19 酒吞童子とフォークダンス
僕の高校では、体育祭終了後にフォークダンスをする風習が残っている。我ながら古臭い文化だなと思うけれど、強制参加なので仕方なくやっている。
まず、男女でそれぞれ輪になる。女子が内側、男子が外側の二重円だ。そしてペアを後退しながら、音楽が鳴り止むまで踊り続ける。
何だかんだでもう三年目なので、ステップは覚えた。右足を出し、次に左足を出し、男子が女子の手を取った状態で女子がくるっと一回転して、最後に二人がお辞儀をして次の相手へ交代していく。このステップ、女子側だけがくるくる回らないといけないせいで「踊り終わった後に目が回る」という声も時々聞くけれど、踊り方が変更される気配は特になさそうだ。
「おお、井上氏。久しいですな」
「よう。伊藤か」
男子の円で僕の隣になったのは、イラスト制作パートで一緒だったあの黒髪ロン毛眼鏡、伊藤だった。何だかすごく疲れた顔をしているが、僕の記憶が正しければ、彼がこの体育祭に貢献したのは唯一の出場種目である綱引きのときくらいだったろう。
「某が新作ゲームを買いに行った日以来ではないですか」
「そうだな。伊藤、あれ以来、一日も手伝いに来なかったもんな……」
「いやはや、面目ない。実はメインステージはクリアし終えたのだが、隠しステージや外伝ストーリーなど魅力的なやり込み要素が満載で、何日か徹夜しても全部クリアできなかったのですよ」
「のめり込みすぎだろ! 目の下の隈が濃いのはそういう理由かよ!」
僕だって決して真面目人間ではないけれど、本当にこいつ受験生なんだろうか。
昔の僕は逆張りが好きで、皆が勉強していないときに勉強して、勉強しているときに勉強をサボっては悦に入っていた。そんな僕でさえ、皆が必死に受験勉強している今、自分も必死になって取り組んでいるというのに。
「あのさ、伊藤。確かに君が言ったように、陽キャ連中が汗水たらして行事に全力投球するのは無意味なことかもしれないよ。でも、徹夜でゲームすることに学校行事以上の意味があるかって言われたら、それは絶対違うだろ! 少なくともあの陽キャたちは、誰かの役には立ってるよ!」
「井上氏、ゲームだって役には立っていますぞ。なぜなら、この私を楽しませてくれたからだ!」
「急にラスボスみたいな台詞を吐くな!」
「それに私は、背信者として……間違えた、配信者としてゲーム実況も行っているのです。私の実況でどこかの誰かが笑顔になれたのなら、それこそ大勢の役に立っていると言えるのではないでしょうか」
「言い間違え方に罪悪感が滲み出てるぞ。本当は君だって、イラスト制作パートをサボることに罪の意識を覚えていたんだろう? ゲームを優先したことが後ろめたくなったんだろ? 僕もひねくれてる方だけどさ、伊藤ももっと素直になっていいと思うな」
「お、仰る通りですな……」
あとで聞いてみたところによると、伊藤のゲーム実況チャンネル、チャンネル登録者数は50人くらいらしい。えらく少ないな。
伊藤が一旦黙ったのを見計らったかのように、フォークダンスがスタートした。順々にペアを交代していき、やがて栞とペアになる。
「? どうしたんだよ」
僕と手を繋いで踊り始めたとき、彼女は視線を合わせず、やけに緊張しているようだった。小声で問うた。
「湯川さんは、年上とも経験豊富なんでしょ。何も今さら、僕ごときに緊張しなくても」
「勘違いしないで。同年代だから全く意識しないってわけじゃないのよ」
ぶつくさ言いつつも、綺麗にステップを踏んでくれる。相変わらず、けしからん体操服姿だった。
彼女本人にしか聞こえないほど声量を落として、呟く。
「ていうか、『僕ごとき』って……あんただからこそ緊張してんのよ、井上」
「酒吞童子が何だって?」
「言ってないわよ、そんなこと! 『ん』の音くらいしか合ってる要素ないわよ⁉」
伊藤は以前、青臭い春と書いて青春だとぬかしていた。
今の僕たちの、このある意味では無意味にも思えてしまうような日常も、思い出も、いつか「青臭いけれど良い思い出だった」と笑える日が来るのだろうか。それこそ酒吞童子のように酒でも飲みながら、「馬鹿だったよな僕たち」と笑い飛ばして。
ツンツンしながらもどこか満更でもなさそうな表情の栞と踊りながら、僕はこんなことを考えていた。




