36話 襲来! 白兎!
一ヶ月ほど留守にしていた塔へと帰ってきた私たちは、特に変哲のない普通の日常を過ごしていた。
微妙に変化があるとすればココノハか。リアと一緒になってよくくっ付いてくるようになった。
彼女にエレノアの話をしてからだから、何か思うところがあったのだろう。
そんな穏やかな日々を過ごしていた私たちの元に、クルルからの荷物がわざわざ空間転移を用いて届けられた。
クルルならば結界を自由に出入り出来るのだから直接渡しに来れば良いと思ったが、どうやら荷物が結界に引っかかるらしかった。
くくりつけられた手紙には、『親愛なる主へ』としか書かれていなかったので中身は分からない。
「あのー、ホシミさん。あの荷物さっきからガサガサ動いてるんですけど」
「言うな。見ない振りをしていたのだ」
中に入っているのは生き物らしい。なるほど、結界に引っかかる訳だ。先ほどからずっと箱の中でガサガサゴソゴソ動いていた。
「取り敢えずさ、開けてみよっか?」
シィナは人一人分入りそうなほど大きな箱へ近寄っていく。丁寧に紐を解いてから蓋を開けると……
「やっと外の世界ウサーーーー!!!!!!」
「きゃああああぁぁぁぁぁああ!!!!!」
中から兎の獣人が出てきた。シィナは急な大声に驚いて尻もちをついている。
「おお、黒のおぱんつウサ! とってもセクスィーウサね!!」
「ちょっ、何見てるのよこの変態!」
「ウーッサッサッサ。目の前に艶かしいおぱんつがあったら誰だって目がいってしまうウサ!」
尻もちをついたシィナのスカートの中を覗いた兎が笑いながら感想を述べる。
この獣人は白金の長い髪を後ろで纏めた、身長150cmほどの胸の大きな兎耳の女だ。紅い瞳がシィナを舐め回すように観察している。
何故かボロ布のような服とは決して呼べないモノを着ており、女性らしい豊満な肢体を惜しげも無く晒している。
「お前は何なんだ」
急な登場に頭を抱えながら兎女に尋ねると、手を腰に当て胸を反らしてたわわに実った胸部を強調しながら名乗りを上げた。
「私こそ! クルクル様の愛玩動物にしていずれ『仙』へと至る者!! 『幸運を呼ぶ白兎』ユキユキ!!!」
ユキユキと名乗った女は私をじーっと見つめてくる。そのあとココノハ、リア、シィナの順で見回した。
「それよりもここはどこウサ? そこの性豪の匂いがするお兄さんの後宮ウサ?」
性豪の匂いって何だ!!!!!
というかこいつはどこに行くのかすら聞いていないのか!!!!!
何というか、アレだ。まともに相手をしたら疲れる人物特有の空気がする。適当に流しながら話を聞くとしようか……。
「私はホシミ。クルクルの主ということになっている。ユキユキと言ったか、クルルからは何か聞いてはいないか?」
「おお、貴方が噂の!! 本気のクルクル様を受け止められる唯一の殿方と聞いているウサ!」
いつ何処で誰がそんな噂を流したんだ……。
頭が痛い。凄く痛い。
「クルクル様からは今から行く場所にいる人から褒められることをしてこいと言われているウサ! ……あれ? もしかして、クルクル様の主様が私の審査を? ヤバいウサ!! 性豪とか言っちゃったウサ!! 第一印象最悪ウサ!!! ……斯くなる上は!」
頭を抱えてうずくまるが、すぐに立ち直り私に媚びた態度を取る。
「あの〜、クルクル様の主様……長いウサね。御主人様で良いウサ?」
「好きに呼ぶといい」
「分かったウサ! 御主人様〜、何でも御奉仕するウサ、私を好きに使って良いウサよ!」
抱きついて胸を押し付けてくる。柔らかな胸が形を変えるのが見えた。
「し・か・も! まだ男を知らない生娘ウサ! 貴重な初物兎、美味しく頂いちゃって良いウサ…よ?」
トドメとばかりにウィンクしてくる。
なるほど、自分を餌にして評価を得ようという魂胆は分かった。自分の魅力を理解して、武器として有効に活用しようとする面は評価出来るが……。
「はぁ……。美人なんだからもっと自分を大事にしろ馬鹿娘。急展開過ぎて頭がついて行かんわ」
「び、美人なんてはじめて言われたウサ……。お世辞でも嬉しい……ウサ……」
頬に朱が差したユキユキをゆっくりと引き剥がす。呆然としていた三人もようやく思考が回復してきたようだった。
「で、何なんですあなた。結局何をしに来たんですか」
ココノハが冷たい瞳でユキユキに問い詰める。当のユキユキはココノハを上から下まで一瞥した後、ぼそりと呟いた。
「貧乳」
「むか」
胸のことはココノハが一番気にしていることだ。初対面の相手にいきなり言われたら怒りもするだろうな。
ココノハとユキユキの様子を見ていたシィナとリアは小声で話し合う。
「クルルが手を焼いていたから相手にするのが面倒になってこっちに寄越したのかしら」
「うーん……。クルルちゃんならホシミ様に迷惑が掛からないようにすると思いますわ。何かしら必要なことがあるのかもしれませんわね」
「だと良いんだけど……」
二人が内緒話をする様子を見たユキユキは一瞬目を輝かせてシィナとリアを順に指差した。
「赤い方の貴女、被虐願望があるウサね。拘束されて動けなくなったところを御主人様に滅茶苦茶にされるのが好きそうウサ」
「んなっ!!??」
「青い方の貴女、少し変態的ウサ。開放的な場所でバレるかバレないかのギリギリを攻める興奮が大好きウサね」
「ふぇっ!!??」
いきなり性癖を言われるという事態に二人は顔を真っ赤に染めた。
シィナはわたわたしながらユキユキに食ってかかる。
「ななな、何を根拠にそんなこと言うのかしら!? 変なこと言うとぶっ飛ばすわよ!!」
しかしユキユキは冷静に返答するのだった。
「実は私は見ただけで人の性癖が分かるウサ。的中率は七割くらいウサね」
「なによそれぇ…………」
「わたくしは……いや、そんなことは……」
二人とも言い返さない所を見るに、本当に当たっているのだろうか。恥ずかしくて言い返す気力が無くなっただけなのか。しかし七割とは微妙に高いな。
「ふっ、そんな奇特な能力があってたまるものですか! 自信があるならわたしの性癖を当ててみてください!!」
ココノハがユキユキに向かって叫ぶが、
「貴女はだいぶ歪んでるウサ。御主人様のことを『パパ』とか『お兄ちゃん』とか呼んでいちゃいちゃするのが好きそうウサ」
「いやあああああああ!!!!!」
一撃で撃沈したのだった。
おいココノハ……そんな願望があったのか。流石に予想の斜め上を全速力で飛び越えていったぞ……。
こうしてユキユキの洗礼を受けた女性陣は顔を真っ赤に染めながらうずくまるのだった。
それはともかく。
「取り敢えず私の服を羽織っておけ。なんでそんな格好をしているかは知らんし興味もないが、勝手にやってきて風邪を引かれても困る」
そう言って着ていた上着を放り投げる。ユキユキは「ありがとウサ」と礼を言ってから服を羽織った。
「おおー、男の人の服って大きいウサね。裾が太ももまであるウサ」
くるりと回って感想を述べてから匂いを嗅ぎ出す。
「くんくん……。これが御主人様の匂い……。あ、ヤバいウサ。この匂いは好物ウサ」
「目の前で自身の所有物の匂いを嗅がれるのは微妙な気分だ。───さて、ユキユキ。君は結局何をする為にここに来たのだ。外との接触を絶った特異点において何を成すのだ?」
私はユキユキに問い掛ける。すると私の問いに姿勢を正して口を開いた。
「私が『仙』になる為ウサ」
「生憎だが私はその『仙』へのなり方など分からない。わざわざ、ここで、する意味のあるものがあるのか?」
「それは分からないウサ。でもクルクル様が考えも無しに私をここに送るなんてあり得ないと思うウサ。お願いウサ。私に出来ることは何でもするウサ、お望みとあらば私を好きにしても良いウサ。だから……私をここに置いて欲しいウサ」
真剣な表情で見つめてくるユキユキ。『仙』になる為なら何でもやるという覚悟がはっきりと伝わって来た。一つため息を吐く。
「まあ、良かろう。幸いクルルの部屋が空いているしな。ここにいる間はそこを貸し与えよう」
「あ……ありがとうウサ!」
何度も頭を下げながら感謝の言葉を伝えてくるユキユキ。精神的ダメージから復活して私たちのやり取りを眺めていた三人に声をかける。
「済まないな三人とも。勝手に決めてしまって」
「ホシミさんが決めたことなら異存はありませんよ。わたしだって好意で置いてもらった訳ですし」
「この場所はホシミ様の物ですわ。そしてわたくしはホシミ様の所有物……文句などある筈もありませんわ」
「ま、あんたがそれで良いなら良いんだけどね。あたしからは何もないわ」
「そうか、感謝する」
三人からは特に反対は出なかった。真剣なユキユキを見て何かしら思うところがあったのだろうか。
それにしても───『仙』、か。
短命な獣人が寿命から解き放たれ不老になると言う秘中の秘。
儀式の手順は私も知らないし、そも『仙』の存在自体がクルルともう一人しか知らないのだ。不死にはなれないようだが……、何故ユキユキは『仙』を目指すのか。
聞いても素直には答えてくれない予感がする。いずれわかる時が来るのだろうか───。
ユキユキのことを性癖ソムリエとか呼んでました。
そんなわけで新章です。




