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38話 ユキユキを送った真意

 私は一人、冥界へと足を踏み入れていた。

 冥界とは地表のはるか地下に存在する死者の国である。死した魂は肉体と共に地に還り、善人には新たな生を、悪人には永遠の苦しみを与える……と言われている。


 この間は正規の手順を踏まずに訪れた為に亡霊たちに喰われたが、今回はきちんと門を通って来たのでその心配はない。

 一本道のつり橋を渡り、奥に見える屋敷を目指す。つり橋の下は漆黒の闇に覆われており、見通すことが出来なかった。かといって周囲の景色に目を向けても、薄暗く冷たい空間には石と土しか見当たらない。

 生命をことごとく排除した、死者の国の名に相応しい場所であると言えた。


 長いつり橋を渡りきり、屋敷の門扉を叩く。

 しばらくすると、中へ招く様に一人でに門が開く。中に入ると、いつの間にか門は閉まっていた。

 気にせず進み、本邸の扉に手を掛けて開く。


「いらっしゃいませ、主。冥界へようこそ…にゃ」


 エントランスの中央、赤い絨毯の上で優雅に一礼するクルルがいたのだった。屋敷といっても美術品の類いはないが、窓に嵌め込まれたステンドグラスや天井から吊り下げられている豪奢なシャンデリア、そして今踏みしめている柔らかな赤い絨毯はどれも高級品と思われる。

 いつ誰がどのようにしてこんな場所に作ったのかは分からないが、しっかり手入れの行き届いた屋敷の中は長い年月での劣化も見られず今も綺麗に保たれていた。


「出迎えありがとうクルル」


「従者の務めです…にゃ、お気になさらないでくださいにゃ」


 クルルの姿を見てみると、給仕する女性がよく着ている衣服を着用している。わざわざ着替えたのだろうか。


「? どうか、しましたか…にゃ?」


「いや、何でもない」


 じろじろ見られて不思議に思ったのだろう、何かあったのか尋ねてきたが服を見ていたとわざわざ言う必要もないと思ったので誤魔化した。


「そうですか…にゃ。では、私の部屋に案内します…にゃ」


 そう言ってクルルは奥へと歩いていく。私はそれを三歩ほど離れて付いて行った。

 廊下の突き当たりの部屋に到着すると、クルルが扉を開いてくれた。


「どうぞ中へ…にゃ」


「ああ」


 室内に入る。部屋の中はとても殺風景だった。机と椅子、ベッド、本棚等の必要最低限の物しか置かれておらず、本棚の中も空白が目立っている。


「人を招くような場所では無いですから…にゃ。ベッドでよろしければお座りくださいにゃ」


 私が室内を見渡していたのを見て、クルルは苦笑しながらそう言った。促された通りにベッドに腰掛けると、クルルもその隣に座る。


「用件は分かってます…にゃ。あの子の……ユキユキのこと、ですにゃ?」


 その言葉にただ頷く。ユキユキと夜を共にしてからは悪戯の頻度が少なくなってきた。しかし何故私たちのところへ来たのかさっぱり分からず、今回こうして直接聞きに来たのだ。


「私があの子を塔に送った理由は一つです…にゃ。主に抱いてもらって、子を孕んでもらうことなのですにゃ」


「なに?」


「驚かれます…よね普通は……。でも『仙』になったらあの子は子どもが産めなくなってしまいます…にゃ。だからその前に子どもがいる幸せを知ってもらって、それでもなお『仙』になる意思があるのか確認するのです…にゃ。自身の子が自分よりも先に死んでいく……そんな定命の存在からかけ離れた存在(もの)になる、その覚悟があるのかどうかを知る為に」


 そう話すクルルの表情は真剣そのものだ。

『仙』になる為の覚悟……か。おそらくクルルは、自身と同じ過ちを犯さないように配慮しているのだろう。私と同じく、自ら望んで得たものでは無いのだから。


「しかし、何故私が相手なのだ。同じ獣人(ビースト)に良い人もいただろうに」


「それは簡単な理由です…にゃ。まず、あそこは逃げられませんにゃ。結界のおかげで出入りには主の承諾が必要となる、いわば牢獄の代わりです…にゃ」


 たしかにユキユキには危なっかしくて未だ結界通過の許可を与えていない。世間知らず過ぎて、外まで行ってしまったら戻ってこられなくなることも考えられるのだ。


「あとは。主なら、ユキユキに幸福を与えてくれると思ったからです…にゃ」


「……」


 クルルは優しげな微笑を浮かべながら、私の目を見てそう言うのだった。


「あの子の昔話をしましょう…どこにでもある些細な物語ですにゃ」


 そう言ったクルルは、ユキユキのことについて話し始めた。


「あの子……ユキユキは、どこにでもある普通の家庭に生まれました…にゃ。本来なら私のような存在と関わることのない人生を送る筈だった彼女は、不幸な事故により幼くして両親を事故で亡くしました…にゃ。運良く生き残った彼女ですが、引き取られた親類からやっかまれて、ある日……谷底へと放り捨てられますにゃ。木々に引っかかりながら落ちたおかげで死ぬことはなかったですにゃ。落ちて、落ちて……知らずのうちにこの『冥界』の門にたどり着いてしまったのです…にゃ」


「それは……運が良かったと言えるのか……」


「さあ……それは私には分かりません…にゃ。幼いあの子がボロボロの状態で門の前に蹲っていたのを、定期巡回していた私が発見し……その後引き取って育てていました…にゃ。幸い、エレノアの子どものお守りをした経験が活きてここまで育てることが出来たのですにゃ。私の在り方を見て育ったユキユキは、私と同じ存在である『仙』になると言い出すようになりました…にゃ。偶然ですが『白』の魔術器官持ちだったので、現在に至るまで数々のことを教えて来ましたが……ある時思ったのです…にゃ。このままこの子を『仙』にしてしまって本当に幸福なのだろうか、と」


「だから塔にユキユキを送ったのか……」


 こくりと頷く。今回の件はクルルがユキユキのことを考えて起こした行動のようだ。

 ユキユキのこととクルルの思いは分かった。あとはユキユキがどう判断するかである。


「このことはユキユキには伝えてあるのか?」


「詳細は伝えてません…にゃ。あの子も何で行くことになったのか分かっていない筈です…にゃ」


 だろうと思った。しかし私は理由を知ってしまった訳だ。


「このことはユキユキに伝えない方が良いのか? それとも、伝えた上で選択を迫るか?」


 難しい表情で長らく悩んだクルルだったが、やがて一度頷いて決断を下した。


「全て伝えてくださいにゃ。お願い致します……お手数をおかけして申し訳ありません…にゃ」


「気にするな、私とクルルの仲だ」


 塔に戻ったらユキユキと二人きりで話せるように配慮しておこう。あまり人に聞かせるような話でもない。

 ユキユキは果たしてどのような選択をするのだろうか……。



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