35 松浦城デート!?
その週末、桜井先生がレンタカーで僕と栞を拾い、3人で地元、松浦城の麓にやってきた。近くにあった駐車場へ車を停める。
松浦城。僕たちが暮らす地方都市、松浦市の中心部にある、江戸時代に築城された城。国の重要文化財にも登録されている。山というほどの高さではないかもしれないが、そこそこ小高い丘のようなところに築かれているため、城を見たい観光客向けにロープウェイやリフトが整備されている。
懐かしい。小学生の頃、遠足で行ったっけな。来るのはずいぶん久しぶりな気がする。
「……って、何で山登りなのよ!! 全然デートっぽくないじゃない!」
地雷系チックな黒色メインのコーデの栞が、不満を露わにして降車した。続いて助手席の僕、最後に運転席の桜井先生。僕は毎度のことながら我流で選んだ古着コーデで、桜井先生はボーイッシュでかっこいい服装だ。
「湯川、この程度の高さのものは山とは言わんぞ?」
「そういう問題じゃなくてですね⁉」
おお、珍しく栞がツッコミを担当してくれている。
「デートっていうともっとこう、水族館とか動物園とか海とか、他にも色々あるじゃないですか。何で山登りをしてお城を見に行かなきゃならないんですか⁉」
「忘れたのか、湯川。我が県にまともな水族館はほぼない。あるにはあるが相当南下しないと辿り着けないし、レンタカーがあっても日帰りでは無理だ。動物園は行けない距離でもなかったのだが、最近入場料が大幅値上げされたので見送ったぞ」
「じゃあ海は? 海はどうなんですか⁉」
「愚問だな。私が自ら進んで、自分に不利なフィールドで貴様と競おうとすると思うか? 水着でむちむちボディーを余すところなく見せつけられる貴様と違って、私は慎ましい水着姿プラス積立おっぱいで対抗するのがやっとなのだぞ。それに、急遽デートに行くことが決まったからな。じっくりと水着を選ぶ暇がなかったのだ」
「結局先生の都合じゃないですか!!」
「というか湯川、私は『長袖長ズボンで来い』と伝達したはずだ。なぜミニスカートで来た?」
「だ、だって、こっちの方が可愛いし……可愛いあたしをあいつに見てほしいし……」
何やらもごもご言っている栞の言葉に、先生はうんうんと耳を傾けている。内容はよく分からないけれど、栞の場合、足はともかく腕は日焼け防止のカバーでガードしてるから大丈夫じゃないかな。残暑厳しいとはいえ、虫刺されはかなり防げるだろう。
「まあ良いだろう。では、登るぞ!」
おー、と小さく右手を上げ、桜井先生は道なき道へと踏み込んでいった。正確には、薄汚れた看板に「裏登山口」と書かれている、他の登山客がいなさそうな、しんとした山道へと。
一応登山道が整備されているようだが、木々が鬱蒼と茂っていて山(丘か?)の中はかなり薄暗く、落ち葉やら何やらで足元も滑りやすそうだ。「裏登山口」とあるだけあって、メインの登山ルートではなさそうである。
「ちょっと待って下さいよ、先生」
僕は桜井先生を呼び止めた。
「てっきり、ここから少し歩いて、メインの登山口からロープウェイかリフトで登るんだとばかり思ってたんですけど」
「いや、あれではダメだ。土日だから観光客も多いだろうし、3人の時間を過ごせない。この裏登山口ならばすれ違う登山客もほぼおらず、ゆっくりできるぞ。我ながら名案だと思うが」
見た感じ、登山道はまあまあな急勾配だ。登る際に消費する体力を考慮しなければ、こっちから登るのもアリなんだろうな。
「あの、桜井先生。あそこに『スズメバチに注意』って看板があるんですけど?」
「そう怯えるな、湯川。あの看板はかなり前から立っているが、私の知る限り、実際にスズメバチが出たという話は一度も聞いたことがない。9割9分大丈夫だ」
不純異性交遊については心配する一方、スズメバチについてはそんなに心配していない教師がここにいた。
「事前にネットの記事もざっと見ておいたが、やはり松浦城でスズメバチについての目撃情報はなかった。だから安心しろ」
「私、全身ほぼ黒一色だから、もし出たら守りなさいよね。井上!」
「何でそこで僕に振るんだ! 湯川さんを庇って僕に死ねというのか!」
とはいえ、15分ほどで山頂に着くまでの間、蜂は一匹も出なかった。
道中、栞が「先生、あそこに『この洞穴にはかつて熊が住んでいました』って立札が! もう帰りましょう!」だの「所々にキノコが生えているから帰りましょう!」だの、やたら帰ろうとしたけれど全部却下された。まあ、直接的な危険がないのだから当たり前である。念のため洞穴を覗き込んでみたけれど熊なんかいなかったし、キノコも触ったり食べたりしない限りは無害だ。そんな毒々しい色でもなかったし。
本当に裏ルートって感じだったな。
「よし、山頂に到着だ」
額の汗をタオルで拭い、一息つく桜井先生。彼女の背後には、既に松浦城の雄大な石垣が鎮座していた。
「もう少し歩けば、城の全貌が見える。展望台もあるぞ。そこからの景色をしばし堪能してから、水分補給がてら、山頂にあるカフェでかき氷でも食べよう」
「ひゃ、ひゃい……」
ぜえぜえはあはあ言いながら、栞は承諾した。そんなに疲れたのかよ。
でも、気持ちは分かる。たった15分間とはいえ、急勾配の道を登り続けるのは結構消耗するものだ。受験期で運動不足になりがちな今なら、なおさらだろう。
全員疲れていたので、ゆっくりと移動。松浦城と、その城下に広がる景色をのんびり眺める。




