55話 『幸運を呼ぶ白兎』
三ヶ月ほど時は流れて。
ガルドに襲われた際、特に怪我も無くただ気絶しただけで無事だったユキユキは元気な赤ちゃんを出産した。
「はーい、ミーちゃん、ノーちゃん。お乳の時間ウサよ〜」
赤ちゃんを抱きながら、穏やかな笑みを浮かべているユキユキ。
ユキユキが産んだのは双子の女の子だったのだ。
授乳の準備をして、一人ずつ母乳を飲ませていく。私はその手伝いとして、母乳を与えていない子を抱いていた。
「二人ともユキユキにそっくりだ」
私は双子の赤ちゃんの顔を見て呟いた。双子の名前は、姉がユキミ、妹がユキノという。彼女の両親の名前を一文字ずつ貰い名付けられた。
ユキユキと同じ白金の髪に白い兎耳。種族は母系遺伝なので獣人として生まれるのは分かっていたが、外見はユキユキを幼くしたらこうなるというほど似ていた。しかし、決定的に違うものがあった。
瞳の色が、左右で違うのである。
ユキミは右目を赤色、左目は灰色。ユキノは右目を灰色、左目は赤色である。
私の灰色の瞳とユキユキの赤色の瞳がそれぞれ遺伝したようだ。そのおかげで双子を間違えることがないのはありがたいが、珍しい虹彩異色になるとは思わなかったので皆で驚いたものだ。
一応検査した結果、どちらかの瞳が見えていないということは無かったので安心している。
「ちゃんとゲップも出来たウサね、えらいえらい。今度はノーちゃんの番だから、ミーちゃんはパパのところにいきましょうね〜」
ユキユキはそう言ってユキミとユキノを入れ替えて、今度はユキノに同じように母乳を与える。
私に抱かれたユキミは、満腹になったからだろう、うつらうつらとしている。もう間も無く眠ってしまうだろう。
「……」
なんとなく頬を撫でると、指を掴まれてしまった。そのままぎゅっと握られて、ユキミは穏やかな寝息を立て始める。乳児の握力なのでいつでも離せるのだが、わざとそのままにしておいた。
「パパ? どうしたウサ? あ、ミーちゃん寝ちゃったウサね」
私の動きが気になったユキユキに尋ねられたが、ユキミの寝顔を見てすぐに状況を理解し顔を綻ばせる。
「ユキノのご飯が終わったら、一緒にベッドに寝かせにいこうか」
「うん、分かったウサ。あっ、ノーちゃんお乳垂れてるウサ。焦らなくてもママはいなくならないウサよ〜」
ユキノの口元に清潔な柔らかい布巾を当てて溢れた母乳を拭い取る。慣れたもので、さっと手際良く終わらせた。その様子を見て、少し前に想いを馳せる。
子どもが産まれてから一番変わったのはユキユキだった。悪戯好きなお転婆娘は姿を消し、子を慈しみ微笑む聖母のようになったのだ。
子どもの前では自分のことをママと呼び、私のことをパパと呼ぶようになったのも二人が産まれてからだ。
子育てはリアが率先して手伝ってくれるおかげでだいぶユキユキの負担は減らせているが、母乳だけはユキユキしか与えられないので食事以外を手伝うことになった。
皆、赤子が可愛いらしく、積極的に触れ合おうとしている。
新しい生命の誕生は、彼女たちに大きな影響を与えているのかもしれない。
「よーしよーし、ノーちゃんもお腹いっぱいウサね〜。それじゃあ、ミーちゃんと一緒におねんねしましょうね〜」
どうやらユキノの食事も終わったようだ。揺らさないようにゆっくりと立ち上がり、新しく作られた子ども用のベッドにそっと寝かせる。
ユキミの指を離すと、何かに掴まっていないのが寂しいようで、隣のユキノの指を握るのだった。
ユキノはその様子をじーっと見ていたが、やがて大きなあくびをしてそのまま眠ってしまった。
「自分の子どもがこんなに可愛いなんて思わなかったウサ。パパとママも、こんな気持ちだったのかな……」
ユキユキは私に身体を寄せて、優しく双子を見守る。
「ね、パパ。私がもっと赤ちゃん欲しいって言ったらどうするウサ?」
そう言うユキユキの瞳は半分真剣で、半分は冗談を含んでいた。私はユキユキの肩を抱き寄せて考え込む振りをする。
「そうだな……。ユキユキがもっと子どもが欲しいというのなら、私はその望みを叶えるだろう。どうする? 本気ならば頑張るぞ?」
「すっごく悩むウサね〜。でもでも、私は『仙』になってずっとパパと一緒にいたいのもあるウサ。うーん……。あ」
何か思いついたとばかりに手を叩くユキユキ。そして楽しげに話し出した。
「実はもうちょっとで誕生日ウサよ。十九歳の誕生日ウサ。ねえパパ、『仙』になるのは、あと一年くらい後でも良いと思わないウサ?」
ユキユキは誘惑するように身体を擦り付けてきた。
「ユキユキがそれで良いのなら、私は手伝うまでだ」
そう言って唇を重ね合わせる。何度も何度も、触れるだけの優しい口付け。
彼女たちが戻ってきたのはそんな時だった。
「ただいま戻りましたー。って二人とも……」
ココノハは口付けしていた私たちを見て呆れた表情をしていた。
「赤ちゃんの前で何をやってるんですか。もしかして二人じゃ足りないからもっと子どもが欲しいとか言ってませんよね」
追求するようなジト目にユキユキはそっと目を逸らす。
「ホシミ様、ユキユキちゃん。ただいま戻りましたわ。ミーちゃんとノーちゃんは……お昼寝のお時間みたいですわね。ああ、寝顔も可愛らしいですわ」
リアは先ほどのやり取りなど気にもしていないようで、すぐに双子を眺めて微笑んでいる。
「リアー。赤ちゃんに触るならまずは手を洗ってからだからね。あたしたちは外に行ってきたんだから、変な菌とか付いてるかもしれないでしょー?」
「はーいですの」
シィナはリアに手を洗うよう言ってから私たちを見た。リアは手を洗いにいったようだ。
「あたしとしてはこんな可愛い子が増えるのは嬉しいから、バンバンやっちゃって良いわよ。あたしたちはユキユキみたいにすぐには産んであげられないから」
若干頬を赤らめながらそう言ってから、手を洗いに奥へと消えていった。
「シィナさんが赤ん坊の魔力に屈してるなんて……。まあ気持ちは分かるんですけどね。───ねえユキユキ」
「どうしたウサ?」
ココノハはユキユキに向けて、こう言った。
「あなたは、幸せ?」
ユキユキが息を飲んだのが伝わってくる。少しだけ間が空いてから、ハッキリと答えた。
「私は最高の幸せ者ウサ!」
どんな意図があって尋ねたのかは分からないが、ユキユキの返答はココノハにとって大変満足のいくものだったようだ。
「ならわたしが言うべきことはありませんね。ただ、ユキユキはもっと幸せになっていいんです。それだけはずっと忘れないでください」
そう言ってココノハは自室へと向かっていった。
ガルドに襲われたと聞いたとき、一番怒りを露わにしたのがココノハだったのだ。
ユキユキの過去を知って一番悲しんでいたのも実はココノハである。
まるで、誰かと重ね合わせているかのようにユキユキのことを慮っていた。
ユキユキはココノハの言葉に少しだけ茫然としていたが、やがて笑みに包まれるのだった。
「そろそろ、私も話していいですか…にゃ」
「おっとクルル。済まないな、気付いてはいたのだが」
現れたのは黒髪の黒猫獣人クルクルである。実はユキユキの出産に合わせて塔に戻ってきていた。
ココノハたちと外から帰ってきてから、クルルは尻尾を私の足に巻きつかせて皆の話が終わるのを待っていた。帰ったら大事な話があると言っていたのだ。
話す内容は察しが付いているが、これはユキユキの問題なので口は挟まないことにする。
「さて、ユキユキ……。あなたの選択を聞かせてください…にゃ。あなたは『仙』になるのか、それとも定命の存在のまま生涯を終えるのか……その、答えを」
クルルの問いかけに、ユキユキはもう迷わない。既に答えは決めているとでも言うかのように、即答するのだ。
「私は『仙』になるウサ。でも、それはもう一人だけ赤ちゃんを産んでからウサ」
クルルの瞳をまっすぐに見つめて淀みなく答えるユキユキ。クルルは真剣にユキユキを見つめて、やがて一つ息を吐いた。
「双子を産んで、まだ欲しいのかにゃ。私はそっちの方が驚きにゃ」
「好きな人との子どもなんだから出来るならいっぱい欲しいに決まってるウサ。でもそうすると私もお婆ちゃんになっちゃうウサ……。だからもう一人だけウサよ」
「まあユキユキが決めたのなら言うことはないです…にゃ。幸いリアもシィナも、あのココノハって娘もあなたの味方ですからにゃ。望むままに、生きると良いです…にゃ」
「ありがとウサ……。私はクルクル様に拾われて本当に良かったと思ってるウサ。だから、頼りないままだけど、これからもよろしくお願いします!」
感謝の言葉と共に頭を下げるユキユキ。クルルは頭をぽんぽんと優しく叩いてから自室に戻っていった。
リアとシィナが手を洗い終えて戻ってくる。
二人は寝てる赤ちゃんの頬をつついたり指を触ったりして可愛がることに夢中だった。
少しだけユキユキと話がしたかったので、ユキミとユキノを二人に任せ、私の部屋へ移動する。
現在、私の部屋はユキユキが赤ちゃんと一緒に過ごす場所となっている。理由としては、子どもの世話をユキユキだけに任せておけないからというのが一つ。あとはクルルが戻ってきたので元の持ち主に部屋を返したというのがもう一つだ。
その為、赤ちゃん用のベッドや玩具、着替え等はすべて私の部屋にある。
かつてここまで塔の住人が増えることは無かったので困らなかったが、そろそろ部屋を拡張する必要があるかもしれない。
それはさておき。
私がユキユキを連れてきたのは、確認したいことがあったからだ。それはユキユキにとって大切な人の一人で、今この場にはいない人。アンリのことである。
「ユキユキ、産後もだいぶ落ち着いてきた。そろそろアンリのところへ顔見せに行くのも良いと思う。そこで聞きたい、ユキユキはアンリにガルドの話はするのか?」
私が確認したいこと、それはアンリにガルドのことを伝えるかどうかである。
過去に離婚したとはいえ、一時は夫婦だったのだ。知らせてどうにかなるものでも無いし知ったところでだからどうしたと言われる可能性も高いのだが。
ユキユキは少しだけ考えてから、首を横に振った。
「伝えなくて良いウサよ。アンリさんは優しいから、あいつがまた私に何かやったって知ったら自分を責めちゃうウサ。もう、アンリさんも解放してあげなくちゃ可哀想ウサよ……」
「そうか……。それも、そうだな」
泣き出しそうなユキユキを抱きしめて、優しく背中を撫でる。
ガルドはその後、街中で殺傷未遂事件を起こしたことで罰せられた。この世界では女性を守る法が多い。理由は自身と同じ種を残せるのが母系遺伝に限られているからである。種の女が全て死ねば、あとは滅びを待つだけとなるのだ。
その為、妊婦を殺そうとしたガルドにはとても重い罰が降ったと聞いている。二度と日の目を見ることは出来ないだろうとも。
これでユキユキはガルドの呪いから完全に解放されたのだ。
何故ガルドがあのような凶行に及んだのかは、詰問により得られた供述によって明らかになっていた。
ガルドは浮浪者であった。いつだったか、怪しげなフードを着て顔を隠した女に囁かれたのだそうだ。
「あなたの前に、あなたを脅かす者が現れます……。それから逃げる手段は一つ。その相手を殺すのです。死者はあなたを脅かすことはありませんから……」
その後、偶然ユキユキと再会してしまい殺さなければいけないのはあいつだと思い込むようになったという。その憎悪はガルドを傷付けたことのある私にも向けられていたようだ。
あとは簡単、機を見て実行に移すだけとなる。
どう考えても精神干渉系の魔術の影響を受けていたが、操られてはおらず誘導されただけのようだったので気付かなかったらしい。
これにより、『緑』属性の魔術師が動いていることが判明した。
そして、ガルドが決定的な証拠を覚えていたのである。
「あのフードの女……胸元になんかバッジみたいなのが付いていたんだ。あのときは気にもしなかったが……、あれは間違いなく銀の鉤十字だった」
鉤十字。これはシン国の国紋である。
そして、役職や階級に応じて色が変わるのだ。金、銀、銅、鈍、黒、白の六階級存在する。
銀の鉤十字ならば、軍属の中でも幹部クラスとなる。
これによりシン国が介入していることに確信が得られたのだった。
「ねえ、パパ。パパ。……むー、御主人様!」
「おっと」
いつの間にかユキユキにベッドに押し倒されていた。
何度も呼んでいたのに反応が無かったからだろう、少しだけむくれている。
「済まない、少し考え事をしていた」
「何度も呼んだのに返事無くて寂しかったウサ。だからこの寂しさを埋めるちゅーを要求するウサ!」
彼女の出す要求はとても可愛らしいもので。
ふっと微笑んでから、ユキユキと唇を重ねるのだった。今度はさっきよりも深く深く、溶け合うように───。
ユキユキが来てから、塔には笑顔が増えたと思う。良くも悪くも騒がしいユキユキは、すぐに皆と仲良くなって、今では彼女の産んだ赤ん坊と一緒に皆に愛されるようになっていた。
だから、彼女は成れたのだろう。
自身に幸運を引き寄せ、他者にも分け与える憧れの『幸運を呼ぶ白兎』に。
私たちは、ユキユキと一緒に居られてこんなにも幸せなのだから───。
これでユキユキ編終わりです
あとはちょっとした小話をいくつか書いてから新章シン国編(仮名)にいくと思います
今までユキユキメインだったので、小話ではユキユキ以外の娘にちょっとだけ頑張ってもらうことになる……筈。
いつの間にか結構多くの人に読まれていたようで……感謝感激です。
これからものんびりと続けていきますので気が乗りましたら読んでやってください。




