52話 でーと
ユキユキの妊娠が発覚してから、七ヶ月が過ぎた。
腹部の膨らみは目立つようになり、今では腹部を締め付けないよう比較的緩やかな服装をするようになった。運動不足は良くないということで、誰かに付き添って貰って塔の周囲をゆっくり散歩するのが日課となっている。
もう安定期に入っているのでつわりは収まっていたが、ユキユキはつわりが重い方だったらしくそれまでが酷かった。
アンリのところから帰ってから数日後に訪れたのだが、しばらくは吐き気が続き、よく吐いてしまっていたので皆で心配していたのだ。すぐに吐いてしまうので食事は消化に良いものを、と柔らかいものを中心に食べさせていたと思う。
そんな中でとても辛い筈なのに、ユキユキは泣き言をこぼさなかった。
「心配してくれてありがとウサ。ちょっとだけ大変だけど……ママも通った道ウサ。私も、負けたくないウサよ」
つわりの症状に苦しみながらも、前を向いて耐え抜いたユキユキ。その心中には亡き母親への感謝と尊敬の念があったのだった。
リアとシィナはよくユキユキに気を遣ってくれている。特にリアはいずれ自分も通る道だということで熱心にお世話していたと思う。ユキユキの付き添いをしている時間が一番長いこともその証明と言えるだろう。
シィナはユキユキの服とその子どもの服の見立てを全部やっていた。もともとお洒落好きなこととユキユキが服に頓着しない性格だからこそとも言えるが。
ココノハは初めての経験であたふたすることが多かったが、隙をみては妊娠から出産に関する本を読み漁っては自分なりに知識を身につけてユキユキを助けようとしてくれていた。
そろそろ妊娠八ヶ月。今度は大きくなった子宮によって胃や腸が圧迫されて食欲不振や胃のむかつきなどが起こらないかと心配しているが、今のところその様子は無いようである。
そんな慌ただしい日常を過ごしていると、ある日ユキユキから声をかけられた。
「御主人様〜、ちょっとお願いがあるウサよ。聞いてくれるウサ?」
ユキユキはお腹を撫でながら上目遣いで話してくる。
「お安い御用だ。すぐに準備を───」
「ちょ、ちょっと御主人様!? まだ何も言ってないウサ!!」
内容も聞かずに快諾する私にユキユキは驚き慌てる。そんな様子をみてくつくつと笑うのだった。
「ユキユキは変な我が儘を言わないからな。それで、どんなお願いなんだ?」
「も〜いじわるウサ。でも御主人様だから許してあげるウサ。えっとね───」
ユキユキが話したお願いは、すぐに叶えられる程度の至極単純なものだった。
塔からシュメットの街までは微妙に距離がある。その為に、徒歩しか移動手段のないユキユキは妊娠してから足が遠ざかっていた。
普段出掛けるときは私の転移を使用していたためにどうしても一泊してこなければならなかった。その為ユキユキも言いづらかったのだろう。
そう、ユキユキのお願いとは、『二人きりで街を見て回りたい』というものだった。
ココノハたちにユキユキのお願いということで話してから承諾を貰い、現在はシュメットの街、北門広場にいる。
「さあ、到着だ」
空間転移を使用してシュメットの街へと降り立つ私とユキユキ。
シィナに頼んでおめかししてきたユキユキは、グレーのチェックが入った七分袖の黒いロングワンピース姿だった。その上から裾が短めで同じく七分袖の白いツイードジャケットを羽織っている。首元には以前買ってあげた赤い首輪がいつものように巻かれているのが違和感を感じさせた。
「えへへ、じゃあ今日はでーとよろしくウサ!」
服に合わせたように黒いリボンで結わえた白金の髪を振りながら笑って腕を組むのだった。
ユキユキの身体を気遣いながらゆっくりと街を歩く。まずユキユキが行きたがったのは、甘いものを中心に取り揃えられた女性に人気の喫茶店だった。
店内は広めの窓から日の光をふんだんに取り入れたお陰でとても明るかった。調度品は木材で作られており、ベージュの壁紙と合わせて落ち着いた雰囲気を醸し出している。
利用客はほぼ女性で、二十数人のうち、私ともう二人ほどしか男性はいなかった。女性たちの視線がやや突き刺さるように眺められながら席に案内される。その様子を見てユキユキは少しご機嫌だった。
席に着くと、ユキユキは楽しそうに口を開いた。
「女たちの醜い嫉妬の感情が湧き上がってくるのを感じるウサ……。残念だったウサね、御主人様はもう私のものウサよ」
まるで悪役のような口調で話すユキユキ。楽しんでいるのは喜ばしいことだが、私は状況が理解出来ていない。
「楽しそうで何よりだが、私にも分かるように説明してくれないか」
「そうウサね。あ、先に注文良いウサ? 私はチョコレートのケーキと果物がいっぱい乗ってるタルト! あとあと、桃のジュースお願いするウサ!」
丁度よくやって来た店員に注文を告げるユキユキ。私も折角だから何か注文しよう。
「私は……三種のベリーソースのパンケーキを。飲み物はコーヒーを頼む」
かしこまりました、と呑気な声で注文を受けた店員は店の奥へと向かっていった。その姿を見送ってからユキユキに視線を移すと、やけに嬉しそうににこにことしている。
「さっきの話の続きウサね。実はこのお店は、本来なら男子禁制のお店だったウサ」
そうだったのか。傾向的に男性より女性の方が甘いものが好きな人は多い気がするから客層を絞ったのだろう。
「しかし私は入ってしまっているぞ。男子禁制なのではなかったのか?」
私がそう言うと、ふっふっふ。と不気味な声をあげる。
「一つだけ男性同伴でも入れる条件があるウサ。それが、相手と婚姻関係にあることウサ。つまり、夫婦なら問題無いってことになるウサよ」
「なるほど、だから女性たちの視線が厳しかったのか。やや突き刺さるようなものだったからな」
理由が分かった、とばかりに零したのだが、ユキユキはそれは違うと首を横に振る。
「御主人様、それは間違いウサ。御主人様は自分の容姿をもっと客観的に見た方が良いウサよ。中性よりだけど男性とはっきり分かる整った顔立ち、そこそこ高めの身長に理知的で全てを見通すかのような瞳。厚手のローブに覆われている身体は服越しでも鍛えられて引き締まっていることが分かるウサ。はっきり言って、目立つウサ」
「そんなに目立つか?」
「目立つウサ。こんなイケメンが街中に居たら十中八九の女性が振り向くウサ」
「そうだったのか……今までまったく気にしたことが無かった。つまり視線の原因は私なのか」
「いや、御主人様は半分くらいウサね。もう半分はそんな男性の隣に甘えるように引っ付いたお腹を膨らませてる女が居るからウサ。御主人様も私を気遣って歩いてくれてたから私が太ってる訳じゃなくて妊娠しているってことはすぐに分かった筈ウサ。だから妬んだような視線が多かったウサよ」
そう言い切ってユキユキはにまにまと笑う。こんな些細な優越感を得たところで、とは思うが妊娠中のストレスもあるのだろう。その解消の手助けになれば良いと思って黙っておいた。
「お待たせしましたー」
そんなことを話していたら注文の品が届いたのだった。ユキユキが頼んだチョコレートケーキとフルーツタルトはホールを六当分にしたうちの一つらしい。丁度良い大きさで、間食として食べるのならぴったりの量だろう。
対して私のパンケーキは───。
「デカい」
中皿に十枚ほど重なったパンケーキの上からふんだんにベリーソースがかけられ、彩りにミントの葉が添えられている。その中央を上から下まで串刺しにするかのように一本の棒が突き刺さっていた。
おそらく、途中で崩れ落ちないようにする為なのだろう。が、そのせいで縦に積み上げられたせいで視界に与える圧迫感がすごい。
「御主人様……それ食べきれるウサ?」
ユキユキが少し心配そうに見つめてくる。
「分からん。もし無理そうだったら、少し食べてくれないか……」
苦笑いをしながら目を逸らすユキユキだった。
一応なんとか完食して店員に尋ねてみたところ、本来あれは複数人で分けて食べるものらしい。一人で食べ切るなんてやっぱり男性は凄いですねー、なんて感心されてしまった。
……複数人用ならそうとメニューに書いておけ、と心底から思った。




