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19話 龍人戦争終幕後:氷炎の告白

 予定外に北国へ留まることになってしまって早数ヶ月。

 歴史を綴るだけなら鏡があれば何処でも出来るので良いのだが、あの塔には思い出がある。帰ろうと思えばいつでも帰れるが、今回は自分が発端である。僅か数年だと割り切っていた。


 折角滞在するので、しばらくはウィリアーノースに魔術を教えていた。とても強大な魔力を持つ『青』属性持ちなのだ。教えられる治癒術は全て覚えさせておきたい。間違いなく役に立つ。

 攻撃魔術を修得させても良いのだが、彼女の場合、有り余る魔力を周囲に放出するだけで自衛出来るほどのぶっ飛んだ魔力量を持っている。優先度は低いだろう。


 対するサウズーシィナはあまり魔術向きではない。魔術器官は一応あるが、並みの魔術師程度が彼女の限界のようだった。その代わりに槍の心得があり、四肢の筋肉は引き締まっていたので自身の能力を更に活かす為の自己強化の魔術を教えていた。


「明日以降もしばらくは忙しそうだ」


 自分に割り当てられた客室に入り軽く息を吐く。

 この部屋にはまだまだ世話になりそうだ。

 今日はもう何もすることは無い。さっさと寝てしまおうと部屋の明かりを消してベッドに横になる。目を閉じ、微睡みに身を任せるのだった。



 ───ホシミが眠りについてから一時間ほどが過ぎた。

 ホシミの部屋の前には、寝間着姿の少女たちの姿があった。


「もう眠ったかな?」


「いつもならお休みになられている時間ですから、その可能性は高いですわね」


 小声で話し合うのはウィリアーノースとサウズーシィナ。


「なら作戦開始ね。じゃあ行きましょうか」


 そう言ってドアノブに手を掛けようとするシィナだったが。


「お待ちくださいな」


 すんでのところでリアに止められた。


「どうしたの?」


 まさか止められるとは思わなかったシィナがリアに問いかける。

 リアは返答せずに目を閉じて扉へ小さな魔力の玉を染み込ませた。

 ゆっくりと溶けていく玉を見つめる。完全に溶け終わった後、リアはシィナに振り返った。


「これで大丈夫ですわ。あのままでしたらわたくしたちまた捕縛されていましたわよ」


「ああ、そういえば結界があるんだったっけ。前は気付かなくて引っかかっちゃったものね」


 実は彼女たちはホシミの部屋に侵入するのは初めてではない。初めては数ヶ月前だったか。結界のことを知らずに入ろうとして蓑虫のように捕まってしまったのである。朝になって二人の姫が蓑虫になっていることで少し騒ぎになったのはご愛嬌である。


「また捕まったら流石にお話になりませんわよ。でもこれでホシミ様の魔力にわたくしたちのことをお伝えしましたから大丈夫ですわ」


 いくら死なないとはいえ眠る時はどうしても無防備になる。だから眠る時は部屋を結界化しているのだ。だが火急の用件があった時にも発動するのはまずいということでその結界を抜ける道が一つだけある。それが先ほどリアがやっていた魔力の融和だ。


「でもさ、それって出来たら誰でも抜けられるんじゃないの? 危なくない?」


「それは大丈夫ですわ。この中で害意や敵意のある人は強制的に追い出される仕組みになっているそうですの。どうしてそうなっているのかは分かりませんけど」


 言い終わるとシィナと手を握り、ドアノブへ手を伸ばした。


「さ、行きますわよ。このままでは身体が冷えてしまいますわ」


 扉を開ける。結界は二人を素通りして問題無く中へ入ることが出来た。

 室内は明かりが消されていて、窓から僅かに射し込む月の光だけが淡く照らしていた。

 リアはシィナの手を引いてベッドに近づく。


「わたくしは左側に行きますわね」


 そう言うとそのまま中へ入っていった。


「暖かいですわあ……」


「ちょっと……躊躇しなさ過ぎじゃないの? 淑女として大丈夫? ……ふぅ、よし」


 呆れるシィナだったが、覚悟を決めて空いた右側へと入る。元々このために来たのだ。尻込みしていられなかった。流石に三人が入ると少し窮屈だが、中は暖かかった。


「暖かい……。けどそれ以上に恥ずかしい……」


「今更言っても遅いですわよ。途中で起きて頂ければそれはそれでと思っておりましたが、今日はこのまま寝てしまいましょうか」


「あたし眠れるかなあ」


「目を閉じているだけでそのうち眠くなりますわ」


 それきり会話が無くなった。少し時間が経つとリアから穏やかな寝息が聞こえてくる。流石、慣れているだけはある。

 シィナはどうしても男性と眠ることに意識がいってしまい、触れた体温に恥じらい、匂いを嗅いで自分の行いに自己嫌悪しながら、やってくる微睡みに身を任せて眠りに就くのだった。



 翌朝。

 目が覚めたホシミは両腕が重いことに気がついた。首を動かして重みの原因を確認すると、二人の少女が身を寄せて眠っていたのだった。


「……」


 まさか二人がまた忍び込んでくるとは思わなかった。以前捕まって大騒ぎになっていたのを忘れたのだろうか。しかしここ最近は慣れて来たのか結界に引っかかることなく入ってくる。そろそろ別の結界へ変えるべきだろうか……。

 二人はすやすやと穏やかな寝顔で眠っている。まだ朝も早い時間であったこともあり、二人を起こすのも可哀想だと思った私は、諦めてそのまま天井を見上げる。


「私は子どもに好かれやすいのだろうか……?」


 答えの無い呟きは、早朝の空気に紛れて消えていった。


 一時間ほど過ぎただろうか。左側からもぞもぞと動いて身体にしがみ付くのが感じられる。様子を見ていると、目を開いたウィリアーノースと目が合った。


「おはようございます、ホシミ様」


 朗らかな笑みで朝の挨拶をする。一切動じないのは流石に如何なものか。


「おはよう。何故私の部屋にいるのか一応聞いても良いか」


「何故……と仰られましても。女が殿方の部屋に夜忍び込む理由は一つしかありませんの」


 さも当然のことのように言ってのける。別に今回が初めてのやり取りではないが、こうまではっきりと言われると対応に困る。

 相手はまだ子どもなのだ。面倒を見る身としては懐いてくれるのはありがたいが、こうなると扱いが難しい。


「気持ちは嬉しいが君はまだ子どもなのだ。あまり不審に思われることはしない方が良い」


「では、子どもで無くなれば問題は無いのですわね! 」


 キラキラと目を輝かせて迫る様に少しだけ身を引く。私は説得する言葉を間違えたのだと気付いた。


「いや、そうではなく───」

「あと二十年もすれば生誕三百年の成人の儀を行えますの。それが終われば大人ですから問題ありませんわよね!」


 私の言葉は遮られてしまう。……君が大人になってもこういうことをするのは別の問題があるのだが。


「……ウィリアーノース。君はどうしてそこまでするのだ? 私は人ではない化け物なんだぞ」


「? 不思議なことを仰いますのね。ホシミ様は人ですわ。とても優しくて暖かい、人ですわ」


 手を伸ばして私の頬を挟む彼女は、慈愛に満ちた表情をしていた。


「それに、ホシミ様以上の殿方なんて居りません。あなた様だけが……わたくしを姫ではなく一人の人として見てくれたあなた様だからこそ、わたくしは全てを捧げたいのです」


「もっと良い人が見付かると思うが」


「いいえ、ホシミ様よりも良い人は居りません」


「私はお前と共に老いて死ぬことは出来ないんだぞ」


「存じております。ですがホシミ様が元の只人(ヒューマン)でしたら、もっと短い間しか共に生きられませんでしたわ」


「私は……ん」

「ちゅっ……」


 言葉を塞ぐように唇を重ねられる。ただ触れるだけのキスは、思ったよりも長い間続いた。


「これ以上の言い訳はダメです。諦めて貰ってくださいな。絶対後悔させませんわ」


「もし嫌だと言ったら?」


「無理矢理にでもついて行きます」


 笑顔でそう言ってのけるウィリアーノースに、降参するように空いた左手を上げた。


「降参だ。まったく……見かけによらず諦めが悪いんだな、君は。一応尋ねるが、理由はなんだ?」


「わたくしのことをこれからリアと呼んでくれるなら教えてあげますわ」


「わかった。教えてくれ……リア」


「ふふっ、かしこまりました。……最初は同情だったと思いますわ。どれだけの傷を負っても死ぬことが出来ないあなた様への同情。ただ一人永劫生き続ける、いったいどれほどの苦しみを背負ってきたのだろうと思うと涙が止まりませんでした」


「……」


「次にその想いはこの人を守らなければと思うように変化致しました。一人で苦しみ続けるあなた様の救いになりたいと。ですがホシミ様はまったく弱音を吐きません。そんな様子を眺めていましたら、いつの間にかずっとホシミ様のことを考えるようになって、自分の中に別の感情が浮かび上がっておりました」


 息を深く吸って、吐く。何度か深呼吸をして、私の目を見つめて言った。


「わたくしは、ずっとホシミ様を側で支えたいと思うようになっておりました。そしてようやく気付いたのです、この感情が恋心なのだということに。……お慕いしております、ホシミ様」


 真っ直ぐに気持ちをぶつけられるのは久々だ。この答えは中途半端な気持ちで出してはいけない。何が最善だとか、そういうことは一度度外視して考えなくてはならない。

 私はこの娘を背負えるのだろうか。───いや、私らしくもない。自分に惚れた女を守れずしてなにが男か。私の記憶の奥底に残る一人の女性の笑顔を思い出す。ここでこの娘を振り払ったら、私は間違い無く彼女に怒られるだろう。

 覚悟は決まった。自分の気持ちを纏め、彼女の目を見て話す。


「成人の儀が終わったら……。私と共に来てほしい」


「────ッ!! はい!! 何処まででも!!」


 勢い良く抱きついてくるリアを抱き締める。

 後でヴァンに何か言われるだろうが仕方ない、これが自分の選択だ。私にはどうしてもこの娘を振り払うことが出来なかった。

 昔、ある人に言われたことがある。『貴方は優しすぎる』と。本当にその通りだ。言い訳のしようもない。

 はしゃぐリアによってベッドが揺れ、右側に眠っていたサウズーシィナが目を覚ます。


「なによ……うるさい……揺れる……」


 この娘、寝起きが悪いようだ。再び目を閉じて眠りに就こうとする。


「シィナ、シィナ! 起きてシィナ!」


「う〜んリアぁ……? まだ眠いのよぉ……」


「わたくし、ホシミ様に受け入れて貰いましたの! 起きてぇシィナぁ!」


「そうなんだぁ…………は!? え、ちょっとリアそれって本当!?」


 一気に覚醒してリアに詰め寄る。


「ホシミ様に告白して、受け入れて貰いましたの!」


「やったじゃない! さすがねリア!」


 二人は手を取り合って喜びを分かち合うようにはしゃいでいる。ここまで喜んでもらえるとは思わなかった。しかしリアの一言で流れが変わった。


「さあ、次はシィナの番ですわよ!」


「えっ、やっぱりあたしもするの……?」


「ここまで来て何を怖じ気付いているのですか。わたくしはシィナとも一緒に居たいのですわ」


「リア……。うん、頑張るわ!」


 少しちょろすぎないだろうか。リアに押されて流されているように思える。

 そんな私の心情など知らずに、サウズーシィナが私に向き直った。


「えっと、その……。ホ、ホシミ様……?」


「────ッ!」


 脳髄に電流が流れるような感覚だった。普段は強気で生意気で押せ押せな感じの娘が上目遣いで淑やかさとどこか妖艶さを漂わせながら私の名前を呼んだ。


「な、なんだ……?」


 あまりの出来事に思わず口籠ってしまったが、緊張しているのか気付かれることはなかった。

 卑怯だ。誰だこの娘にこんな技術を教えたのは。炎龍皇がこの娘のお願い全てに首を縦に振る結末しか見えない!


「わ……あたしも、リアと一緒に、連れて行って、くだ、さい……。恥ずかしい……」


 耳まで赤く染めて俯く姿は狙っているのではないかと思うくらいに可愛らしかった。


「……いいのか?」


「……うん。父様以外の男性と親しく話したのは、あの離宮でのホシミ様が初めてだったの。他愛もない話だったけど、すごく楽しかった……。その、父様の件での恩もあるし、あたし自身、あなたになら良いかなって……」


 そう言って顔を上げて私の目を見つめてくる。真剣な表情で、からかいや遊び部分は無いように見えた。


「……後悔するかもしれんぞ」


「後悔なんてしない。自分自身の選択だもの、何があっても絶対に、後悔だけはしないわ」


「そうか……。では、私と共に来てくれるか?」


「───はいッ!! そうだ、あたしのことはシィナって呼んでね! リア共々よろしくお願いします!」


 咲いた花のように満面の笑みを浮かべて頭を下げるシィナ。

 まさか朝からこんな展開になるとは思わなかったが、二人が笑ってくれるのなら、こんなことも悪くないのかもしれないと思った。








 ーーーーーー







「そうして二人が無事に成人して、シィナが北国に居る百年の期間が終わり次第、二人を塔に呼び寄せた。これが私と彼女たちの関係だ」


「二人がずっと迫り続けて、ホシミさんが最後に折れた形ですね。わたしとおんなじです」


「ホシミ様は優しいお方ですから」


「女を惚れさせる才能があるのよきっと。……まあ、それに嵌ったあたしたちが言えることじゃないけど」


「そんな才能は無いと言いたいが、こうまで続くと分からなくなってきたな。私はそんな魔性の呪いを宿しているのだろうか……」


 どんな呪いだとは思ったが、ここ五百年ほどはそういう傾向が多いような気がしていた。もしそんなものがあるとすれば、これは私が寂しく無いようにという亡き妻(エレノア)からの贈り物なのだろう。


「しかし随分と長く話し込んでしまったな。もう日が暮れている」


 外は既に真っ暗になってしまっていた。夜の空には三日月が浮かび、地面を街灯が仄かに照らしている。


「うわあいつの間に。あ、そうだ、温泉行きましょうよ温泉! 綺麗な月ですし、温泉の中で月見酒とか良いと思いませんか?」


 ココノハの提案に女性陣が色めき立つ。


「風情があって良いですわね。是非行きましょうか」


「ここの温泉はお酒もお湯も一流だからね、きっと満足して貰えるわ!」


 そう言うなり、さっと準備をする三人。月見酒が楽しみなせいか行動が早い。


「楽しんでくると良い。私は皆が上がったらのんびり入るさ」


「せっかくなんですからホシミさんも来るといいのに」


「この温泉に混浴はないだろう。私のことは気にせず行ってこい」


 はーい、と返事をして部屋を出て行く三人。その後ろ姿を見送って、少し時間が過ぎた。三人は今頃、温泉に浸かって月を眺めながら酒を飲んでいる頃だろう。

さて、私は私の為すべきことをしよう。


「居るのだろう。出て来ると良い」


 暗闇に声をかける。すると、何もなかった場所からすっと人の姿が現れた。黒い装束に身を包んだ若い男だった。


「お気づきでしたか、流石は賢者殿。私は炎龍皇様の影の一人。名をバゲットと申します。炎龍皇様より言伝があって参りました」


「何用だ?」


「『黒いコートに黒い円型帽子の男が街に潜んでいると報告を受けた。気をつけられよ』とのことです」


「そうか。……忠告痛み入る、と伝えておいて欲しい」


「ハッ、かしこまりました。では、失礼致します」


 そう言うと先ほどと同じように影へ溶けていき、姿が見えなくなった。


「そうか……。やはり、奴だったか」


 シィナの手紙にも『殺人鬼を雇った』という文字があった。三百年前に私を狙ったあの暗殺者と同一人物と見て間違いないだろう。


「今度は一方的にはならんさ。───この手で、潰す」


 過去の敗戦を思い出して拳に力が入る。室内に誰も残っていなくて良かった。きっと今の私は酷い顔をしているだろうから……。


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