第31話(全36話) 魔王との対決
王都ではアラ公が処刑された。彼はキグヌス大公、オフィウクス公に次ぐ大貴族だった。
あたしが個人的に知っているアラ公はよく言えば善人、悪く言えば無能な人だった。ありあまる財産を取り巻きたちに投げ与えることを唯一の使命だと考えるような良い人だった。
そんな誰の脅威にもなり得ない人物を処刑するだなんて、王都のキグヌス政権は迷走している。次に狙われるのは、領地に引きこもっているオフィウクス公らしい。大貴族同士の身内争い。それは病に侵された身体が、自らを食い荒らす末期症状に見える。
アドリアン王は現実から目を背けるように取り巻きたちと遊興にふけり、オロール王女は行方不明、王都周辺ではキグヌス大公の配下の者たちが傍若無人にふるまっている。
こうした王都の生々しい情報はカミーユがどこからともなく集めてくる。情報収集はスカウトの特技だ。
彼が王都の情勢を探っているのは個人的な事情があるからだと、あたしは思っている。彼はオロール王女が心配なんだ。
アルチュールがもらったアイ城は、キグヌス大公領とオフィウクス公領に挟まれたサジッタ州にある。
アルチュールは、騎士たちに城のことを任せ、余計な抵抗はするなって言っていた。あたしも、そこに住んでいる人たちのことを考えてねって口を出した。
その甲斐もあってか、アイ城は混乱もなく、キグヌス大公軍に接収された。あたしたちが彼らの領地でドラゴンを退治したことが、少なからず影響したのだろう、乱暴なことは一切されていない。
あたしたちがこれまで集めた財宝は、アイ城のダンジョンの奥深くの部屋に、ベルナールが封印を施して保管してある。城内のアンデットは排除したけど、奥にはいまだモンスターが住み着き、生きている罠も残っている。キグヌス大公の家臣たちが、財宝に手を出せるとは思えない。たとえ万が一、宝物庫の前にたどり着いたとしても、その扉にはベルナールクラスじゃないと解除できない魔法がかかっている。このワの国に今、彼ほどの魔法使いはいないだろう。
あたしたちは王国内を世直しして旅をしている。
アルチュールはアイ城主さまっていう貴族だから、行った先々で、まずそこの領主に挨拶に行かなくちゃいけない。そこで手厚いもてなしを受けて、宿泊する必要がある。なかには義務感からそうしているだけで、うさん臭げにこちらを見ているのもいるけど、大半はあたしたちのやっていることを知っていて、好意的に受け入れてくれる。ドラゴンスレイヤーの名も利いているようだ。吟遊詩人たちがあたしたちのことを世間に広めてくれているおかげかな。
しかし、食卓の話題の中心は、カミーユの語る王都の情報だ。どこの領主も、王都の情勢を気にしている。
貴族のおもてなしの食卓はいつも豪勢だ。焼けた肉と、ふんだんな香辛料とが混じり合った独特な香りに満ちている。多くの種類の料理がテーブルの中央に所狭しと並んでいる。迎えてくれた貴族さまが、アルチュールにメインの肉を切り分ける栄誉を授ける。彼は立ち上がって、大きな肉の塊を豪快に、繊細に切り分ける。その流れるような剣技の冴えに、若い騎士たちが感嘆の声をもらしながら、見惚れている。そんな賑やかな夕食の翌朝早くに、あたしたちはこれで義務は果たしたと、村落へと出かけてゆく。
この当時の村々はほとんど誰からも見放されている。備蓄は容赦なく奪われる一方で、水路などの農業施設は放置され、モンスターや野盗などの脅威にも対処できていない。細々と村の有力者が中心となって対応しているが、それだけじゃ足りない。特に野盗の群れが深刻だ。領主が、領主としての務めを果たせていない状況なんだ。正直、あたしたちも人のことは言えないけど。
平時に野盗をやっていたような気の利く連中は、今じゃ貴族たちの軍隊に潜り込んでいる。今までの罪は問わないという免罪状が発行されているからだ。現在、村々を荒らしまわっているのは新しく生まれてきた気の利かない、新米の連中だ。そいつらが戦争の準備で手薄になった領主の警備の隙をついて、略奪を繰り返している。
野盗を壊滅させるのは大変だ。動物とモンスターの大きな違いは、モンスターは逃げることを知らず、その場を死守しようとすることだ。「やっと見つけた安住の地は誰にも渡さない」とでも言うふうに。人間も動物の一種だから逃げる。人間は逃げるから、野盗退治はやっかいなのだ。やつらはどこでも生きていけると思っている。
どこでも生きていけると考えるのは、あたしたちエルフもおんなじだ。昔は「女神さまの首飾り諸国」全域に暮らしていたはずなのに、あとから来た種族が増えて住みづらくなったと住み慣れた土地を離れていった。自分たちはどこでも生きていけるから、この土地は君たちにあげるよ、というふうに。そして結局、今じゃイの国北部の森林地帯が唯一の集住地となっている。あたしは行ったことないけど。
どこでも生きていけると思っているから、一か所に押し込められるようになって、どこでも生きていけると思っているから、諸国全域でエルフを見かけることができる。
そんなあたしたちエルフから見ると、トールマンの農耕民は、時として土地を死守しようとするモンスターに見えることがある。平穏に土地を耕し、家畜を飼い、代々受け継いでいく。それは「やっと見つけた安住の地は誰にも渡さない」という覚悟が必要なんだろう。
で、そういう農耕民が、魔王の破壊や王国の混乱で無理やり土地を追われ、生きるために野盗となって、村々を襲うのだ。彼らはもともとの野盗とは違う。家族連れで、生きるために逃げ惑いながら、他人のものを奪っている。
正直、あたしたちとそいつらじゃ、大人と赤ちゃんみたいなもので、まるで勝負にならない。あたしたちはまだ土地を失っていない者たちのために、野盗を追い払い、最低限の自衛の術を教える。一方で土地を失い野盗となった者たちのために、レティシアが主導して、放棄された村を探し出し、そこに集住させ、隠れ里のようなものを作っている。集住地の許可、あるいは黙認を得るために、その土地の貴族と社交を重ね、当面の生活のための食料を確保したりと、あたしたちは存外忙しい日々を送っていた。
王都では大公が専横を極め、王国各地で貴族たちが軍備を整えているというのに、不思議なことに国内で大きな争いは起きていない。嵐の前の静けさのように、沈黙の均衡が続いている。
「ねえ、ベルナール」
「なんだ」
ベルナールが不機嫌そうに返事をする。いつもの彼だ。そのことについて彼に尋ねてみた。
「禁断の魔法を使うと、混沌の勢力が強まって、多くの変化が起きて社会の混乱が増すんでしょう? なんで大きな戦いが起きてないの?」
いつものように覚えの悪い弟子を教え諭すような態度でベルナールが答える。身長が伸びたくせに、こういう態度は変わらないな。
「天秤の傾きが止まっているんだ。混沌の方に傾いたままでね」
「どうしてさ?」
「俺たちの行動が、それ以上傾くのを止めているんだ」
「あたしたちが世界を救っているってこと?」
「そうとも言える。でもこの程度では時間稼ぎにしかならないよ」
ベルナールは言いたいことだけ言って、首を振りながら去って行った。
あたしたちの行動で、本当に世界を変えることができるのかな。その時、あたしはほんの少しだけ、そう思った。
「僕は魔王城に行きたい」
アルチュールが唐突に言った。野盗となっていた農民たちを定住させる仕事がようやくひと段落ついた、その夜のことだった。
王国は混乱の極みにある。相変わらず王都は混乱の渦中にあり、東のイの国からはジェラール将軍が攻め入り、占領地を広げている。王国内の貴族たちは半ば独立したように自分の城に立てこもり、お互いを牽制しあっていた。そしてなにより魔王の活動が、ここ最近になって再び活発化している。
あたしたちが堅苦しい貴族の館の生活から解放されて久しぶりに泊まった、この地域の冒険者御用達の宿屋もその混乱の余波を受けていた。客が少ない。かつての喧騒が嘘のように静かだ。
冒険者から傭兵に転職するものが後を絶たない。戦える人材は引く手あまたで、完全に売り手市場だ。低レベルでも小部隊長のサージェント、中高レベルではいきなり中隊長のキャプテンとしてあちこちの貴族から募集がある。なかには冒険で得た金で兵をリクルートして、自分で部隊を作って売り込むやつもいる。今の時代、騎士だけじゃ戦争はできない。
あたしたちもいつまで冒険者を続けられるかわかんない。レティシアは高位聖職者としての務めを果たすために戻ってきなさいと、強く言われているようだ。つくづく冒険者なんて、平和な時代の仕事なんだって思うよ。
そんな、次の冒険が最後かもってみんなが薄々思っている時に、アルチュールが魔王討伐を言い出したんだ。
前回はオリビエ卿がやってきて、王宮で直接王さまからも頼まれたんだった。
「ねえねえ、そういうのって、王さまから直々に依頼が来るもんじゃないの?」
あたしが素朴な疑問を口に出すと、ベルナールが無関心な表情で答えた。
「今はそれどころじゃないんだろう」
カミーユが後に続く。
「王都では、魔王のことなんか、みんな忘れているさ。自分たちの首がどうなるかの方が切実なんだろうよ」
確かに魔王の恐怖よりも、目の前の内乱の恐怖の方が、より身近で現実的だ。
「この旅で、僕たちはどれだけ多くの魔王の爪痕を見てきただろう」
アルチュールは静かに、でも力強く、みんなを見渡しながらゆっくりと語り始めた。
「焦土と化した村、絶望に打ちひしがれた人々……。王国の問題は、僕たちだけではどうすることもできない。あまりにも大きすぎる。だが、魔王だけは、僕たちならどうにかできるかもしれない。目の前の苦しんでいる人を、僕は助けたいんだ」
彼の言葉にあたしたちは黙ってうなずいた。王国西部では魔王に破壊された生々し跡を見た。それ以外の地域でも魔王の影におびえながら暮らしているのを知っている。そしてあたしたちが住んでいた王都でさえ、魔王の恐怖に覆われていたんだ。
「これからは何をするにしても元手が必要だな。魔王の財宝はうってつけだ。俺はアルチュールに賛成だ」
カミーユが言う。金のことを言ってるけど、魔王を倒して、アルチュールを次の魔王にしようとしているおまえの企みは知っているぞ。
「魔王の図書室には俺も興味がある」
ベルナールも賛成する。相変わらず素直じゃないな。アルチュールと一緒なら、どこでも行くくせに。
「私はどっちだっていいけどな」
レティシアもまた相変わらずだ。上司からの誘いを断ってまで、パーティに居続けるのは強い意志があってのことだろうに、そんなことは少しも表に出さない。
「じゃ、決まりだね。魔王を討伐しに行こう。誰からも注目されていないけどね」
あたしがそう言ってジョッキを掲げると、みんなもジョッキをあげた。乾杯して、客のまばらな静かな宿屋の卓で、世界を救う計画を練り始めた。
魔王城に入ってから、あたしたちは順調に進んでいる。
魔王城はワの国の西部、ウの国との国境を接したアクィル州、ウナルベクサにある。元々は伯爵の居城として建てられたものだったけど、魔王が占拠してからは、増築を重ねられ、今では巨大な迷宮となっている。魔王はここを拠点に、各地へ軍勢を派遣していた。ここしばらくは大人しくしていたけど、その存在が放つ恐怖は首飾り諸国全土を覆い、いままた、活動が活発化している。
モンスターを倒し、罠を解除し、隠れた扉を探し出し、あらゆる障害を排除しつつ奥へ奥へと進んでいく。あたしのカンと称する前回の記憶も多少役に立っている気がする。
「もう半分は過ぎたかな」
アルチュールがバックパックを背負いなおしながら言う。
「もうちょっと進んだだろう」
カミーユがそれに答える。これ、前にも聞いたな。レティシアは地図と周りを見較べている。
あたしたちは大きな扉の前で立ち止まっている。中にいるのは中ボスのトロル三体、前回の記憶がそう告げている。ベルナールの方を見ると、何も言うなと目で訴えているように見えた。
「わかっているよ」とあたしは心の中でつぶやいた。ここで予言みたいなことを言って、みんなに怪しまれたっていいことなんかない……、あれ? なんで今のこいつが、あたしが前にもここに来たことがあるって知ってるんだ? さっきのはあたしの気のせい? でも今はそれどころじゃない。
カミーユが罠がないこと、鍵がかかっていないことを確認し、目で合図を送る。アルチュールが扉に手をかける。
開けた。あたしは素早く中に入って、瞬時に状況を確認し叫んだ。
「トロルだ。三体いる。再生能力があるから気をつけて!」
あたしの声とほとんど同時に、すでに準備していたとしか思えない早さでベルナールの付与魔法が飛んでくる。あたしの、トロールパワーゴーントレットの力で片手で使うエストックが、たちまち炎に包まれた。レティシアのウォーハンマーもカミーユのフォールションもだ。
……、やっぱり知ってんじゃねーか。あとで問い詰めないとな。でも、やっぱり今はそれどころじゃない。
トロルは火と酸の攻撃以外はすぐに再生してしまう。アルチュールは炎の魔剣を持ってるからいいけど、あたしたちは魔法で火属性を付与してもらう。アルチュール、レティシア、あたしで一体ずつ受け持つ。ベルナールは火力支援。スカウトのカミーユは愛用のフォールションを手に、素早い動きで遊撃にまわる。
一番大変なのはレティシアだ。楯で身を守りつつ、ハンマーで打撃を与え、さらに味方の様子を見て回復魔法をかける。こんな時、一人で敵の攻撃を引き付けるタンク役がいると楽なんだけどなー、と思うときもあるが、あたしたちにはあたしたちのやり方がある。
まず、アルチュールの受け持ちを、ベルナールが支援して倒す。次にアルチュールがレティシアの援護にまわる。二体目を倒すまでの間、あたしは自力で戦って、救援が来るのを待てばいいんだ。
「ジジ、左脇だ!」
カミーユの声が響く。確かにトロルの左脇に隙がある。あたしは燃え盛るエストックをそこに突っ込んだ。トロルが咆哮をあげ、崩れ落ちる。撃破。やった。
「ありがと、カミーユ」
彼の的確な助言で、一人でトロルを倒すことができた。トロルだったものに足をかけてエストックを引き抜くと、あたしはレティシアの援護に向かった。
「圧勝だったな」
ベルンハルトが涼しい顔で言う。その割には表情に疲労が見える。結構魔法を使っていたからな。でもアルチュールはそれには気付いていなようだ。
「ああ、余力を残せてよかった」
確かに今回は楽な戦闘だったと思う。連携の取れた、あたしたちらしい戦いができた。
「ここが最後だな」
司教のレティシアが静かにつぶやいた。そう、魔王城を踏破して、ついに最奥部に到達した。金ぴかに光る、趣味の悪いこの扉の向こうに、魔王がいる。
「みんな疲れているな」
義賊のカミーユが、いつものように冗談めかして笑う。確かにそうだ。みんな肉体的にも精神的にも、なんなら装備的にも疲労している。しかしそれは心地よい疲労感だった。みんなまだまだ余力がある。これまで、あたしたちは効率的にリソースを管理してきた。ウィザードのベルナールもレティシアも魔力を温存している。
「これが最後だ」
剣士のアルチュールがいつもの口調で宣言する。
「魔王を倒せば、この地に幸せが戻る。誰かの笑顔のために、もうひと仕事しよう」
彼の言葉で、みんなの顔に笑みが浮かんだ。いつもの大げさな言い方。みんなアルチュールのそんなところが好きなんだろう。
「じゃ、あたしが開けるよ、いいね?」
キャプテンのあたし、ジジがみんなに聞く。扉の取っ手に手をかける。
「すぐに戦闘に入る訳じゃないと思うけど、気を付けてね」
パーティを見渡す。あたしがこのセリフを言うのは二回目だ。前と同じメンバー。でも何かが違う。レベルは前と同じだと思うけど、違うのはなに? あたしは扉を開けた。
「よく来た、勇者たち」
部屋の奥、一段高くなった床の、悪趣味な椅子に座った人影が話している。大きな低い声、部屋の中で反響する。禍々しいほどの魔力と、見る者を圧倒する威厳が、その場を支配している。
「私と世界を分け合わないか?」
「断る!」
アルチュールが慎重に間合いをはかって、一歩前に出た。
「では、塵にかえれ」
そう言って魔王は火球を放ってきた。あたしたちはそいつを避けて、陣形を整える。
「あたしが攻撃を引き付ける。アルチュールとカミーユはダメージを与えて!」
指示を出す。キャプテンのクラスとしてのロールを果たさないとね。
「レティシアは加護を、ベルナールはエンチャントを」
あたしのエストックとカミーユのフォールションが白く輝く。
あたしは攻撃を当てる必要はない。連続する攻撃で魔王に攻撃のヒマを与えなきゃいいんだ。でも、さすがは魔王。あたしの攻撃をかいくぐって魔法を放ってくる。
「ベルナール、敵の足場を崩して!」
魔王は直接攻撃魔法を放ってくるが、あたしの対魔法防御の指輪が無効化してくれる。でも、長くはもたない。指輪の石はじきに効果を失い、ただの石ころに変わるだろう。
こちらは攻撃魔法は使わない。魔王の動きを封じ、アルチュールとカミーユの攻撃を有利にするために魔法を使うのだ。
「勇者よ、世直しをしよう」
魔王が、激しい攻防の中、アルチュールに語りかける。
「私がいようといまいと、人間たちは内乱を起こし、他国と戦争ばかりをしているではないか。私が消えたとて、この愚かな歴史が繰り返されるだけだ」
魔王はあたしの攻撃を魔法を使って防御しながら、平板な声で言葉を重ねる。
「この世界を一つにまとめ、戦のない世界を作ろう。ともに力をもって平和な世界を築こうではないか」
「人の住めない土地を作るのが、おまえの世直しか!」
アルチュールは火炎剣を振るいながら反論する。
「よりよき世界を作るためには多少の犠牲は仕方がない」
「世迷言を!」
魔王とアルチュールが会話している。別の世界線で出会ったなら、仲良くなれたかもな、とそんな奇妙な思考があたしの脳裏をよぎった。
「カミーユ、右腕が空いてるよ」
「わかった」
あたしが指示をすると、カミーユがフォールションで魔王の左腕に攻撃を叩きこんだ。よしよし、意図が通っている。
レティシアが一通りバフをかけ終わり、ウォーハンマー片手に戦線に参加した。それが最後の一押しだった。魔王は美しい顔の仮面の下で、苦悶の声をあげてついに倒れた。
「よくやったな、勇者たち。これでこの城も、力も、財宝もすべておまえたちのものだ」
魔王の身体は仮面だけを残して、すべて灰になった。




