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36 スーパープレミアムかき氷

 松浦城には江戸時代に作られた天守閣が現存しているらしく、レアらしい。日本で12か所しか残っていないんだとか。内部も木造で綺麗に復元してあって、地元民として密かに誇りに思っているけれど、大阪の親戚にそのことを言ったら「何や、大阪城だってすごいんやぞ!」と若干キレられた思い出がある。いや鉄筋コンクリートでの復元にも良さがあると思うけど。

 そんな木造の天守や各所の門、石垣を堪能したのち、展望台から城下町を一望。この街には建造物の高さ制限が設けられていて、そのおかげでお城からの景色はめちゃくちゃいい。タワマンみたいな馬鹿高いマンションが全然ないので、すっきりと遠方まで見渡せる。

 遠方というと、あれはたぶん、立花先生と海水浴に行った島か。そして近くに見えるのが、この間シースルーゴンドラに乗った、デパート屋上の観覧車。


「ねえ、あのとき井上と鉢合わせしたカラオケ、その辺じゃない?」


 この頃になると栞もスタミナを回復していて、楽しそうに眼下の繫華街を指差していた。


「うちの高校はあそこの辺りだな」


 桜井先生もリラックスした様子だ。



「……なあ、井上。今日のデートの行き先を松浦城にしたのは、貴様にこの景色を見せたかったからなのだぞ」


 ふと、先生がさりげなく僕との距離を詰め、耳元で囁いた。


「どういう意味です?」

「このところ貴様は、私たち4人のヒロイン候補とどう向き合うべきか、ずっと悩んでいるだろう。トークルームを作って色々な案を出し合ったり、それでも解決せずに星加七海へ相談したり」


 細かいことだけれど、桜井先生は今後も星加さんのことをフルネームで呼び続けるつもりなのだろうか。一応年上なわけだし、さん付けとかでも良い気はする。


「だがな、城からの景色を見てみろ。私たちが話し合いの場を設けたあのファミレスも、突発的なおうちデートを目論んだ星加七海の自宅も、私や貴様が住んでいる家も。すべて、ここからでは小さな点にしか見えん」

「ですね」


 桜井先生の眼鏡の奥の目は、いつになく優しい光を湛えていた。



「分かるか、井上? 自然の雄大さの中では、人の営みなどちっぽけなものなのだ。私たちは日々、些細なことでストレスを感じたり、一喜一憂したりする。けどな、そんなのは本当は、大したことじゃないんだ。過度に悩まなくていい。貴様が正しいと信じることを、信じるままにやり遂げればそれで良いんだ」

「先生……!」


 すごい。脱帽した。帽子は被って来ていないけれど、脱帽。これぞ教育者の鑑、こうして生徒に正しい道を歩ませるのが教師の理想だ。とてもじゃないが積立おっぱいを提案したのと同一人物とは思えない。


「それに、一人で抱え込む必要もないぞ。もっと私たちを頼ってくれ」


 言うが早いか、先生は恥じらうように目を伏せ、顔を赤らめる。


「……し、しかし、私に頼りすぎてはいかんぞ。私に頼りすぎて、依存しすぎて、『もう先生なしでは生きていけない』と口にするのは、貴様の受験が終わってからにしなければな。うむ」


 前言撤回。これは教育者の鑑ではない。むしろ先生の方が僕に依存してきそうで、心配になるまである。



「先生! 熱いし、早くかき氷食べに行きましょうよ!」


 桜井先生との良い話っぽい会話が一区切りついたところで、栞が嬉々として言った。


「よし、行こう。今日は私の奢りだ。貴様ら、存分に好きなものを頼め!」

「本当ですか⁉ やったあ! あたし、宇治金時のスーパープレミアムかき氷にします!」

「おい、奢りだからといって一番高いかき氷を頼むやつがあるか! 普通のかき氷の3倍くらいの値段ではないか。湯川、待たんか!!」


 わーい、とはしゃいでカフェに突入する栞を、桜井先生が焦って追いかけた。オーダーが通る前に考え直させるつもりなのだろう。

 栞がこんなに無邪気にはしゃぐのは珍しい。女子高生たるもの、スイーツを目の前にすれば否が応でもテンションは上がるのだろう。奢りだと分かってすぐ、迷わずに一番高いかき氷を頼む性格の悪さは健在だけれど。



「待って下さいよ」


 二人の後を、僕もてくてく追いかけた。

 先生の引率付きのデートで、しかも行き先は地元のお城。おおよそデートらしくはないけれど、僕は今日、桜井先生から大切なことを教えてもらった。僕の抱えている悩み事なんて、ちっぽけなものだということ。考えすぎなくて良いということ。先生を含め、もっと周りの人間を頼って良いのだということを。

 だからさっそく、そのありがたい教えを実践に移そうと思う。


「――先生、僕も宇治金時のスーパープレミアムかき氷をお願いします」


 店内の席についてすぐ、僕は何食わぬ顔でそう言った。


「井上、き、貴様……!」


 桜井先生が悔しそうに奥歯を噛みしめる音が聞こえたけど、考えすぎないことにした。

 何はともあれ、スーパープレミアムなかき氷はとても美味しかった。栞は大はしゃぎで、写真をスマホで撮りまくってSNSに上げていた。

 あとは下山して、解散するだけ。かくして、この奇妙なデートは終わりを迎えたのである。


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