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21 お断り

「いや、いきなり『ヒモになる気はないか』って言われても、僕も何が何だか……」


 人生で初めて逆ナンされ(しかも学校の先生から)、しどろもどろになる僕。そんな僕の様子を見て、先生は「そうだな。さすがに説明不足だったな。すまない」と謝罪し、肩から手を離した。


「私は幼少期から小学校高学年までずっと、父親の方針で柔道を習わされていてな。そのせいか、他の女子よりも少々肩幅が広く、筋肉質になってしまったのだ。有り体に言えば、女子にしてはガタイが良かったというわけだな。体格の良さが災いして、男子からは全然モテない人生を歩んできた」


 腕の力が強かったのも、柔道を何年も続けてきた影響だろうか。


「悩んだ末に私は、『自分は抱かれる側にはなれない。ならば、抱く側になろう』と思い、将来的にヒモとして飼う男性の候補を探していたのだ」

「常人にはできない発想ですね……」

「安心しろ。生徒に手を出すなんて、実習生の立場とはいえ、教師としてありえないことだ。ヒモにするとしても、あくまで井上の卒業後になる」


 良かった。一応、自分がヤバいことをしているという自覚はあったらしい。このシチュエーション、もし男女逆だったら相当アレだもんな。



「ところで、先生は僕のどういうところを見てヒモ候補に決めたんですか?」

「そうだな。何と言っても、無愛想でやる気が欠如しており、ちょっとやさぐれているような雰囲気が私の性癖に刺さったのだ。こういうザ・ダメ男的な逸材を、私はずっと求めていたのだ。私がいなければダメ、私なしでは生きていけないくらいに依存させてやるのが、楽しみで楽しみで仕方がないからな。そうそう、時には私のことをボロ雑巾のように乱暴に扱ってくれてもいいぞ。それはそれで、私の被虐趣味を満たしてくれそうだ」


 自分の趣味の話になると、急に口数が増えるタイプらしかった。おまけに、表情も豊かになっている。頬に赤みが差し、うっとりして生き生きと性癖を暴露している。どう考えても、高校数学の指導要領に含まれていない内容であった。


「……一応確認しますけど、僕のことを逸材だと褒めてるんですよね? 貶してるんじゃないですよね?」

「ん? 何を言っている。褒めたに決まっているではないか」


 きょとんとして、真面目くさった顔で桜井先生は言った。天然なんだろうか。



「以上の理由により、私は貴様をヒモ候補として強く推薦する。証明終了だ。他に、何か質問はあるか?」

「ツッコミどころは多々あれど、今のところ質問はないですかね」

「よろしい。では、今日の補修はここまでだ。貴様を解放してやる。どこへでも去るがいい」

「は、はあ」


 そう言われても、特に予定もないので家に直帰するしかないのだけれど。

 教室のドアから出て行く寸前、桜井先生は不意に踵を返し、僕をビシッと指差して宣言した。


「何、すぐに答えを出せとは言わん。私がこの高校で教育実習を行う一か月の間に、必ず貴様を私の虜にしてみせる。そして来年度、私が社会人に、貴様が大学生になった暁には、満を持してヒモとして飼ってやるのだ」

「え、ええ~~⁉」

「そんな心配そうな顔をするな。優しくしてやる」


 ここの台詞だけを聞けば、イケメンだった。そういえば先刻「男子からはモテなかった」と言っていたけれど、ひょっとしたら女子からは人気あったんじゃなかろうか。

 呆気に取られている僕に淡い微笑みを向け、桜井先生は今度こそ、退室した。


「まさか、こんなに強烈なキャラが第3ヒロイン候補なのか……?」


 誰もいなくなった教室で、僕は独り言ちる。

 天真爛漫なメインヒロイン、有能だけど腹黒すぎる第2ヒロイン候補に続いて現れたのは、生徒を将来的にヒモとして飼おうとするクールな教育実習生だった。



 チェリーブロッサム・グッドケージ、もとい桜井伊織が第3ヒロインっぽく登場したことにより、僕には深刻な悩み事が生じた。すなわち、「このペースでヒロイン候補がどんどん増えていくと、最終的に本命のヒロイン以外の全員を振らなくちゃいけなくなるのではないか」という悩みだ。

 原因は僕にある。「女性たちを惹きつける、僕の魅力が罪だ」とか、そんなナルシストめいたことを言っているのではない。桜井先生が「無愛想でやる気が欠如しており、ちょっとやさぐれているような雰囲気が私の性癖に刺さった」と明言していた通り、僕は本来、人間的魅力に乏しい人間だ。こんな奴を好いてくれる人間の方が少数派なのだ。そうではなくて、問題は僕の態度だ。

 相手のペースに呑まれてなあなあで済ませ、曖昧な関係をいつまでも続けるのは怠慢だろう。僕の方から行動を起こさなければならない。


 やはり、本命は立花先生だ。彼女しか考えられない。まあ、栞は僕に気なんかあるわけないから論外として、桜井先生には早急にお断りさせて頂こう。ヒモになるつもりはない、と。

 桜井先生は教育実習生だ。実習期間の一か月が終わるまで適当にやり過ごすという選択肢もなくはないけれど、そういうやり方は彼女に対して不誠実と言うものだろう。

 僕は翌日の昼休み、いつもより早めに弁当を食べ終えた。「失礼します」と職員室に入り、桜井先生のデスクへ向かう。



「先生、質問したいことがあるんですけど」

「うむ。何だ?」

「ちょっとここでは話しづらいと言いますか……」

「? ああ、了解した。移動しようか、井上」


 僕が教科書もノートも持っておらず、つまりは手ぶらで、「ここでは話しづらい」内容の質問ということから、桜井先生も「昨日の話の続きか」と察してくれたらしい。質問というのは方便だ。


「すみません」


 中庭のベンチに並んで腰掛けるや否や、僕は頭を下げた。


「一晩考えたんですけど、やっぱり僕、先生のヒモにはなれません。今回の件は、遠慮させていただきます」

「……そうか。ありがとう、井上。貴様なりに、一生懸命に考えてくれたのだな」


 がっかりするか、怒るか。二通りのリアクションを予想していた僕だったけれど、意外なことにどちらでもなかった。桜井先生はあまり動揺していない様子で、柔和な笑みを浮かべている。



「だがな、井上。私は昨日、『すぐに答えを出さなくて良い』と言ったはずだぞ。私は元々、一か月かけてじっくりと貴様を攻略するつもりだったのだ。それなのにたった一日で返事を寄越すとは、一体どんな心境の変化だ? もし、ヒモとして養うだけで足りぬというなら、お小遣いも出すぞ?」


 そして表情を曇らせ、視線を落とした。


「あるいは井上は、私のことが嫌いか? もしそうなのであれば、これ以上無理強いはすまい。潔く身を引かせてもらおう」

「いえ、決してそんなことは!」


 慌ててフォローを入れる。


「桜井先生はクールで、授業も分かりやすくて生徒思いで、すごく良い先生だと思います。ただ、その……実は僕、今、気になっている人がいるんです。だから、先生のヒモとして飼われるわけにはいかないんです」


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