54話 最高で最低なデートの結末
あの後、やって来たゴア老人の部下によってガルドは連れていかれた。治療を施してから詰問をする為だろう。
起こしたことを考えれば何らかの処罰が下されるのは間違いないが、それが重くなるのか軽くなるのかは内容次第である。
ゴア老人は血に塗れた服を纏った私を見て驚いたものの、気絶しているユキユキを見て心配そうにしていた。
「ホシミさん、何があったのか一応お聞きしたいのですが……、その前に、場所を移しましょう。貴方のお嫁さんをこんなところに寝かせておく訳にもいきませんからね」
「ありがたい、私もこのままというのは困るところだった。申し訳ないのだが宿の手配をしてもらえるだろうか、話はそこで」
「そうですな。おーい、誰か! ちょっと来てくれ!」
ゴア老人は頷いたあと、人を呼んで宿の部屋を取って来るように言いつけた。その後は周りの人々に何があったのか後日公表すると説明して散らせる。丁度戻って来た者が部屋の用意が出来たとのことで私たちを案内することになった。
そして現在、高級宿の一部屋に私とユキユキ、そして事情を聞くためにゴア老人がいた。
何故高級な宿を選んだのかと思ったが、壁が厚く音が外に漏れにくいのが主な理由だった。あとは妊婦であるユキユキに柔らかなベッドを使わせたいというものだ。
赤を基調とした室内は、正直言って目に痛い。
壁こそ白塗りだが、床の絨毯から家具、小物類までほとんど赤である。その中で唯一白いベッドのシーツが部屋の中で浮かび上がっているかのように感じた。
ユキユキをベッドに寝かせ、私とゴア老人は赤く染められた革張りの椅子に向かい合って座る。テーブルの上には赤いクロスが敷いてあり、その上には宿の主人に用意してもらった酒が置かれていた。
「ふぅ、ようやく落ち着きましたな」
そう言ってグラスに酒を注ぐゴア老人。この酒を用意したのはゴア老人だった。
「ささっ、ホシミさんも一杯やりましょう。酒は人生を潤してくれる最高の友ですからな」
「では頂こうか」
私にグラスを手渡し、溢れるギリギリまでなみなみと注ぐ。互いに無言でグラスを合わせて打ち鳴らし、口に運んで嚥下した。
「それで、何があったんですか? ホシミさんのことは父や祖父から聞いていましたので今更驚きはしませんが、あの男とはお知り合いで?」
「いや、知り合いというほどでは無い。私のではなく彼女にとっての疫病神といったところだろうな……」
ユキユキを見ると、ゴア老人の視線もユキユキに移った。
「そういえば捕らえた男は獣人でしたな。彼女と同じ兎耳の種のようですが……まさか、父親?」
「あれは父親ではないよ。かつて幼いユキユキを養子として引き取った癖に捨てた男だ。引き取ったのは当時の妻の意向だったようだが、奴には気に食わなかったのだろう」
「そんなことが……。今回の件は私怨である可能性が高そうですな」
「かもしれん。何が起こったかだが、まあ私の状態を見てもらえば分かるだろうが、刺された。見事なものだったよ、心臓に一突きだ。獣人の潜在能力の高さを甘く見ていたと思い知った。私を刺した後はユキユキを殺そうとしたのだろうな。詳細は起きてから尋ねてみないことには分からんが、状況的にそう取れる選択肢は多くない。奴がユキユキにナイフを振り下ろす直前に蘇生して腕に受けた。その後のことはゴア老人も知っての通りだ」
私が話終えるとゴア老人は軽く息を吐いた。
「刺されたのがホシミさんで無ければ殺人が起きていたということですか。いったいどうしてこんな事を仕出かしたのやら……」
「それについてはあの男から聞いてみないことにはな。過去に一度だけ接触したことがあるが、私は奴に二度と近付くなと警告している。逆恨みの可能性も十分あり得るが……力量差が明確な相手に立ち向かうことをするような男ではなかった」
「誰かに唆された、あるいは操られたと?」
「ああ。思い当たるものがあるとすれば、シンの連中だ。あの国にとってみれば他種族が問題を起こすのはとても都合が良い。只人至上主義を掲げているからな、他国でも同じ心情を持つ同志が増えれば国も広げやすくなる。その裏工作の可能性」
「……」
ゴア老人は苦い表情で固まってしまった。他国の工作員が自分の治める街に入り込んでいる可能性を考えて頭が痛くなったのだろう。
ただでさえこのシュメットの街は交易都市として栄えているのだ。そこが他国の、よりにもよってシンに落とされれば酷いことになるのは目に見えていた。
「あくまでも可能性だ。本当にあの男のただの私怨である可能性もある。……まぁ、結論を出すのは詰問が終わってからでも良いだろう、今日は酒でも飲んで忘れてしまおう」
そう言って私は空になっているゴア老人のグラスに酒を注ぐ。なみなみと注がれるグラスの中身を見て、確かに、と笑った。
「久方振りのホシミさんとの酒の席ですしな、後のことは明日の私がやってくれるでしょう!」
結局夜遅くまで飲んでしまったゴア老人は、ちゃっかり隣に確保していた部屋で眠ってしまった。
部屋に戻ると、ユキユキが丁度目を覚ます。
「お酒くさいウサ……」
ぼんやりとした目で周囲を見渡し、鼻をひくつかせる。
その様子を見て、私はひとまず安堵するのだった。
「大丈夫かユキユキ。先ほどまで気を失っていたんだ。……何が起こったかは覚えているな?」
私の言葉にこくりと頷く。
「最高の一日だったのに、一気に最低の気分になったウサ。御主人様、身体は大丈夫ウサ?」
ユキユキは心配そうに私の身体に触れてくる。そんな彼女の頭を撫でながら心配ないと笑った。
「大丈夫だ。不意を突かれたせいで蘇生に少し時間が掛かったしまったがな。だが、ユキユキが無事で本当に良かったよ」
「うん……私も、この子が無事で良かったウサ」
自分の膨らんだ腹部を撫でながら微笑むユキユキだった。その姿に思わず見惚れて、そのことが気付かれないように話題を変える。
「随分汚れてしまったしな、風呂でも入って、一緒に眠ろうか」
「そうウサね。あーあ、服がちょっと血で汚れちゃったウサ。折角シィナが見立ててくれたのに」
少しだけ残念そうに言う。シィナの着せ替え人形にされることの多いユキユキだが、その服は割と気に入っていたのだろうと思われた。
「申し訳ないことをしたな……。それは私の血だろう?」
「……御主人様の、血。うん、このままでも良い気がするウサ」
「それはやめてくれ……」
ユキユキならば冗談ではなくそのままにするだろう。流石にそれはマズイので絶対に止めさせる。
その後は風呂で汚れを落とし、ユキユキに抱きしめられながら眠るのだった。
こうして、ユキユキとのデートが終わった。
後日。ゴア老人から、詰問の末にガルドが語った内容を知らされた。
それは、可能性を挙げたもののあまり考えたくなかったもので。
シン国が他国に介入したと思しき推測の裏付けこそ取れないものの、ほぼ間違いなく介入したであろうと断言出来るものであった。
ガルドが語った場所は既にもぬけの殻だったが、とうとう本腰を入れて動き始めたのだろう。
シン国の目的はただ一つ。
只人以外の人種を滅ぼし、世界の覇権を握ることなのだから。




