第28話(全36話) 五周目の始まり、旅の仲間
最初に王都に来た時に泊まった宿屋で、あたしは目を覚ました。ここで目覚めたのは、これで三度目。もう最初の時のことは記憶の彼方にある。確か、希望に満ちていて、世界がキラキラ輝いて見えていた気がする。
顔を洗うため、洗面器に水を注ぎ入れた。その水面をのぞくと、そこには六九歳の、まだ少女のあたしがいた。化粧っ気のない顔。あたし、エルフだから十年なんて時間で顔かたちがそんなに変わる訳じゃないけど、化粧で肌が荒れていたんだな、と思う。あと作り笑いとか、いっぱいしてたのかな。水面のあたしは、自然にあたしに微笑みかけていた。
身支度をすませて外に出てみた。
通りには様々な人が行きかい、子どもたちの楽しそうな笑い声も響いている。魔王がまだいるってのにほとんど誰も気にしちゃいない。ここは魔王がいるのが当たり前の世界なんだ。
王都の石畳の街路を歩き、広場をブラつく。そうそう、あの陽光のさしこむ部屋で、アルチュールとカリーヌと三人でお昼を食べていたんだった。あたしは彼と一緒にいるだけで幸せだったけど、彼はどんなふうに考えていたんだろうな。もっとアルチュールのことを知ろうとすべきだった。あれ、涙が出ちゃった。これからまた、彼に会えるのに……。
街は十年分新しいはずだけど、あまり変わっていなかった。途中、宰相オフィウクス公の豪華な馬車を見かけた。手入れの行き届いた、毛並みのいい馬が繋がれている。まだまだ彼の権勢に陰りはない。
広場では五歳くらいの男の子が優しい面差しの女性に見守られながら遊んでいた。あれ、きっとセブラン卿だ。別の世ではアルチュールの政治を支えて、一緒に首を切られちゃった。でも、この時はまだこんなに小さくて、あどけない表情をしていたんだ……。彼は孤児としてレティシアに育てられたんだけど、側にいる女性は、母親だろう、よく似ている。この時まではお母さんは生きていたんだ。
そうこうしている間に目的地が視界に入ってきた。古びた木の看板には「遠い日の思い出」と彫られている。王都の南門近くに位置するこの場所は、冒険者とその卵たちが集う場所だ。最初の人生で、初めてここに来たときは、扉を開けるのにひどく緊張したのを憶えている。でももう三回目だし。躊躇なく古びた扉を開けて中に入る。
店の中は使い込まれた椅子と卓がならび、、鎧や武器のぶつかる金属音が響いている。冒険者たちのざわめきが騒がしい。喧噪の奥にマスターのレモンさんがいる。全然変わんないなー、この人は。
あたしは手近な卓に座った。懐かしさで高ぶる気持ちをを押し隠し、落ち着いたフリして、エールと適当なものを、とバーメイドに注文した。
年季の入った建物、年季の入ったマスター。初めてきたときはその雰囲気に圧倒されたけど、今は懐かしい我が家のような安心感を覚える。エールが届くとレモンさんに自己紹介に行った。
「エルフの軽戦士。パーティメンバーを探している」
レモンさんは無言でじろりとこちらを見た。そしてうなずいた。これで儀式はすんだ。あとはアルチュールたちを見つけるだけだ。
店の中は様々な格好をした冒険者たちでにぎわっている。これから何日かかるかわかんないけど、ここでアルチュールたちを探すことになる。でも今日はそのことは忘れて、久しぶりのレモンさんの料理を心行くまで堪能することにしよう、とそう思った。
「遠い日の思い出」亭に通うようになって何日が過ぎただろうか。毎日、きしむ扉を開けるたびに、期待と不安が入り混じった感情が押し寄せる。
「今日もいない」
店の喧噪の中を一通り見回し、アルチュールたちがいないことを確認すると、期待は苛立ちに変わる。いつもの席で一人、苦いエールを飲む。
もしかしたらここで待っていてもアルチュールたちに会えないかもしれない。もしかしたら別のルートに乗ってしまったとか。そんな考えが頭をよぎると、息苦しくなる。
そんな苛立ちと不安が、あたしの心を覆いつくそうとしていた、ある日の昼下がりだった。いつものように「遠い日の思い出」亭の扉を開け、あきらめに近い気持ちで視線をめぐらせた、その時だった。
いた。
店の奥の方に見慣れた三人の姿があった。心臓が止まるような感覚。間違いない。アルチュール、ベルナール、そしてレティシアだ。
あたしは何気ないフリをして近くの席に座る。そして、できるだけ自然な感じでバーメイドにエールと食べ物を注文する。エルフの特技の聞き耳をたて、彼らの会話に意識を集中させる。
彼らはドワーフのジェスタンの依頼を受けるかどうかの相談をしていた。ゴブリンと戦うには前衛が欲しいと言っている。で、時折あたしの方をチラチラ見ている。店の中を見渡すとそのジェスタンもいる。
あたしは覚悟を決めた。いやもうすでに覚悟は決まっていたんだ。静かに席を立ち、アルチュールたち三人の卓に近づいていく。
「ちょっと聞こえたんだけど、前衛を探しているんだって?」
声をかけると、三人は一斉にあたしを見た。
「ああ」
緑灰色のローブを着た少年が、ぶっきらぼうな口調で答えた。魔法使いのベルナールだ。この時はまだ一四歳だったかな。幼い顔をしておじさんみたいな話し方をするのがかわいい。前は気に食わないガキだな、と思ってたけど、今回は不思議なことにかわいいと思えてしまう。そりゃ、十年後の枯れ木のようなベルナールに較べれば、たいていのものはかわいく見えるものだ。
「あたしを仲間に入れてくれないかな?」
三人の顔を順番に見ながら、そう言った。アルチュールは驚いたように青い瞳を丸くした。一七歳のアルチュール。茶色い長い髪を首の後ろで無造作に束ねている。純白のマントが良く似合っている。
「実はこちらからお願いしようと、ちょうど話していたところだったんだ。もちろん大歓迎だよ。よろしく」
アルチュールがいつもの穏やかな優しい笑顔で言った。
「私はレティシア。神官です。お名前はマスターから聞いています。よろしく、ジュヌヴィエーブ」
レティシアが言う。ピカピカの板金鎧をカフェオレ色のマントで覆っている。この色のマントは彼女の教団のコスチュームみたいなものだ。ただ、この色をカフェオレ色という者はまだこの街にはいない。
これから数年後、コーヒーという苦い飲み物がこの王都ポロフレに伝わり、大流行する。コーヒーが広まり、カフェができて、それがレストランに変わるのだけど、それにかかった時間はたった十年だった。いくら何でも変化が早すぎる。けどそれはまた別の話。
「よろしく、レティシア」
「僕は戦士のアルチュール、よろしく、ジュヌヴィエーブ」
「俺は魔法使いのベルナールだ」
みんな丁寧に自己紹介してくれた。みんなのことは、もうずっと前から知ってるけど。
「よろしく、アルチュール、ベルナール。あたしのことはジジって呼んで」
「わかった。ジジ、これからよろしく」、
アルチュールはそう言って立ち上がり、あたしに手を差し出し、握手を交わした。
三人はあたしを歓迎して、乾杯してくれた。ちょっと贅沢にエールのジョッキの底には香辛料を乗せて焼いたパンが沈んでいる。
みんなのジョッキが空になったタイミングで、あたしは口を開いた。次はあいつだ。
「ねぇ、戦士、魔法使い、神官、そして軽戦士のあたし。このパーティ、まだ何か足りないんじゃない?」
「ん? どういうこと?」
レティシアが骨付き肉にかぶりつきながら聞いてきた。アルチュールもベルナールもあたしに不思議そうな視線を向けてくる。
「スカウトがいるな、って」
あたしは三人に向かって言った。
「その通りだな。でも心当たりがあるのかい?」
アルチュールがいつもの落ち着いた声で聞いてきた。
「そうだねぇー」
あたしはわざとらしく語尾を伸ばしながら、店の中を見渡した。エルフは背が高いと言っても、座って見渡せる範囲には限界がある。みんなに断って立ち上がると……、いたいた、漆黒のスカウトが。カミーユだ。店の隅の方でエールを飲みながらさりげない様子で、こちらに聞き耳を立てている。
「ちょっと待ってて」
三人にそう言い残し、あたしは、カミーユのいる席に近づいていった。
「ねえ、ちょっと。」
隠れて注目してた方向から、突然見知らぬエルフがやってきて、声をかけてきたので、カミーユは明らかに動揺している。驚愕した瞳であたしを見上げている。
「なんだ、おまえは」
彼の言葉には、あたしに対する警戒の色がにじんでいた。
「君、さっきから聞き耳を立てていただろう? 話はわかっているはずだ。一緒に行かないか?」
あたしは彼の態度にかまわず用件を伝えた。彼の表情には、自分の行動がバレていることへの戸惑いと、自分の考えが読まれていることへの驚きが入り混じっていた。 あたし、君がアルチュールのパーティに入りたかったことを知っているんだ。
「どうして俺が、おまえらなんかと……」
カミーユの言葉の最後は、かすれて消えた。激しく動揺している。ジョッキを握る手が小刻みに震えている。カミーユはそうやすやすと他人に本心を見せる人間じゃない。なのに目の前のエルフは俺の本心を見透かしている、そう考え、プライドが傷つき、動揺している。
こいつといい、ベルナールも王さまも、男の子はみんなアルチュールに惹きつけられる。アルチュールのどこにそんな魅力があるのかあたしにはよくわからない。今回は彼からのお誘いじゃなくてごめんね。
「いいから、一緒に行こうよ。あたしは君の未来のきっかけになりたいんだ」
カミーユはあたしから目を離し、ジョッキの中の液体を見つめている。深く考え込んでいる。けれどそんなに考える必要なんかない。君のやりたいように進めば、未来で君のルイーズが待っているよ。
「どうして俺が……」
同じ言葉を、さっきよりももっとかすれた声で繰り返す。カミーユは一瞬、アルチュールのいる卓の方へと視線を向けた。その一瞬をあたしは見逃さなかった。
「今回は後悔させないからさ。一回でいいから付き合いなよ」
なおもはっきりとしない態度のカミーユの腕を、あたしは強引に引っ張った。カミーユは抵抗すような素振りを見せたが、すぐに力を抜いた。迷惑そうな演技を続けているが、それは本気の抵抗じゃない。そのままみんなの所まで連れていく。
卓に着くと、カミーユは自分から自己紹介をした。
「スカウトのカミーユだ。入ってやってもいいぜ」
こういう奴だよ、カミーユは。アルチュールはそんなカミーユの態度など、全く気にすることなく、満面の笑みで彼を歓迎した。レティシアはいつものどっちでもいいと言う。ベルナールは、露骨に不満そうな顔をしたが、あたしが
「人には出会いが必要なんだよ」
と言って黙らせた。
こうして今回は、戦士アルチュール、魔法使いベルナール、神官レティシア、スカウトカミーユ、そして軽戦士のあたしジジの五人のパーティで冒険を始めることになった。
後世の歴史物語作家たちは、とかく劇的なものを好み、事象をクリシェな言葉で飾る傾向がある。この五人の邂逅も「酒場の誓い」という、大仰な呼称を用いて特別扱いしている。この瞬間から歴史が変わったとでも言いたいように。
だが、同時代に記録を残したブリュノの記述は驚くほど醒めており、事務的ですらある。「この頃、アルチュール、ベルナール、レティシア、カミーユ、ジュヌヴィエーブがパーティを組んだ」と。それは他の名もなき無数の冒険者パーティの結成と何ら変わることのない、淡々とした記述である。実際そのようなものだったのだろう。
その当時の誰も、本人たちでさえ、この出会いがその後の大陸の歴史を大きく揺るがすことになろうとは想像すらしていなかったのだ。五人の当事者による証言の間で、この日の日付に齟齬が見られるという事実が、その証左と言える。
しかしながら、後に「アルチュールのシンジケート」と呼ばれることになる集団の萌芽が、確かにこの時に形成されたという事実は、やはりこの出会いを、歴史上特別なものとして際立たせている。




