21話 南国の現状
「今この国では二つの派閥が出来始めているの。一つはあたしの父様……炎龍皇の下に集う人々。もう一つは、ライゼルの下に集う人々。ああ、一応表立って対立していたりはしないわよ。父様も『競い合うことは自己を高めることに繋がる、悪いことでは無い』なんて言ってるくらいだし、その辺りは黙認しているわ。ただ、問題なのがライゼルを支持する連中に龍人戦争でこの国を滅茶苦茶にした奴らの遺族がいるのよ」
「でもシィナ、もうその方たちは国政には介入出来なくなっているのではありませんの?」
「国政には、ね。どうやら、影ながらライゼルに色々と提供しているみたいなの。武器とか、食糧とかが多いかな? あとは何に使うか分からない奴隷かしら。あいつらにとってあたしたちは邪魔者だから、潰してくれるなら何でもしますってとこじゃないの?」
自分たちでは表立って活動出来ないから、裏から手を尽くして復讐を果たすつもりだろうか。しかし、元はと言えば自業自得で、これではただの逆恨みでしかない。
気になるのは何故奴隷まで用意しているか、だが……。
「奴隷か……おそらくもう生きてはいるまいな」
「どうしてそう思うんですか?」
「ライゼルが殺人鬼を雇って身近に置いているって話があるの。真偽は不明だけど、その奴隷はそいつのストレス発散用じゃないかしら」
「うへえ」
嫌なことを聞いたとばかりに顔を歪ませるココノハ。
「あとは、街の住人が忽然と姿を消すことがあるらしいの。これもその殺人鬼が暗躍してるんじゃないかと思っているわ」
「現在判明しているだけで何人消えた?」
「十人……といったところかしら。数は少ないけど、全員何の前兆も無く消えているのよ」
「それは怖いですわね。いつ狙われるのか分からないなんて……」
「炎龍皇はこれを知っているのか?」
「とっくに耳に入ってると思う。父様の影は街中にいるから」
これが奴の仕業だとすると、やはり彼らも以前の私と同じように、ただ何と無くで選ばれたのだろう。───運が悪かったのだ。
「あとはライゼル卿か。彼について何か分かっていることはあるか?」
「たまに街を出て山の奥に入って行くのを見た人がいるの。こそこそと隠れるようにしていたみたいだけど、木の上には注意を払っていなかったようで気付かれなかったそうよ」
どうして木の上に登っていたのかは少し気になったが、大した情報ではなさそうだったので、山奥のことを尋ねることにした。
「ここは山に囲まれているからな。何処の山かは分かっているのか?」
「そこは大丈夫。というか、大体の目星は付いてるわ。探索するなら案内するからね」
一年も掛けて情報を集めていた賜物か。シィナはこちらの質問にはすぐに回答を用意してくれる。
「それは心強い。情報の共有が済み次第向かうとしよう」
「うん、分かった。他に聞きたいことはある?」
シィナはこちらをぐるりと見回す。
ココノハがそっと手を挙げた。
「その、ライゼルって人の目的は分かりませんか? どうしてそんなことをするのか、彼の背景が分かれば対策も立て易くなると思うんですけど」
「全然。それが分かればもっと早くに決着が付いてたんじゃないかしら。最近やけにあたしに馴れ馴れしいけど、正直きもいから近寄らないでほしいのよね」
「あぁ……」
シィナの言葉を聞いて、ココノハが何か納得したような呟きを零す。
リアがその姿を目敏く見つけた。
「ココノハちゃん、何か分かりましたの?」
「いや、むしろ何で分からないのかなあと」
「何が? 勿体ぶってないで教えなさいよ」
「じゃあシィナさん。驚かないで聞いてくださいね」
「え、ええ」
いきなり名指しされたシィナは畏まって聞く姿勢を取った。
「そのライゼルって人は、多分シィナさんのことが好きで認めて欲しいんじゃないかなって思うんですけど、何か思い当たる節とかあります?」
シィナの表情が心底嫌そうに……例えるならば味も匂いも苦手で大嫌いな食べ物が食卓に並んだ時のような表情だった。
「そう言われてみるとなんかしょっちゅうアピールしてくるなあと思ってたわね。眼中に無かったから完全に意識から外れてたけど。ていうかあたし好きな人いるし。隣にいるし」
やだやだあり得ないきもい……等々、本人に聞かせたら涙で枕を濡らすことになるだろう辛辣な言葉が次々と出てくる。
「どうしようかしら……。去勢すれば馬鹿なこと考えなくなるかな?」
「シィナはどれ程までに嫌うんだ。そうだな、何が一番気に食わないんだ?」
「存在」
即答だった。そうか、存在か……。シィナにとって、彼はいるだけで不快なのだろう。
「それつまり死ねって言ってるようなものですよね」
「シィナがそこまで嫌うなんて、そのライゼル? とかいう人に何かされましたの?」
「あたしがここのお風呂を貸切にして入っている時に、間違って入って来た。即気絶させて捨てたけど」
「「「……」」」
予想外の出来事に言葉を失ってしまう。女性陣の表情は、軽蔑の色が濃く出ていた。
「……なんか、思い出したらまた苛々して来たわ。なんであんな短小野郎に付きまとわれなくちゃいけないのよ」
……ライゼル卿の話はここまでにしておこう。これ以上続けたらシィナが爆発してしまいそうだ。
「ねえねえ、シィナさん。ごにょごにょ」
ココノハがシィナの耳元で何かを囁くと、一瞬で顔を真っ赤に染める。
ココノハはその様子を見てにやにやと笑っていた。
「ココノハ……。何を言った?」
「いやいや、大したことは言ってませんよ。強いていうならホシミさんのは───」
「もういい、分かった」
無理矢理言葉を遮った。これ以上は実のある話が出来そうにないことも分かった。
「ぶー、無理矢理遮るなんて酷いですよー」
「碌でもないことを言うからだ。ほら、先ほど言った山奥へ行くぞ。支度をしろ」
はーい、と素直に言うことを聞いて準備を始めるココノハ。
惚けていたシィナを元に戻して、山奥を調査しに行くのだった。