62話 失言と植えつけられた恐怖
眠っていた森精種の娘が目を覚ましたようだ。
片方は垂れ目がちな瞳を困惑したように揺らす。もう片方は負けん気の強そうなツリ目がちな瞳でこちらを睨んでいた。
「クルル、目を覚ましたぞ」
「あ……はいです…にゃ」
もう少しで触れられたのにという残念そうな声を出すが、すぐに元の表情に戻す。
そして森精種の二人に話しかけるのだった。
「おはようございます…にゃ。身体に不調はありませんかにゃ?」
クルルの問いに垂れ目がちな方は少し慌てながら返す。
「あ、お、おはようございます……。えっと、はい、わたしは大丈夫……です……」
クルルが続いてツリ目がちな方を見ると、そこまで大きくない胸を支えるように腕を組む。
「おはよう。正直微妙な気分だけど、まあ普段に比べたら格段にマシよ。それで、此処があなたの言っていた安全な場所なの?」
「ここは地図にも載っていない場所です…にゃ。仮に誰かがあなた達を捜しに来ても、此処ならば絶対に見つからないから安全です…にゃ」
正確には、地図には載っているが呪いの森と呼ばれ中の様子は一切不明となっている。
無理に入ろうとすれば死に至るのだから、流石に命と引き換えにしてまで探索しようとする輩は居なかった。
しかしツリ目がちな方はクルルの説明に半信半疑の様子だ。そして私を睨みつけてこう言った。
「ふぅん安全な場所……ね。本気で言ってるの? 只人の男がいる所が安全な訳無いでしょう」
得物があれば間違いなく刺し貫いていた、というほどに鋭い視線だった。
彼女たちの境遇を考えれば、何をされたのかはだいたい分かるのでそういった視線を向けられるのも止む無しだろう。
私が何も言わないのを見て、更に言葉を募らせてくる。
「こんな所にこんなに女を侍らせておいて安全なんて片腹痛いわね! 男なんて最低下品下劣な存在と一緒に暮らすなんて私は嫌よ!」
彼女は今までの鬱憤を晴らすかのように次々と暴言を吐きかけてくる。しかしそろそろ周りを見てもらいたい。私はなんと言われようと気にもしないが、私の隣にいる女性はそうではないのだ。
そう、リアが氷の彫像のような無表情で肩を震わせている。
「此処が安全な場所だと言うのならその男を近付かせないでよ! しかも子どもなんて抱えて……下等な遺伝子を残された子どもなんて可哀想でしかないわ!」
その心無い言葉に私とユキユキは絶句した。まさか何の関係も無い子どもにまで矛先を向けてくるとは思わなかったのだ。
そしてそれが彼女は導火線に火を付けてしまった。
彼女にとっては些細なことだったのかもしれない。いつも蔑んでいたのだから、今回もまた普段通りに蔑んだのだろう。
しかし、今回は相手が悪かった。
「────ッ!!!」
リアは一瞬にして魔力を解放すると、先ほどまで暴言を吐いていた森精種の首から下が氷漬けにされてしまった。
リアの魔術『氷柱棺』である。
「なッ───」
何をする、と言いたかったのだろうか。しかしそれ以上言葉を紡ぐことは出来なかった。
リアを見た森精種は、あり得ないものを見るかのように表情を恐怖に染めた。
今、リアからは途轍もなく大量の魔力が漏れ出ていた。その魔力は指向性を持って森精種の周囲にだけ揺蕩っている。
ユキミとユキノに影響が及ばないようにしているのだ。
「……あなたは常識というものをご存知でして?」
「ひっ……!」
一歩、前に踏み出すリア。その気迫に、拘束されていない方の森精種が後ずさる。
拘束されている方の森精種は何も言い返さない。いや、言い返せない。
「あなたたちは奴隷だったと伺いました。それは筆舌に尽くしがたい辱めを受けたのでしょう。ホシミ様に対する暴言は看過出来ませんが、気持ちを考えればまだ我慢が出来ました」
一歩、更にもう一歩と近寄ってくるリアに、拘束された森精種は恐怖に震え、何とかその場から逃げ出そうとしていた。しかしそれは氷柱の棺によって叶わない。
「ですが、望まれて産まれた子どもにまでその感情を向けるのは我慢なりませんの。そんなに此処がお嫌でしたら、わたくしが再び奴隷として売り払って差し上げましょう。そうですわね……豚のように肥え太った、民に重税を敷き、自身は贅沢と欲望を謳歌する先の見えない領主などは如何でしょう? 近いうちに反乱が起こりそうな所だと尚良しですわね。あなたはその愚かな豚のペットとなって、豚と共に反乱軍に殺されるのです。どうでしょう、素晴らしいと思いませんの?」
リアは森精種の首に手をかけて、無慈悲に無感情に言い捨てる。
森精種は懸命にただ首を横に振るだけだった。
「ちょっ、何事!?」
「何があったんですか!」
こんな所で魔力を放出したからだろう、シィナとココノハが大急ぎでこちらへとやってくる。
そして彼女たちはリアが森精種を殺そうとしている(訳ではないがそうとしか見えない)現場に出くわしたのだった。
「えーっと、ねえ。リアがあそこまで怒ることって滅多にないと思うんだけど、何があったの?」
原因はリアだったことですぐに冷静さを取り戻したシィナが私に尋ねてくる。
「どうやらあの森精種は男が嫌いらしくてな。私を散々罵倒していたんだ。まあそれだけなら私も気にしないしリアも我慢してくれていたのだが……よりにもよって子どもにまで言及したのだ」
「成る程ね、それでリアがブッチーンってきてガチーンとして今グワッシャーってしてるのね」
「シィナさんが何を言ってるのか理解出来ませんけど何を言いたいのかは分かりました。そこの二人……いえ、一人ですか。彼女は言ってはいけないことまで言ってしまったのですね」
ココノハはちらりとユキユキに視線を移すと、悲しげな表情で子どもをしっかりと抱きしめていた。
今抱かれているユキノは不思議そうに母を見上げている。
私たちが話していると、拘束されていない方の森精種がココノハの耳に気付いたのか指を指す。
「もしかして……純森精種……?」
彼女の言葉でリアに掴まれている方もココノハに視線を向ける。そして表情は驚愕に包まれた。
自分に注目が集まっていることに気付いたココノハは、その場から軽く挨拶をする。
「初めまして御同胞。わたしはココノハ、純森精種です。さて、どうやら早速問題を起こしてくれたようですが、何か言い残すことはありますか?」
それは挨拶というにはあまりにも酷薄で。
ココノハの瞳からは、二人がどうなろうともどうでも良いという意思がはっきりと感じ取れた森精種たちは先ほどよりも震え出す。
森精種にとって純森精種とは上位の存在である。その存在に見放されたことが恐怖のどん底まで叩き落としたのだろう。
それを好都合と思ったリアは、掴んだ首に少しずつ力を加えていった。
「さて、あなたは如何なさいますか? 此処で死ぬか、売られた先で弄ばれた挙句無残に死ぬか、それとも身の程を知って心から非礼を詫びるのか……選びなさい」
森精種はツリ目がちな瞳から大粒の涙を零しながら途切れ途切れにリアに答えた。
「謝り、ます……。だから、……ころさ、ないで……」
この時、他者を───男を見下すことによって保っていた彼女の心が折れた音が聞こえたような気がした。
ひとまず謝罪の言葉が引き出せたリアは拘束を解いた。森精種は氷に包まれていたせいで体温が落ちたのか、震える身体を両の手で包もうとしていた。
泣きながらのその格好にあまりに憐れに思い上着をかけてやると、驚いたような、信じられないものを見るように見られた。
しかし彼女は何も言うことはなく、自分の身体を包み込むようにかけられた上着を大事そうにかき抱いて大人しく包まっていた。
「そういえば、まだお名前を伺っておりませんでしたわね。あなたたちのお名前を教えて頂けますかしら?」
リアがそう言うと、森精種の二人は肩を跳ねさせる。余程恐ろしいのだろう。
まずは垂れ目がちの方から自己紹介をしてきた。
「わたしは……ユニステラです……。ユニ、もしくはユニスって、呼ばれてました……。そ、その……精一杯ご奉仕致しますので、どうか、捨てないでください……」
手を地に付け頭を下げる───それは土下座だった。
これだとこちらが悪い人みたいなのですぐにやめさせる。
「顔を上げてくれ。もともと君たちを奴隷にするつもりは無いんだ。そう畏まらなくても良い」
「は、はあ……」
納得はしかねるが、そう言うので仕方なくといった様子で顔を上げるユニステラ。
垂れ目がちの碧い瞳に、膝まで届くだろう長い緑の髪。右目は髪で隠れているのが特徴だろうか。見すぼらしい服の下からは白い手足が露出していた。胸元は膨らみかけと言うべきか少し小さい。
ユニステラが自己紹介を終えると、今度はもう一人の森精種に視線が移った。
「……私はフューリです。先程は分を弁えず騒ぎ立ててしまい申し訳ありませんでした。もう二度と逆らうようなことは致しませんので、命だけは助けてください……」
俯き若干震えながら頭を下げるフューリ。
最初と比べてあまりにも卑屈になり過ぎていてかなりやり辛い。
ツリ目がちな翠の瞳は今は涙で濡れていた。緑の髪は天然なのか毛先だけがくるくると丸まっているのが特徴的か。胸はユニステラよりは大きいが、そこまで大きいというわけではない。シィナより若干小さいくらいか。
こちらも一通り名前だけの自己紹介を終える。
そして彼女たちの処遇を決めることになった。
「クルル」
先ほどからずっと沈黙していたクルルに声をかけると、すぐに顔をこちらに向ける。
「おや、もう良いのですかにゃ?」
「お前な……こうなると思ったのなら事前に伝えろと」
「主が怒らないのは分かっていましたから大丈夫だと思ったんです…にゃ。まさかリアがあそこまでブチ切れるとは思わなかったですけど…にゃ」
後半に小声でとんでもないことを言い出した。そこそこ長い付き合いなのだからリアの性質くらい把握していただろうに……。
「それで、彼女たちはどうすれば良いのだ。保護してほしいと頼まれたから迎え入れたのだが」
「特に無いですにゃ。ある程度時間を置いて、彼女たちが森精種の暮らす森に帰れるようになるまで匿ってくだされば良いです…にゃ」
「そうなのか……。ではクルルの部屋を貸し与えても良いのだな?」
「それが一番無難でしょう…にゃ。私はユキユキと一緒に主の部屋に転がり込みますから…にゃ」
まあクルルならユキユキも懐いているし、子どもの面倒を見るのも得意だし問題ないだろう。
というか何故先ほどのことを放って置いたのか。フューリの性格を鑑みると……道中で散々愚痴を聞いてきておそらく対応が面倒になった可能性が高そうだ。
ちなみにユキユキはユキミとユキノを連れて部屋に戻っている。気持ち的にフューリとあまり一緒に居たくないようで自己紹介を終えたらすぐに退出した。
「他に何かあるか?」
ココノハ、リア、シィナの顔を見て尋ねる。
シィナは何もないと首を横に振ってから立ち上がった。
「あたしもユキユキのところ行ってくるわね。あの子ったら寂しがりやだから」
そう言ってリビングを下りていった。
寂しがりやなのはシィナもだろうと思ったが、何だかんだ優しいシィナなら上手く慰めてあげられるだろう。
リアは何か考えて居たようだが、何でもないと言って終わってしまった。
ココノハは……同胞のこれからを決めているのに興味がなさそうだった。
「ココノハ?」
「はい? 何ですかホシミさん? 朝ごはんなら温め直せば直ぐに食べられますよ」
私に向けて優しい笑顔を見せてくれる。そのココノハの様子を見て、フューリとユニステラは息を飲んだ。
「ああ、いやそうではなく。一応同胞だろう、何かないのか?」
「ありませんよ? 確かに種族的には同胞ですが、私の家族を貶すなら敵ですもん。私には関係ありませんからね」
ココノハは至極当然というように言い張り、「敵」という言葉を聞いた森精種の二人が顔を曇らせる。
森精種は内に入った者には優しいが、外の者には冷たいのだ。ココノハにとって内とは森精種という種族ではなく、この塔に住まう人物のことのようだった。
「そうか……分かった。ありがとうココノハ」
「いえいえ、どういたしまして」
ココノハは立ち上がると朝食の支度をしにキッチンへと向かっていった。
「だそうだ。お前たちにしてもらうことは特に無いらしい。今まで奴隷だったのだろう、ここでは気にせず自由に過ごすと良い。食事が終わったら部屋に案内しよう」
そう言って立ち上がろうとすると、フューリに掴まれた。先ほど男嫌いと言っていたフューリにである。
「あの……」
「どうした?」
「その……私たちを受け入れてくれて、ありがとう……ございます」
疑問に思って尋ねると、フューリは先ほどまでの態度からは考えられない様子で、礼を述べた。
「敬語はいらない、自由に話すと良い。君はもう奴隷では無いのだから」
私がそう言うとやはり驚いたように目を見開いた。
「いいの……? だって、私あんなに酷いこと言って、しかも、汚れているのに……」
「先ほどの暴言はリアが怒ってくれたからな。言うほど気にしていないが……汚れている? ああ、それなら風呂に入ると良い。この塔の最上階は大浴場になっている。魔力で湯が循環しているからいつでも入れるしいつでも綺麗な湯だぞ」
「そうじゃなくてっ! 私は……もう……」
「ここからはわたしが引き継ぎますね、ホシミ様」
肩を震わせて俯くフューリの肩に手を置いてユニステラが言葉を繋いだ。
「わたしたちは奴隷として売られました。値が高くなるので処女だけは守られましたが、それ以外は全て失いました。だからフューリは自分のことを汚れていると言っているんですよ」
「……」
森精種の奴隷であると聞いた時からそうであるだろうとは思っていた。美形揃いの森精種は、男女問わず人気がある。主に人間の欲望の捌け口として、根強い人気があった。
「はぁ……それがどうしたというんだ。だいたい、お前たちは汚れてなんかいないぞ。鏡を見てこい、こんなに綺麗なのに」
私の回答が予想外だったのか、二人の目が丸くなる。
リアだけはくすくすと笑っていた。
「食事の前に二人は風呂でも入ってきたらどうだ? 待っているから旅の汚れを落としてこい」
「……私は、私たちは汚れていないと、あなたはそう言うの?」
フューリは泣きそうな瞳で私を見つめてきた。
「だからそう言っただろう」
私の言葉を聞いて、何かを決心したのか今度は真剣な表情で見つめてくる。
「それなら、私と一緒にお風呂に入ってくれない? 私が汚れていないというのなら……私の身体を、洗って、ほしいの……」
「フューリ……。うん、いいと思う。ホシミ様、わたしからもお願いします。わたしたちと一緒にお風呂に入ってください!」
二人に頭を下げられて一緒にお風呂に入ってほしいと言われるこの状況。先ほどまでの険悪な様子からどうしてこうなった。
どうしようかとリアに視線を向けると、ただにこやかに頷くのだった。
「ホシミ様のハーレムがまた一つ大きくなりますわね。うふふっ」
リアは頼りにならない。仕方がないのでクルルを見ると、何故か親指を立ててきた。
つまり、二人とも気にしていないのか……。
それはそれでどうかと思うのだが。仕方がない。
「分かった……。一緒に入ろう……」
フューリは顔を隠すように俯いた。ユニステラは顔を赤らめながらも嬉しそうに笑みを浮かべた。
こうして、来たばかりの二人の森精種と何故か風呂に入ることになってしまった。




