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15 フェイクニュース

 長かった夏休みも、いつしか終わった。二学期の始まりである。

 始業式の日に行われた実力テストで、僕は、井上悟は、国・英・社の三教科の順位を着実に上げることができた。やはり、立花先生に指導してもらった成果は出ている。この調子でいけば、松浦大合格も夢じゃないだろう。


「――ねえ、井上。話があるんだけど」


 そんなわけでテスト返却後に少し浮かれていた僕は、ある日の昼休み、栞から中庭のベンチへと呼び出されたのだった。お昼を一緒に食べながら、何か重要なことについて話し合いたいらしい。

 学園ドラマではこういうとき、屋上に呼び出しを食らうのが通例だ。が、うちの高校は屋上が開放されていない。人目を気にせず話せる場所となると、日当たりが悪いためか人があまり寄り付かない、中庭くらいになる。

 ちなみにうちの高校、学食もない。パンの購買ならあるけれど、購入者数に対して在庫数がどう見ても釣り合っていなくて、昼休み開始直後に売り切れてしまう。確実に買える保証がないパンを当てにするのはリスクが高いので、ほとんどの生徒はお弁当を持参する。



「それで、湯川さん。話っていうのは?」


 つまり今日、ベンチに並んで座っている僕と栞も、お弁当を食べているわけだった。傍から見れば、仲の良いカップルに……見えるわけないか。いかんせん、変なカップリングすぎる。こちとら伊達に高校三年間ぼっちをやっているわけではないのに、相手は学年でもトップクラスに広い交友関係と悪い性格を併せ持つ女子なのだ。


「井上。あんたに、良いニュースと悪いニュースがあるわ」

「僕の座右の銘は、『終わり良ければ全て良し』なんだ。まず、悪いニュースから聞かせてほしい」


 嘘である。前にも言ったように、僕の本当の座右の銘は「最小の努力で最大の結果を出す」。


「そう。じゃ、リクエストにお答えして、悪いニュースからいくわよ」


 どっちから聞いても結果は同じだけどね、と余計な一言を追加しつつ、栞は玉子焼きをぱくっと食べた。実に美味しそうに食事をするな、この人。むちむちボディーの秘密は、栄養満点のお弁当にあるのだろうか。知らんけど。


「井上、悪いことは言わないから、これ以上立花先生と仲良くなるのはやめときなさい。あたしの調べたところによると、彼女、お金を稼ぐためなら何でもする女よ」

「……え?」


 予想外の方向から悪いニュースが飛んできて、僕は刹那、混乱した。箸で掴んでいた唐揚げを、危うく落としそうになった。



「彼女の元教え子の男子生徒で、先生にリードされるがまま肉体関係を結ばされた挙句、『妊娠した』『中絶手術を受けるお金が足りない』と嘘をつかれて、お金を騙し取られた子がいるらしいのよ」

「そんな馬鹿な。大体、その被害者はどうして騙されたことに気づいたんだよ」

「妊娠検査薬で陽性だった画像をメッセージアプリで送られたらしいんだけど、よくよく見るとその画像、ネットで『妊娠 検査』とかってググって、そのまま拾ってきた画像っぽかったの。要するにフェイク、一杯食わされたってわけね」

「フェイクなのは、湯川さんの調査結果の方だよ。確たる証拠もないのにそんなことを言って、立花先生に対して失礼じゃないか」


 あの立花先生がそんなことをするとは、さすがに信じられない。僕は猛烈に抗議した。これ名誉毀損罪だろ。



「あら、失礼ね。既に伏線は張られているのよ」

「いや、証拠と伏線は別物だろ。伏線なんて、『実はあの描写は伏線でした』って後付けでいくらでも言えるんだぞ」

「そもそも、家庭教師という高時給なアルバイトをしている時点で、お金への執着心は強いと見るべき。さらにそこで、水商売以外で楽に大金を稼ぐ方法として、偽りの妊娠を思いついたんじゃないかしら。本人は男性経験なさそうな顔してるから、処女懐胎ってやつ?」

「なあ、そのワード、絶対使い方を間違ってるぞ。キリスト教信者の方に謝ってくれ」


 立花先生を勝手に聖母マリアにするな。


「実際、井上のとき同様にJKのコスプレをしてデートすれば、大抵の男ならコロッと落とせると思うのよ。さすがにあの格好でラブホには入れないでしょうけど、たとえばカラオケで密室状態になったりすれば、特にね。……ま、現役JKたるあたしの魅力には及ばないけれど。足元にも及ばないわ、雑魚め!」

「さりげなく自己PRするな⁉」


 仮にも年上の女性を、人生の先輩を雑魚呼ばわりって……。さすがの僕もドン引きだ。真に雑魚なのは、栞の残念な思考回路に違いない。



「ていうか、あのカラオケのときは隣の部屋に湯川さんたちもいて、変にイチャついたり大きな声を出したりできる状況じゃなかっただろ。いい加減にしてくれよ!」

「さて、そろそろ良いニュースの方も発表させてもらうわね」


 僕の抗議を完全にスルーして、栞は水筒のお茶を一口飲んだ。


「それはズバリ、今あたしが言った調査結果は全部嘘だってことで~す!」

「……」


 イエーイ、と横ピースしてくる栞。僕みたいな奴に陽キャのノリを強要しないでほしいし、ちょっとは反省もしてほしい。僕のことをからかって楽しんでるんだろうか、この人は。


「カラオケに言及したのは嘘だと見抜いてほしかったからなんだけど、ちょっと言及するタイミングが後になって、若干ガチっぽくなっちゃったわね。そこだけは反省しているわ。ごめんなさい。お詫びに、あたしの靴を舐める権利をあげるわ」

「本当にフェイクだったってオチかよ。一瞬ガチなのかと疑った僕が馬鹿だった。あと、そんなドMな権利はいらない!」


 ツッコミどころが多すぎて、台詞を噛みそうになった。



「……ごめんごめん、悪かったわよ」


 疲れた顔で弁当を食べ進める僕を見て、さすがに可哀想に思ったのだろうか。栞は一転して真面目な表情になると、僅かに体を寄せてきた。


「前置きが長くなったわね。つまり何が言いたかったかって言うと、『あんたは立花先生のことを知らなさすぎる』ってこと。あたしが昨日読んだ推理小説を元に5分で考えたでたらめな嘘を、一瞬とはいえ信じかけてしまう程度にはね」

「それは……確かに、そうかもしれない」


 湯川さん、推理小説とか読むんだ。少し意外に感じる。

 たぶんその作品では、妊娠を偽って詐欺を繰り返していた女が男から恨みを買って、殺害されるんだろうな。この設定の時点で容疑者がだいぶ絞られてしまう気がするけれど、どうなんだろう。あるいは、被害に遭った男性の数が多すぎて絞れないとか? 


「あんたが彼女と付き合おうが距離を置こうが、それはあんたの自由よ。だけど、もし仲良くなりたいと思うのなら、もっと立花先生のことを知るべきだわ」

「一理ある」


 前置きが長すぎた感はあるが、栞の指摘した内容は何だかんだで的外れではないと思う。立花先生のことをより理解するためにはどうすべきか、僕は少し考えた。


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