71話 小さな森精種に懐かれる
その日の夜、この地を離れることになった森精種たちはそれぞれの準備を終えた者からアリエスティアの家に集まってきた。
彼女の家は集会にも使われる為に他の家よりも大きく作られていたので問題なく全員が収容出来る。
さて、何故彼女たちが集められたのかというと。
「この人が私たちのお世話になる人です! 怖くないから好きに触っていいからねー」
アリエスティアの言葉に森精種たちが群がってくる。
背中や胸、首、肩、頭、脇、足……様々なところへと手が触れてくる。
「すごーい。身体ががっしりしてるよ!」
「背中が大きいですー! 手が回りきりません!」
「細身かと思ってたけど、割といい筋肉してるのね」
「くんくん……あぁ……いい匂いするなあ。女の子からじゃ絶対に味わえない雄の匂い……好きぃ……」
「手が大きい……指も……太くて、これ使えたらすごく良さそう……」
「首筋舐めちゃいますね……うふふっ」
一部発情しているような怪しい言葉も聞こえてきたが、二十七人も森精種がいるのだ。誰が言ったかなど分からないし、その間も次々と入れ替わりながら触れられる。
まるで、愛玩動物のような扱いだ。
簡単な顔合わせ。確かにアリエスティアはそう言った。それがいつの間にか人を珍獣の見世物のようにするとは思わなかった。
どうしてこうなった……。という思いで諦めながら受け入れていると。
その中で一際小さな森精種が目に止まった。
その娘は私と目が合うと森精種たちの隙間を縫ってこちらに近づいて私の胸元に顔を寄せると大きく息を吸い込んだ。
「おにーさん、優しい匂いがします。とっても安心できます」
上から見下ろしていた私を見上げて笑みを浮かべた。
「初めましてですおにーさん。リリの名前はリリエルです。今日からリリはおにーさんの所有物です、なんでも言うことを聞くので、いっぱい可愛がってほしいです」
リリエルと名乗った森精種はそう言ってから私の頬に口付けをして、胡座の上に人形のようにすっぽりと収まった。
あまりにも急な出来事に困惑していると、その様子を見ていたアリエスティアが苦笑を浮かべながら声を掛けてくる。
「ホシミちゃんったらもうリリちゃんに懐かれたのね? まだ五十年くらいしか生きてないんだけどこの娘は匂いで良い人か悪い人かが分かるっていう不思議な娘でね。今まであまり人に懐かなかったんだけど……」
「それは喜んで良いことなのか」
「良いことだと思うわよー。それにほら、リリちゃんがホシミちゃんに懐いたから他の娘たちの様子もさっきとは全然違うでしょ?」
「……たしかに」
先ほどまではどちらかと言えば好奇心による興味の視線が強かった。しかし今は、リリが安心したようにすっぽりと収まってる様子を見て感心したような、安心したような、信頼の眼差しを向けられている気がした。
再びリリへと視線を戻す。
「リリ。何故、所有物になると言ったのだ?」
自分のことを物扱いしていることと、初対面でいきなりそんなことを言ってくる理由が分からない。
なのでリリに聞いてみたのだが……。
「アリエスティア様が、リリたちはこれからおにーさんのお世話になるって言ってました。それはつまり、おにーさんのものになるってことですよね? だからリリはおにーさんの所有物なのです。……何か変ですか?」
変……というか、かなり思考が飛んでいる。
いくら一番若いといっても五十年は生きているのだ。そのような突飛な思考になる筈はないと思っていたのだが。
「変というか、普通はそんなことを思わない。精々が『お世話になるから、あまり迷惑を掛けないようにしよう』となるくらいだろう。……その、所有物云々は誰から教わったのだ?」
私がそう言うと、リリは満面の笑みを浮かべて答えた。
「おかーさんです! リリが悪い人に捕まらないように、この人なら大丈夫って信じられる人にリリの全てをあげられるようにって亡くなる前に教えてくれました!」
リリの母親はいったい何を子どもに教えているのだろう。そう思いはしたが、家庭の事情があるのかもしれないし、既に亡くなっている人に問い掛けることは出来ない。
リリは単に母親の言葉を守っていたのだろう。そして私はリリのお眼鏡に叶ったのだ。
人にあまり懐かなかったのは、自分を所有するに値する人では無かったとリリが思っていたからなのかもしれない。
「もしかしてリリ……要らない子ですか?」
私が難しい顔をしていたからだろう、瞳を潤ませながら上目遣いでそう問うてくる。
今にも泣き出してしまいそうなリリを抱きしめて、しっかりと告げてやった。
「リリは要る子だ。急なことで驚いてしまっただけで、リリが私を慕ってくれるのは嬉しいよ。ありがとう」
「……! えへへ、やっぱりおにーさんは優しい人でした。リリの目は間違ってなかったです」
リリは小さな身体でしがみつくように抱きしめてくる。
その様子を、周囲の森精種たちは微笑ましいものを見るように眺めていたのだった。
翌日、私たちはアリエスティアと二十七人の森精種たちと共に転移で塔へと戻ってきた。
アリエスティアが使っていた家ごと転移してきたので、塔の横に不自然な形で家が置かれている。アリエスティアは黄属性の魔術を扱えるので後で地下に部屋を作るらしい。
新たに家を作るよりは断然早く出来上がるだろうが、森に生きる彼女たちに地下生活とは……。
そんな彼女たちの面倒は、同じ森精種の二人に見てもらおうと思った。
フューリは見当たらなかったのでユニステラを捕まえて事情を説明する。
「という訳で、ユニステラ。フューリと共にあの娘たちの面倒を見てやってくれないか。勿論、この娘も頼む」
手を繋いだままのリリと私を見比べて、
「はぁ……それは全然構いませんけど……。まさか、集落の人を全員連れてくるとは思いませんでしたよ?」
驚いたような、呆れたような、なんとも言えない表情のユニステラだった。
「それはココノハに言ってくれ。理由も先ほど説明した通りだ」
「まさか男性は居ない、戦士も居ない……なんて状況になっているなんて普通は思わないですよね……。分かりました、わたしが皆さんのお世話をします。ホシミ様には保護してもらった恩もありますし、それに……」
「それに……なんだ?」
ユニステラが言い淀んだので先を促す。
彼女は少し迷ってから続きを話してくれた。
「その、フューリが変われたのもホシミ様のお陰です。本当に感謝しています! では皆さんのところへ行ってきます!」
そう言って逃げるように森精種たちのところへ向かっていった。
フューリが変われたという言葉に心当たりはないが、私が居ない間に二人に何かあったのかもしれない。
今度聞いてみても良いかもしれない。
「リリ、私が居ない間はさっきのお姉さんとアリエスティアに頼るんだぞ。私はまた少し出掛けなければいけないんだ」
「分かりました! リリ、良い子でおにーさんのことを待ってますね!」
そう元気よく返してから、森精種たちのところへと戻っていったリリだった。
これで森精種のことはユニステラとアリエスティアの二人に任せておけば大丈夫だろう。
私はすぐにココノハとクルルと共に、再び森精種の集落へと引き返すことにした。
なお、本日分の転移は使用済みなので、移動は緑属性魔術『飛行』である。系統は風の派生、修得難度は最上級の魔術でもある。
クルルの属性は黒なので私が抱えているが、ココノハには暇な時間を見つけて教えていたので今では調子に乗ってアクロバットさえしなければ落ちることなく普通に飛ぶことが出来るようになっていた。
「ねーホシミさん。どうしてわざわざ戻るんですか? 森精種たちはもう居ないんですよ」
ココノハが隣で飛行しながら私に話しかけてくる。
既に慣れきって目を閉じているクルルに気を遣いながらココノハに返答した。
「シン国をこのまま調子付かせる訳にはいかないのでな。どうするかは向こうの出方次第だが、おそらく穏便には済むまい。あとは……ココノハの語っていた堕の存在も気になる。何か知っているのだろう?」
「ええ……まあ」
私が尋ねると、なんとも歯切れの悪い返事が返ってきた。
表情は見えないが、おそらく苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
「向こうに着いたら話を聞かせてほしい。私は堕のことを知らなさすぎる」
「……分かりました。先に言っておきますけど、あまり面白くないですよ」
「……? そうなのか? 勿論それでも構わないさ」
私はココノハにそう言ってから、ほんの少しだけスピードを上げた。
ココノハが渋る理由は何となく分かる。
彼女はあまり自分の過去を話さないのだ。
話してくれるのは本当に些細なことだけ。
もしかしたら、ココノハの思い出したくない記憶に触れてしまうことになるかもしれない。
どんな話が聞けるのだろうか。そう思いながら空を移動するのだった。
森精種はアリエスティアを除いて二十七人。
そのうち名前があるのはリリエルだけです。
残りはモブ……だけど全員美形なんですって……さすがエルフと言わざるを得ない




