48話 思いがけない再会
一泊する準備を整えた私たちは、空間転移の魔術で幼少のユキユキが過ごした家があった場所にやってきた。
間近で見てみると、まだ建築されてからあまり年数が経っていないのか綺麗な外観をしていた。薄赤の屋根が目立つ、木造平屋の一軒家。玄関は少し地面よりも高い場所にあり、そこへ続くように木で作られた三段ほどの階段がある。玄関横には、掃除で使用しているらしき箒とバケツが邪魔にならないように置かれている。
「土石流が発生した場所とは思えんな。綺麗に整地されたようだ」
当初は石や木などで凸凹だらけだったろう地面は今は綺麗に整えられていた。
「災害復興って相当な労力ですよね。魔術師を雇うのにも大金が必要になるんですよ。あの村の人たちがわざわざやるとは思えませんし……」
ココノハが思ったことを述べる。私もほぼ同意だった。
「取り敢えず、ここの住人に話を聞いてみようか。何か分かるやも知れん」
私たちはその家の玄関に近付き、扉をノックした。すると、中から「はーい」という女性の声が聞こえてきたのだった。
扉が開かれて、中から一人の小柄な女性が顔を出す。その女性は、茶金の髪と赤い瞳を持つ、白い兎耳の獣人だった。年齢は三十代後半から四十代といったところだろうか。家事の途中だったのか、パンジーの花が描かれたエプロンを着けている。
「えっと、どちら様でしょう?」
女性が私たちを見回すと、ユキユキを見て視線が止まった。私が声をかけようとするが、
「ユキユキ……ちゃん?」
女性のその言葉に、全員の動きが止まった。
視線がユキユキに集まる。見ると、ユキユキは震えていた。身体の震えが伝わるかのように唇が震え、声を震わせながらゆっくりと声を発する。
「アンリ……さん……?」
唇の形が最初は『ママ』と動いたのを見てしまった。しかし彼女の両親は既に亡くなっている。どのような反応をするか窺うために視線を移すと、ユキユキからアンリと呼ばれた女性は、その場に崩れ落ちて涙を流したのだった。
「ユキユキちゃん……? 本当に、夢じゃなくて? 良かった……生きていたのね……本当に、良かった……うっうぅぅ……」
ユキユキの身体に触れながら、その存在が夢幻ではないことを確かめたアンリはそのままユキユキを抱きしめた。
「えっと……はい、何とか生きて来たウサ。ユキユキは、ちゃんと生きてます」
アンリを抱きしめ返したユキユキは、アンリの背を撫でながら優しく声をかけるのだった。
アンリが落ち着いたあと、私たちは家の中に招かれた。床に直接絨毯を敷き、その上に膝の位置とそう変わらない高さのテーブルを置いている。ここがリビングなのだろう。机と椅子に慣れた私たちには珍しく映った。履物を脱いで絨毯に乗った私たちは思い思いの場所に座る。
アンリはキッチンへ向かってお茶を淹れてくると言って席を外していた。もう間も無く戻ってくるだろう。
少しして、アンリが盆にお茶を持って戻ってきた。現在テーブル上には人数分のお茶が置かれている。アンリも私たちと同様に腰を下ろしてから、口を開いた。
「先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまって申し訳ありません。私はアンリといいます。その子の……ユキユキちゃんの母の妹で、ユキユキちゃんにとっては叔母に当たります。それで……貴方がたは……?」
ユキユキが懐いている様子から警戒心は薄らいでいるようだが、誰かも分からない相手に多少気を遣っているようだ。
「申し遅れた。私はホシミ。現在ユキユキと共に暮らしている者だ。それで、彼女たちが───」
「ココノハです。ユキユキと同じくホシミさんのお世話になってます」
「シィナよ。あたしたちは、えーっと、まあ、この人と一緒に暮らしてるわ」
「もう、そこは素直にお成りなさいな。こほん、わたくしはリアと申しますの。誤解の無いように言いますと、わたくしたちは全員ホシミ様の女ですわ」
最後のリアの発言にアンリは口を開けてぽかんとした表情をしていた。すぐさまシィナがリアに突っ込む。
「ちょっとリア! 初対面の人に普通そんなこと言わないわよ!」
「でも事実を違える訳には参りませんし……」
リアは困ったように眉を寄せる。その様子を見たシィナがさらに言い募ろうとした時。ユキユキがシィナの言葉を遮った。
「リアの言う通りウサ。それよりも次は私の番ウサ。私の名前はユキユキ、……って、もう知ってるウサね。じゃあ新情報ウサ。実は私のお腹には御主人様との子どもがいるウサ」
「えっ!?」
ユキユキが妊娠していると知ったアンリは驚いた。しかしユキユキがとても幸せそうな表情をしていること、周りのユキユキを見守る視線が優しいことに気付く。
「それは、本当なのですか……?」
確認の意味を込めて私に視線を向ける。私はしっかりと頷いた。
「ユキユキは私の子を宿している。既に医者からもお墨付きを戴いた。産まれる日はまだまだ先だが……元気な子を産んでもらいたいものだ」
「それはつまり、望んで妊娠した子ということなのですか?」
アンリの問いかけにユキユキと共に頷いた。
隣に座るユキユキは、私に身を預けるように寄りかかってくる。
「アンリさん。私……これまで色々あったウサ。辛いことが多くて、何度も泣いたウサ。でもね? 私が大変だったのも、死にかけたことも、全部、御主人様に出会う為だったと思ってるウサ。御主人様は絶対に私を一人にしない、私を愛して受け入れてくれる……。返せるものなんて何もないけれど、私は、私の生涯を捧げて御主人様に尽くしたいウサ」
ユキユキはアンリに自分の想いを語る。アンリはユキユキの言葉を聞いて、ふっと息を吐いた。
「ユキユキちゃんは、良い人に会えたのね……。あの人からユキユキちゃんを投げ捨ててきたと聞いてから、もうとっくに亡くなっていたものと思っていたけれど……、良かった……本当に、幸せそうで、良かった……」
「ウサ! 私は今、最高に幸せウサよ。それよりも、アンリさんはどうして此処に居るウサ? ここは───」
ユキユキが言葉を続けようとするのをアンリは分かっているというように遮った。
「ええ、そうね。理由はよく分からないの。ユキユキちゃんが居なくなってから、私はあの人と別れてまだ小さな子どもを連れて出て行ったわ。その時にお世話になった人が居たんだけど、その人も病で亡くなってしまってね。子どもは進学して自分の道を歩き出したから、私はどうしようかなって、そう思ってたの。そうしたらね、ふとユキユキちゃんのことを思い出して、そういえばあの子の両親のお墓があったなってことに思い至ったの。ユキユキちゃんが死んだと思っていた私は、姉さんと、義兄さんに謝らないといけないなって思って……」
アンリは話している最中にだんだんと俯いていく。私たちは彼女の独白の邪魔をしないように耳を傾けた。
「土石流で酷い有様だったこの場所を整地したのは私です。あの人には言っていませんでしたが、私は『黄』属性の魔術が扱えるんです。魔術で整地して、土石流が二度と起きないように堤防を作って……。その間に村の大工さんに依頼して家を建ててもらったの。ここにきてかれこれ……三年くらいかな。風雨でボロボロになっていた姉さんたちのお墓も綺麗にして、毎日お祈りをしているわ」
「……パパとママのお墓の場所は、変わっていないウサ?」
「もちろんよ。この家の裏手に、小さな囲いを作ってお花を植えてあるの。囲いの真ん中に二本の縦長の石が突き立っているわ。ユキユキちゃんがここに来たのは、お墓参りなのかしら?」
アンリの問いにユキユキは頷く。
「ずーっと長い間ほったらかしにしてしまったウサ。止むに止まれぬ事情があったとは言え、私は酷い親不孝者ウサね……」
「大丈夫よ、きっと。姉さんも義兄さんも、そんなことは思わないわ。だって……可愛い娘が無事生きているんだもの。会う度にあなたが可愛いって自慢してきた二人なんだから、喜びこそすれ、恨むなんてことはないわ。断言してあげる。だから───久々の家族団欒、行ってらっしゃい」
「うん……分かったウサ」
私たちに目配せしてから、ユキユキは立ち上がる。そして私に向けて頭を下げるのだった。
「御主人様、ごめんなさい、今だけは少しだけ一人にしてください」
「ああ、気にすることはない。ゆっくりお話してくるといい。後で私たちにも紹介してくれればそれで良いさ」
「御主人様……ありがとウサ」
そう言ってユキユキは小走りで駆けていくのだった。ユキユキの後ろ姿を見送りながら、アンリは微笑みを浮かべる。
「ユキユキちゃん……本当に、幸せそうですね」
アンリの眼差しはとても優しく、尊いものを見るかのようにユキユキが消えた方を見続けるのだった。