが同じ人間だなんて、信じられねえよ、セイゲンさん」


 カミーユ・イレネースによって残された書物を読んで、私たちはその所業に呆然とし、怒りを新たにしたのだった。



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