35話 エレノアを想う〜其の参〜
エレノアは特に病気に罹ることも大怪我を負うこともなく、十三歳で高等部を首席で卒業した。卒業後は更なる知識を求めて図書館へ通って勉強するという勤勉さだった。
研究職への引く手数多だったが、彼女はすべて断っていた。理由は明かさなかったが、彼女のやりたいことでは無かったのだろうとは思う。
そんな日々を過ごしエレノアは十五歳の成人を迎えることとなった。
五年も経てば身体は成長する。出会ったときは少女だったが、今では若干の幼さが見えつつも大人の体つきへと成長していた。背は20cmほども伸びたし、胸もクルルよりも大きくなった。
成人の祝いとして少し豪華な夕食を食べた。珍しい酒も開け、クルルは喜びに泣きながらエレノアに注がれるお酒を次々と飲み干していく。
「う〜…エレノアぁぁ……こんなに立派になって、お姉ちゃんは嬉しいにゃああぁ……」
「もうクルルお姉ちゃんてば飲み過ぎだよ?」
「折角の目出度い日にゃあ、今日はいっぱい飲むのにゃ…!」
だいぶ酔っているようだ。妹分に心配される駄目姉と化しているが今日は目を瞑っておこう。
しばらくして、ハイペースで飲み続けたクルルは酔い潰れていた。微苦笑しているエレノアと共に担いで寝室のベッドに寝かせる。
「も、う……飲めない、にゃ……」
「飲み過ぎだ馬鹿者」
目を回しているクルルに水を渡し、身体を起こすのを手伝って少しずつ水を飲ませたあと再び横にする。
「片付けはわたしたちがやっておくから、クルルお姉ちゃんは休んでていいからね」
「うん……お願いします…にゃ」
瞼が閉じ、すぐに寝息が聞こえてくる。
どうやら眠ってしまったようだ。
「……クルルは寝てしまったが、続きをしようか」
「はいっ」
エレノアと二人でリビングに戻る。椅子に腰掛けると、エレノアは自分の椅子を私の隣に持ってきた。
「狭くないか?」
「ううん、大丈夫ですよ。あ、これ美味しかったんです。あーんしてあげますから食べてみてください!」
口元に運ばれる料理を食べると、エレノアは嬉しそうに微笑んだ。
「私をクルルのように甘やかさなくても良いんだぞ」
「いえいえ、わたしがしたいからやってるんですよ」
二人で残った料理を平らげて、一休みする。
エレノアはその間ずっと私の顔を見ては何かを言いたそうにしていた。
「……どうした。何かあったのか」
助け舟を出して話しやすいようにしてやる。私に言われたからか覚悟が決まったからかは不明だが、エレノアはかつて私がした約束を口にした。
「……ホシミさんがわたしの面倒を見てくれるのは大人になるまででしたよね」
「……ああ、そう言ったな」
「そして、わたしの望みを一つだけ叶えてくれるとも、言いましたよね」
ただ頷く。破格過ぎる条件だとは思ったが、当時のエレノアに自分の姿を重ねてしまったものだ。しかし自身の選択だ、悔いは微塵も存在しない。
「……望みは決まったのか」
「……はい」
思い返せばこの五年間は本当に楽しかった。クルルもエレノアを溺愛するほど愛してしまったしいつか別れるときが来ると知っていながらも、つい甘やかしてしまったと思う。
それでも彼女は立派に育ってくれた。そのことだけは本当に嬉しかった。
「では、エレノア。君の望みを聞かせてくれ」
「わたしは……わたしは……!」
エレノアに抱きつかれてそのままの勢いで押し倒される。
どうしたと口を開こうとしたとき、エレノアの唇で私の唇は塞がれた。
「んっ……はっ……ちゅうっ……」
懸命に、離さないとでも言うかのように必死に吸い付いてくる。
逃げはしないという意思表示のために背中を優しく撫でてやると、ゆっくりと唇を離した。そのまま私の瞳を潤んだ瞳でじっと見つめてくる。
「わたしは……ホシミさんと、クルルお姉ちゃんと離れ離れになりたくない……! 両親が亡くなって一人ぼっちになっちゃったわたしを救ってくれた、その恩すら返せてないのに、また……一人ぼっちになるのは嫌だよぉ…………」
「エレノア……」
涙を零しながら訴える彼女の心の内は、私たちへの感謝とこれから一人で生きることへの不安でいっぱいだった。
「ぐすっ……だから、お願いします。わたしと……家族になってください。そして家族の証を……赤ちゃんを、わたしにください……」
再び交わされた口付けは涙の味がした。
それからはもう何も考えなかった。彼女の望みがそうであるならば、私は叶えるだけだ。初めはエレノアに無理矢理気味に襲われたが、今は私も彼女を求めていることに気付いていた。
そうして成人した祝いの日に、私たちは本当の家族となったのだ。
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「……私はエレノアを受け入れた。初めは彼女が成長したら離れるつもりだったが、情が湧いてしまったんだな」
「もしあそこで受け入れなかったら悲惨なことになっていそうでしたね」
「……だろうな。一人ぼっちは嫌だと言っていた、そんな彼女を置いていったりなんかすれば自害していてもおかしくなかったかもしれん」
五百年近く前のことではあるが、あの時エレノアを受け入れて良かったと思う。亡くなった今でも彼女を想っているのだ。いつの間にか相当惚れ込んだのだろう。
窓の外に目を向けて遠くを眺める。かつての彼女との思い出を思い返すように。
「エレノアは私にとって初めての妻だ。……ああ認めよう。私は彼女を愛している。亡くなってもう四百と五十年は経つにも関わらず、今もなお心の奥底で彼女の笑顔は眩いばかりの輝きを放っている」
ココノハは私の横顔をじっと眺めていた。やがて、ぽつりと呟きを漏らす。
「……いつかまた、生まれ変わって会えるかもしれませんよ」
「輪廻転生というやつか。浪漫溢れるが……そうだな。また会えたとしても何も覚えてはおらんだろうが……夢があって、良い」
私はまたお前と出会えるだろうか。もしかしたらもう出会っているのだろうか。
慰めるように寄り添ってくれるココノハの頭を撫でながらそんなことを考えていた───。




