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ジジのクリシェな冒険  作者: 万里小路 信房
第三章

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第29話(全36話) いくつかの冒険

 あたしたちは最初の依頼を受けた。

 ドワーフのジェスタンさんの護衛で、ゴブリンの洞窟へ向かう。ジェスタンさんはその洞窟に用があるんだけど、最近ゴブリンが住み着いたせいで一人では近づけない。だからあたしたちみたいな冒険者を探していたんだ。

 ジェスタンさん戦士、あたしやアルチュールより確実に強い。熟練の冒険者の雰囲気をまとっている。


 王都から西に二日ほど旅をして、目的の洞窟にたどりついた。入口には小さな足跡がたくさん見つかる。ゴブリンの足跡だ。ベルナールがタイマツに火打石で火をともし、レティシアが羊皮紙とペンを取り出してマップを書く準備を整えた。そして初ダンジョンに突入する。

 前衛は戦士のアルチュールと依頼人のジェスタンさん。中央が魔法使いのベルナールとスカウトのカミーユ。後衛が軽戦士のあたし、ジジと神官のレティシアだ。

 薄暗い通路をタイマツの明かりを頼りに進んでいく。もっともドワーフのジェスタンさんとエルフのあたしは、明かりなんか必要ないんだけどね。途中、腐肉をあさるダンゴムシを見かけたが、無視。今回は無駄なシークレットドア探しなんかせずに先に進んだ。専門家がいるとサクサク進むね。

 そうそう、この辺で……

「毒蛇だ!」

 アルチュールが声をあげた。

 通路はせまく、前衛しか戦闘に参加できない。飛び道具は味方に当たるから使えない。魔法は……、あたしたちのレベルでは大したことはできない。あたしにできることは一つだけだった。

「アルチュール、ジェスタンさん、カンバレー」

 アルチュール、攻撃はずしてやがんの。ジェスタンさんはダメージを受けていたけど、毒には抵抗できた。さすがドワーフの耐久力。ひるむことなく攻撃を続行する。

 その後、ジェスタンさん、アルチュールが攻撃を当てて、毒蛇は倒れた。


 洞窟の奥の方から、何かざわめくような音が聞こえてくる。毒蛇との戦いの音を聞きつけたのだろうか。ジェスタンさんに聞くとゴブリンの足音だという。知ってるけど。

 あたしは弓の準備をした。レティシアもあたしを見て、スリングを取り出した。アルチュールは両手剣を、ジェスタンさんはバトルアクスを構えた。迎撃の態勢が整った。

 やがて、通路の向こうからゴブリンが現れる。三体だ。ゴブリンはドワーフを嫌う。奴らはジェスタンさんを視界に入れると、すぐに突進してきた。

 まず、あたしとレティシアが飛び道具で攻撃。カミーユもダガーを投げた。これで一機撃墜。残り二体は前衛のジェスタンさんとアルチュールが一体ずつ相手にする。瞬く間に片付けた。

 でも、休む間もなく新手のゴブリンが五体現れた。それに続く、おびただしい足音。多すぎる。このままでは不利だ。

「逃げよう! あたしとレティシアが後ろを守るからさ!」

 あたしがそう叫ぶと、アルチュールがすぐにその意図に気付いたようだった。

「わかった!」

 彼は迷わず東の通路に飛び込む。ジェスタンさんがすぐに追いかけ、ベルナール、カミーユが続いた。最後にレティシアとあたしが、後方を警戒しながら広間をあとにした。




 ゴブリンの群れに追われて、あたしたちは洞窟の奥へ奥へと進んでいった。ゴブリンたちの叫び声がしだいに遠ざかっていく。ゴブリンはもう追いかけてこない。奥に何がいるか知っているのだ。


 広い空間に出た。湿った土の匂いがする。あたしたちは東から入ってきた。北に続く通路がある。その奥から何かを引きずる音とともに、四つの人影がゆっくりと近づいてきた。グールだ。死肉を食らうアンデット。ゴブリンはこいつらを恐れて追いかけるのをやめたのだ。

 こっちの隊形は、あたしとアルチュールが前衛、レティシアとカミーユが後衛、真ん中にジェスタンさんとベルナール。グールとの距離は十メートルほど。まずは飛び道具だ。あたしが弓を引き絞り、カミーユがダガーを投げ、レティシアは聖句を唱え、ターニング・アンデットを試みる。成功したのはあたしとカミーユだけ。

 続いて白兵戦。あたしは弓を放ってエペを抜いた。グールがあたしとアルチュールに二体ずつ分かれた。グールの攻撃、はずれ。こっちの攻撃もはずれ。なかなか当たらない。

 次はこっちの先攻。アルチュールの攻撃が当たって、一体粉砕。でも別の一体の攻撃をまともに受け、麻痺してしまった。膝から崩れ落ちる。前もこうだった。しっかりしてくれよ、未来の勇者さま。

 そう言うあたしは攻撃をはずし、グールの攻撃を受けてしまった。でも、あたくし、エルフでございますから、グールのパラライズは効かないのでございますわよ。

 その後も苦戦は続いたが、ジェスタンさんが戦線を支えてくれた。さすが熟練のドワーフだ。最後はカミーユがグールにショートソードでとどめをさして、ようやく戦闘が終わった。


 洞窟の奥には目当ての泉があった。その水はかすかに青白い光を放ち、神秘的な雰囲気を醸し出していた。ジェスタンさんが膝をついて祈りを捧げると、泉から精霊が現れた。ジェスタンさんは精霊に、父の仇であるホブゴブリンのもとへつながるポータルを開いてくれるように頼んだ。

「諸君、さらばじゃ」

 ジェスタンさんはそう言い残して、ポータルの先へ去って行った。今回もあたしたちの願いは聞いてもらえなかった。精霊はあたしの顔を見て、意味ありげに笑ったような気がした。


 始まりの冒険を終えて、王都に戻って祝杯をあげる。いつもの「遠い日の思い出」亭だ。店内では陽気なざわめきと、肉の焦げるおいしそうな匂いで充満している。

「アルチュールの両手剣、全然当たんないねー」

 などと、レティシアが辛辣なことを言ってる。顔が赤い。もう酔っている。

 アルチュールは気にする様子もなく、苦笑いを浮かべている。

「前衛にはもっとしっかりしてもらわないとな」

 カミーユも笑いながらアルチュールをからかっている。彼の目はいたずらっぽく細められ、口元には品のない笑みが浮かんでいる。

「あんまりそう言うなよ。次はガンバるからさ」

 アルチュールとカミーユがタメ口で話している。前は、カミーユはアルチュールに対し敬語を使っていた。アルチュールは特別だというように。でも今回は、そんな隔たりは感じれらない。ちゃんと仲間になれたんじゃないかな。よかったね、アルチュール、カミーユ。




 後世の歴史家たちは、勇者アルチュールが最初の冒険で麻痺した事実を記述しない傾向にある。彼らはこれを、勇者にふさわしくないとして無視するか、そもそもそんな事実はなかったと否定するのだ。しかし同時代に生きたブリュノが、著書にその事実を明確に書き残している。

 ブリュノの別の記述によれば、カミーユが配下の者を諭す際に、しばしばこの逸話を引いて語ったという。

「あの勇者アルチュールとて、最初から偉大であったわけではない。最初の冒険において、彼は情けないほどだらしなく麻痺していたんだ。だから君も、些細な失敗をいちいち気に病む必要はない」

 と。そしてそう語るカミーユの顔には、品のない下卑た思い出し笑いが浮かんでいたとも記している。遠く懐かしい日々を、昨日のことのように追想しているようであったとも。

 ブリュノがカミーユに対し、良い感情を抱いてはいなかったことは、歴史的な事実として広く知られている。そもそも同時代の人間で、その妻以外にカミーユに好意を抱いていた者は、極めて少数であった。故に「品のない下卑た思い出し笑い」というブリュノの描写は、多分に彼個人の悪意と偏見に満ちた誇張が含まれている可能性を疑うべきだろう。しかしながらそのブリュノが記録を残しているだけに、アルチュールの初戦での麻痺の話は事実であろうとされているのは、歴史記述の逆説の一つである。




 最初の冒険を終えて、あたしたちは「ウサギ小屋」と俗称される、小規模なダンジョンをいくつかめぐった。

 罠があるたびにレティシアは、

「スカウトがいると、「盗賊の手」はいらないね」

 って喜んでいる。

 実際、まだまだカミーユの罠感知、罠解除能力は低い。でもいてくれるだけで心強いよ。実際、彼が慎重に足元や壁のわずかなくぼみを調べ、細心の注意を払って作業している姿は、あたしたちにとって、なによりの安心材料だった。


 冒険中の野営の夜、凍えるような星空の下で、アルチュールからベルナールとの関係を聞いた。アルチュールは、ベルナールをただの幼なじみとしか思っていないようだったけど、ベルナールの方はそれとは違う感情を抱いているんだよ。

 この時、寒そうにしているアルチュールに、あたしは首に巻いていた赤いマフラーをあげた。彼はそのマフラーを、その後もずっと身につけ続け、純白のマントと真紅のマフラーは、いつしか彼のシンボルみたいになった。敵の返り血で染まったマフラーだなんて失礼なことを言う奴もいた。

 代わりにと、後日アルチュールから貰った黄色いマフラーは、その後の冒険で事件に巻き込まれた、とてもかわいそうな少年にあげて、あたしはまた赤いマフラーを買いなおした。


 その冒険では、商店を襲ったリザードマンを倒し、ついでに村一番の土地持ちとなっていた、騎士の元従者の悪行を暴いた。彼は仕えていた騎士から魔法の燭台を奪って、私腹を肥やしていたのだ。

 この元従者は裁かれるべきだと思うけど、このころの村々にはまっとうな手段で村民の信望を集める有力者たちがいた。彼らのエネルギーをどうにか組織化できないか、というのがアルチュールのやっていた従士身分を与えるという政策だった。彼らに協力してもらって、王国を良くしていこうというのが、彼の理想だったんだ。

 あ、そうそう、この冒険で手に入れた呪われたダガーはカミーユが持って行った。


 いくつものダンジョンを攻略し、王都やそのほかの都市、村々で様々な事件を解決していくうちに季節は巡っていった。

 アルチュールの剣技は目に見えて鋭さを増し、ぺルナールの魔法はより強力に、カミーユの罠解除能力はますます洗練されていった。レティシアの信仰の力も高まり、あたしのエペの腕も少しは上達したはずだ。

 そんなふうに、いくつもの経験を積み重ね、最初の冒険から、気づけば三年ほどの月日が流れていた。


 あたしたちは依頼を受けるだけの生活から抜け出して自分たちで新しい冒険を見つけるために東の国境を越えて、イの国に足を踏み入れた。このころ、レティシアは地図製作に目覚め、暇があると羊皮紙を広げ、ペンを走らせていた。彼女がこのとき作った地図は、まえのウヌクアルハイ城防衛戦で、とっても役に立った。


 イの国の山岳地帯は林業で栄えている地域だ。ここで死体を労働力として木材を加工・販売していたネクロマンサーと戦った。

 食料も休息も給料もいらず、文句も言わない労働力……。ベルナールもカミーユも素晴らしいと感心している。おいおい、仲いいな、おまえら。レティシアは死者に対する冒涜だと怒っているし、アルチュールも良くないことだと言ってるぞ。

 で、ネクロマンサーの作業拠点へ乗り込んで、ゾンビやスケルトンなどのモブ敵に無双して、ネクロマンサーと対峙する。彼が口を開きかける。レティシアが問答無用と、メイスで殴りかかろうとするのを、カミーユがその腕をつかんで止めた。

「待て。奴は俺たちの知らない話をしている」


 ネクロマンサーの演説は、昼夜をわかたない生産、食料の乏しく移入に頼らざる得ない山岳の食料問題、そしてアンデットを使用した林業が、いかにこの地域を豊かにするかを述べるものだった。ベルナールとカミーユは真剣に聞いている。カミーユはメモまで取っていた。あたしは退屈であくびが出た。

「まだ?」

 と聞くと、二人が揃ってこっちを向き、あたしをにらんできた。

 アルチュールは黙ってネクロマンサーとの間合いをはかっている。レティシアはメイスを置き、神さまに祈っている。あたしだけが手持無沙汰で退屈していた。

 よくやく演説の一区切りがついたところで、あたしが言った。

「はい。じゃもういいね」

 ネクロマンサーの直接火力なんて大したことはない。彼は即製のアンデットを呼び出して抗戦したが、あたしたちの敵じゃなかった。


 あたしが、前もこんな感じだったかなと、ふと違和感を感じ始めた時、モンスターの鳴き声が聞こえた。

「グリフォンだ」

 ベルナールが叫んだ。空を飛んであたしたちの方へ向かってきた巨大な影が、地面に音を立てて降り立った。ワシの上半身、ライオンの下半身。前はもうちょっと登場が早かったよね。

「興奮している。このままだと村が危ない」

 アルチュールが剣を構えながら言う。

 グリフォンは住処である森林を荒し、騒音を巻き散らかした人間に対して激しい怒りをあらわにしている。人間を襲おうとしている。もとはと言えば森を荒した人間が悪いんだけど……、戦うしかない。

 あたしが弓で右翼を打ち抜いた。ベルナールも魔法の矢で左の翼を打ち抜く。空中に舞い上がろうとしたグリフォンが、体勢を崩して、地面に降り立った。これで地上戦だ。グリフォンはネクロマンサーとは比べ物にならないほど強かった。ベルナールが魔法で支援攻撃をし、レティシアが回復と直接打撃で戦闘に参加するなどして苦闘の末にようやく倒した。


 ネクロマンサーとグリフォンの財宝の中にはいくつかのマジックアイテムがあった。アルチュールは炎の出る両手剣、レティシアは対ブレスの特効を持つ魔法の盾、ベルナールは敵の動きを封じる魔法の巻物、カミーユは気配を消す腕輪、あたしは魔法を相手に跳ね返す指輪。指輪は今回もアルチュールがはめてくれた。

「ジジ、いつもありがとう。これからもよろしく」


 前の前は、このあとの打ち上げでベルナールを殴り、あたしはパーティを抜けた。今回はベルナールの人の神経を逆なでするようなダメ出しはなかった。

 宿屋での祝杯で、ベルナールとカミーユは楽しそうに話し合っていた。ネクロマンサーの演説の件で意気投合したみたいだった。何の問題もない、フツーの祝杯だった。レティシアがケラケラ笑い、アルチュールが笑いながらみんなの話を聞いている。ホント、クリシェで楽しい飲み会だった。




 ワの国、サジッタ地方のアイ城の城主はヴァンパイアだ。およそ百年ほど前、城主が突如ヴァンパイアになってしまったのだ。その事実が明らかになると、王国は討伐隊を送った。しかし建築マニアの城主が増築を重ねて迷路のように複雑になった城に誘い込まれ、討伐隊は全滅した。その後王国は、ヴァンパイアとなった城主を倒したものに、その領地を与え、貴族に叙すると布告を出した。


 この話を持ってきたのはレティシアだった。立ち寄った教会で聞いてきたんだそうだ。アンデットの跋扈は教会としても由々しき問題なんだろう。

 冒険者として名をあげてきたあたしたちに、ふさわしいクエストだと、彼女は目を輝かせて語った。

 そろそろ冒険の拠点やアイテムの保管場所が欲しくなったころだったから、あたしたちはすぐに装備を整え、アンデットの嫌う銀製の武器や聖水を買い集め、アイ城に向かった。


 城の中に入ると、大量のゾンビやスケルトンが現れた。建築の労働力として有用なんだろう。またかよ。死体を労働力にするのが流行ってんのかよ。

 彼らはつるはしやハンマーで襲いかかってきたが、大半は神官レティシアのターニング・アンデットで処理された。聖なる光に焼かれ、塵となっていく彼らを見ていると、あたしは少しだけ悲しい気持ちになってしまった。ゾンビを作成するのに多くの時間と手間がかかるだろうに、一瞬で消え去ってしまうのは、なんだか虚しいものだ。

 他にも迷路のような城には、様々なモンスターが住み着いたけど、それは主に前衛のアルチュールとあたしで倒した。


「なんでダンジョンって、戦力の逐次投入をしちゃうんだろうね」

 薄暗い通路を進みながら、あたしは思わず口に出した。クリシェな展開やデジャブに少し飽きていたから、そんなことを言っちゃったのかもしれない。

「逐次投入なんて軍事用語、よく知ってんな」

 カミーユがいつものようにからかうような口調で言う。

「逓減って言葉、知ってるか?」

 横からベルナールが口を出してきた。知らねーよ。おまえに聞いてねーよ。いつものベルナールだ。

「少しずつ減らしていくってことよ。私たちの体力、魔力、消耗品なんかを徐々に削っていってるのよ」

 レティシアが優しくフォローしてくれた。彼女の穏やかな声は、張りつめた城の空気に、ささやかな安らぎをもたらしてくれる。

「ふーん」

 あたしは上の空で、ベルナールとレティシアはもしかしたら、お似合いなんじゃないか、なんて場違いな夢想をしてた。そんなあたしたちの様子をアルチュールが微笑みながら見ている。今回はなんか違うんじゃないかという気がする。


 そうこうしている間に、大きな扉の前にたどりついた。前回はこの部屋の中の罠が発動して、体力が削られ、ボス戦はなんとかギリギリの勝利だったのを思い出す。そうか逓減か……。

 今回は優秀なスカウト、カミーユのおかげで、その罠も難なく解除された……、と言いたいところだが、解除には三時間以上かかっていた。カミーユはその間、汗だくで、神経を研ぎ澄ませて作業していた。


 何度もループして大変だと思うのは、相手との情報の差だ。例えば今のあたしはアルチュールの身体のホクロの位置まで知っている。前のアルチュールは、あたしが知っていることを知っている。でも、今の彼はあたしが知っていることを知らない。不意に彼が知らないことを言ってしまうと、怪訝な顔をさせてしまう。

 だから、ループするとあたしの知ってることを、相手から聞き出すという作業が必要になる。今回のあたしが、前に較べておしゃべりなのは、意図的にその作業を行っているからだ。何度もループしていると、そういう知恵がついてくる。

 カミーユは鍵の解除を試みている間に、あたしの知ってるアルチュールのことを色々聞き出していた。好きな料理とか、前に作ってあげたなとか思い出しながら。ちょっと尋問のようだったかもしれない。もちろん鎧を脱がせて、ホクロの確認なんかしなかったけどね。

 アルチュールとの会話は楽しかった。でもその途中で、

「開いたぞ」

 とカミーユが得意げに言った。空気を読めないやつだな。あたしは舌打ちをした。

 扉と、それに連動して動く複雑な罠を解除して、あたしたちは部屋に入った。部屋の中央にはぼうっとした人影が浮かんだ。

「ファントムよ」

 レティシアが小声で言った。生前に悔いを残して死んだ人間の亡霊だ。ひやりとした空気が肌を撫でる。えっ、前回はこんな展開なかったぞ?

 あたしたちはすぐに戦闘隊形を整えたけど、ファントムは戦うそぶりを見せず、

「武器をおさめなさい、若者たちよ」

 と、あたしたちに話しかけてきた。

 このファントムはヴァンパイアの城主の父親なんだって。息子がヴァンパイアになって王国に反抗したのがどうしても許せなくて、ファントムになっちゃったんだそうだ。

「息子に、永遠の安らぎを与えてやって欲しい」

 そう言ったファントムの顔は、ひどく寂しそうだった。

「そのために、あれを使って欲しい」

 ファントムが壁の一部を指さした。カミーユが慎重に近づいて確認すると、隠された小部屋が見つかった。そこには豪華な鞘に収められたショートソードがあった。エルフの文様が刻まれている。

「それは我が家宝の、エルフ銀製のショートソードだ。不浄のものは触ることさえできない。私も息子も、もはや、その家宝を持つことはできない。それを使って息子に永遠の安らぎを……」

 そう言い残して、ファントムは消えていった。そのショートソードはあたしが持つことになった。


 ヴァンパイアとの戦い自体は、あっけなく終わった。けど、口上が長かった。前回は不意打ち同然で、瞬間最大火力をぶつけ、あとは力押しでなんとか勝利をもぎ取ったんだけど、今回は対アンデット用の強力なエルフ銀製のショートソードがある。だから、正々堂々と正面から戦うことにしたんだけど、それによって、ヴァンパイアの、父親に対する恨み辛みを散々に聞かされる羽目になった。

「私は建築さえできれば良かったんだ。他はなにも望んでいないのに、なぜ父は私を理解してくれなかったのか!」

 とヴァンパイアは言った。彼の声には、怒り、悲しみ、そして深い絶望が込められていた。

 ファントムになった父親も大概な毒親だな、とあたしは思った。家の体面だけを考え、息子に独立した意思がある、なんて少しも考えない父親だった。

 ヴァンパイアは、喉が張り裂けるかのように切々と訴え続けた。この百年間、誰も彼の話を聞いてくれる人がいなかったんだろうな。

 彼の言葉には同情の余地がある。もしあたしが君の友達だったら、そうだねって、君の味方になると思う。でも、ここまできたら、もう引き返すことはできない。あたしは手にしたショートソードを、迷いなく振り下ろした。その重みが、腕を通して心臓にまで伝わってくる。

 目がかすむ。泣いていたのかもしれない。かすんだ視界の中に、ファントムが現れて、ヴァンパイアの魂を天上に連れて行くのが見えた気がした。向こうで良く話し合えるといいな。

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