第10話(全36話) 魔王討伐
ある日、旅先の宿屋であたしたちを身なりの良い貴族が訪ねてきた。
剣士アルチュールは城主、あたしたちもその配下の騎士っていう社会的身分を持っているから、旅先でもその地の領主館に滞在させてもらったり、教会に泊めてもらったりもできるんだけど、あたしたちは慣れた宿屋に泊まることが多い。貴族の端くれと言うよりもベテランの冒険者でいる方が居心地がいいんだ。
で、そんなふうに城を空けて、冒険している時に客があった。豪華な馬車に乗っていて、繋がれている馬も立派なものだった。
彼はオリビエ卿と名乗り、言った
「高名なアイ卿とみなさま方にお願いしたいことがあります」と。
騒がしい酒場の中で、場違いさを感じさせるオリビエ卿、周りの女の子たちがチラチラと視線を向けてくるのは服装だけのせいではないだろう。気品なある立ち居振る舞いと、顔の造形がそうさせるのだ。
彼の話を要約すると、王からの魔王討伐の依頼だった。あたしたちもそろそろじゃないかと覚悟していたからすぐにその依頼を受けることにした。
王命の話が済むと食事会になった。オリビエ卿はいける口だった。酒は嫌いじゃないようだった。普段はもっと上等な酒を飲んでいるだろうに、宿屋の自家製のエールを美味しそうに飲んでいる。
「ここで会えてよかった。最初アイ城に伺ったのですが、留守だと言われて、あちこち探し回ったんです。アイ卿、ここで会えて本当に良かった」
それなりに酔いが回ったころ、オリビエ卿とカミーユが店の端の席に移った。トイレに行くとき二人の話が聞こえてきた。
「君は……」
「今はカミーユ呼ばれている」
「わかった、カミーユ。再会できてうれしい。オロールも僕も君を探していた。あれからどうしていたんだ?」
「オロールには秘密にしておいてくれ。時がきたら自分で話す」
「わかった。でも君たちを指名したのは彼女なんだ。偶然かもしれないし、何か知っているのかもしれない」
「そうかもしれないな。彼女は昔から妙に勘の鋭いところがあった」
あたしはあのコソ泥に貴族様の知り合いがいたなんて意外、と思いながら席に戻ってレティシア司教様と酒を飲んでいた。
数日後、王様に謁見することになった。国王殿下直々に「魔王討伐」の命を受けると決まったあと、あたしたちの生活が慌ただしくなった。まずアイ城に戻って、アルチュールが城主に叙任された時に仕立てた服を取り出して、ホコリを払って、のしをかけた。アルチュールはもう魔王城への行程の計画に余念がなく、結局アルチュールの服の用意もあたしがやった。そのあとオリビエ卿から一通り作法を教わって準備を整えた。
王宮での儀式自体は流れ作業の様だった。あたしたちの番は王都の製パンギルド長の陳情のあと、南部地域の貴族の特産品の献上の前だった。この前、行ったことのある控えの間でしばらく待たされたあと、謁見の間へ向かった。
細長い謁見の間。右側には武装を整えた騎士隊長クラスがズラーっと。左側には平服のお偉いさん方がズラーっと並んでいる。正面には立派な王座があって、そこに座っているのが王様だろう。その左にいるのが宰相閣下だ。
オリビエ卿があたしたちの先頭に立って謁見の間の扉を通り、長い謁見の間の中央あたりまで進んだ。身分によってどこまで進めるかが決まっているらしい。アルチュールの爵位からいうとここが適切なんだそうだ。
「アイ卿一行をお連れしました」
オリビエ卿が言う。あたしたちは一言もしゃべるなと言われている。黙って膝をついて、頭を下げた。
「オリビエ卿、魔王討伐では王国の名だたる貴族、騎士たちがすでに何人も命を落としておる。この方ら、どこの馬の骨とも解らんものらに、本当に期待できるのか?」
と宰相が言う。噂通りの嫌な奴だ。こいつが宰相になってから王国の政治が悪くなったと世間では言われている。
「おそれながら、アイ卿は王国の立派な貴族です。またキグヌス大公領内の竜退治で実力は証明済みです。すでに勇者の資格は十分に備えております。なにとぞ、魔王を討伐せよとの御言葉を戴きたく存じます」
オリビエ卿が背筋を伸ばした姿勢で、王座に向かって言った。あたしたちは黙っている。少しの間があって王座がしゃべった。
「魔王を討伐せよ」
それで終わりだった。
あたしたちは、手の込んだ綺麗な織物を従者に持たせた貴族に場所を譲って、先ほどの控えの間に戻った。オリビエ卿はここでしばらく待つように言って出て行った。さっきは緊張して観察する余裕がなかったけど、いろんな人たちが所在なさげに集まっていた。聖職者、貴族、商人、農民、トールマン、エルフ、ドワーフ、ダック……。
暇だ。魔導士ベルナールは巻物を読んでいる。どうやって隠し持ってきたんだよ。剣士アルチュールは素手で剣の素振りの真似事をしている。趣味が剣の修業と、剣のお手入れって奴だからな。司教レティシアは謁見の順番を待っている同業者と話をしている。こういう時に時間を潰せる相手がいたっていうのはうらやましいな。スカウトのカミーユは部屋に飾られている絵とか調度品を眺めている。値踏みでもしているのだろうか。あたしはすることがないので、カミーユの真似をして部屋の中のものを見て回った。それで分かったのは、こういう所に飾ってあるものは、あたしみたいな人間が手持無沙汰な時間を潰すためにあるって事だった。
お茶のお代わりを五回ほどしたあとでオリビエ卿が戻ってきた。あまりにも時間がありすぎたので、不思議な表情をした女性か男性か分からない肖像画を見ていたあたしは、カミーユの、
「知ってるか? この絵の作者の本業は軍事技術者なんだぜ」なんていうウンチクを聞かされる羽目陥っていた。そんな地獄から解放してくれたオリビエ卿は救いの神のように感じたけど、よく考えたらその原因を作ったのも彼だった。釈然としない思いを抱えながら、
「ついて来てください」
という彼に、みんなと一緒についていった。
王宮の庭園に連れていかれた。簡素なあずまやがあった。老人が座っている。あずかやに近づくとオリビエ卿が、
「殿下だ」
と小声で言って膝をついた。あたしたちもつられるように膝をついた。身体を動かしてから驚きが来た。えっ、王様がこんなところに? なんでいるの? いや王宮に王様がいるのは当たり前のことなんだけど……。
「そうかしこまる必要はない」王様が言った。「立ちなさい」
オリビエ卿が立ち上がり、あたしたちにもそうするようにうながした。
「アイ卿、卿らの活躍は私も聞いている。なんとしても魔王を倒してくれ。この国の住民だけではなく、首飾り諸国の人々に恐怖を振りまく魔王を倒してくれ、頼む」
王様は立ち上がり、アルチュールの手を両手で握った。アルチュールはオリビエ卿の方を見た。口を開いていいのか迷っているんだろう。生真面目な奴だ。オリビエ卿はうなずいた。
「命にかえましてもご命令を果たしてまいります。ご安心ください」
アルチュール、泣いてる。そう思って王様を見ると王様も泣いている。
民を思う王様の気持ちを知って勇者が泣くってアレか、そういうやつか、クリシェだな。そう思って周りを見渡すとレティシアももらい泣きしている。カミーユも目が潤んでいる。こいつ意外と涙もろいんだな。オリビエ卿も、よかったっていう顔をしている。無関心なのはあたしとベルナールだけだった。
あたしはその時、誰かの視線を感じていて、そちらの方が気がかりだった。
魔王城は王国の西部、西の隣国と国境を接した州にある。元々はその郡を支配していた伯爵の居城だったが、魔王が攻め取り、改修を繰り返して禍々しい城にかえた。ここに魔王とその取り巻きたちがいる。魔王は旧伯爵領を直接支配し、州内および隣接州にモンスターを送り込み、略奪、破壊の限りを尽くし、去ってゆく。その被害は隣国にまで及んでいる。
あたしたちが魔王城に向かっていく途中、魔王たちの襲撃を受けた村々を通った。魔王軍の襲撃を受けた領主は、領民を居館・居城に避難させ、モンスターたちが家や畑を略奪し破壊するのを祈りながら見ているだけだったという。祈りが通じれば被害は家と畑だけで済み、祈りが通じなければ避難所も襲われ、命も失った。
州に入る前から襲撃のあとを見ることができ、州に入ると被害を受けていない集落はなかった。
カリーヌもこの州の出身だったな。あたしは娼館の同僚だった女の子のことを考えた。
所々で伯や城主や騎士らの居城・居館に立ち寄った。そこで国王殿下の免状を示して便宜をはかってもらうのだけど、みんな冷淡だった。露骨にまたか、という顔をする者もいた。魔王の襲撃を受けながらも土地を離れずにいる人たちから希望が失われていた。
魔王城のある郡に入ると、そこはもう無人だった。集落の痕跡だけを残して、人は消え去っていた。
村に入ってみた。ここで幸せに暮らしていた人たちがいただろうに、床板まで開けられ、食料になりそうなものはみな持ち出され、食器や生活用具が散らばっていた。
魔王城の道中、パーティ内ではいざこざが絶えなかった。カミーユの加入は、あたしたちのパーティに波乱を巻き起こした。言ってみればベルナールが二人に増えたようなものだ。パーティに毒舌家は二人はいらない。
カミーユは二言目にはアイ卿への敬意が足りないと言う。あとから入ってきた人間がなに言ってんだよ、と思う。
レティシアはいつものように大した問題ではないという顔をしているけど、内心ではかなりイラついているようだ。普段の言動から優雅さが失われてきている。
アルチュールもアルチュールだ。王様から頼りにされているって舞い上がっている。エライひとは誰にでも信頼しているって言うもんだよ。まったく放っておけない奴だ。
ベルナールは相変わらずなに考えているんだかわかんない。でも、この間の異世界での冒険を通して、人の気持ちがわかるようになった気がする。
パーティには不協和音が響いている。けど魔王城に近づくにつれて目に入ってくる被害の状況が、あたしたちの気持ちを一つにした。
誰かがそれをやらなくちゃいけない。その期待を受けたのがあたしたちだったんなら、なんとしてもやり遂げなくちゃいけない。パーティの解散はそのあとだ、ってね。
魔王城に入ってから苦戦が続いている。負けているという訳でなく、確実に継戦能力が削られているのだ。
伯爵の城が魔王に占領されて増築が重ねられ、今では迷宮となっている。
モンスターを倒し、罠を解除し、隠れたドアを探し出して奥へ奥へと進んでいく。すべてが手探りだ。歩みは遅々としていたが、着実の進んでいる。
「もう半分はすぎたかな」
アルチュールがバックパックを背負いなおしながら言う。
「もうちょっと進んでいるのではないでしょうか」
カミーユがそれに答える。
レティシアは周りを見渡しながら手書きのマップに書き込みをしている。
まあ、苦戦はしているけど、順調な方なんだろう、そう思い込むことにした。
あたしたちは大きな扉の前に立っている。カミーユが罠がないか確認している。
これだけ大きな扉だ、中は大きな部屋があり、強力なモンスターがいるだろう。ここが魔王に至る関門の一つだ。冒険者としてのカンがあたしにそう告げていた。周りを見渡す。みんなも同じ考えなのがわかった。あたしは右手のエストックを握りなおした。
「開けるぞ」
カミーユが言い、ゆっくりと扉を開けた。部屋に光が入っていく。人型の影が三体。アルチュール、レティシア、あたしが部屋に入って広がる。遅れてベルナールとカミーユが中へ。
「トロールだ。再生能力があるぞ、気をつけろ」
ベルナールが杖をかまえ、呪文を準備しながら言った。
トロールは火と酸の攻撃以外は再生してしまう。アルチュールは火炎剣を持ってるからいいけど、レティシアとあたしは武器にエンチャントしてもらわないと。あたしが言わなくてもベルナールはわかってくれた。
なんとか倒した。苦しい戦いだった。攻撃がかみ合っていない。カミーユが背後からの一撃を加えようと動き回っているのが邪魔だった。何回か怒鳴った。勝手なことしやがって。
火力の集中もできなかった。集中して一体づつ倒すはずだったのに、危機に応じて使っていたからバラけてしまった。ポーションもかなり消費した。こんな調子で魔王を倒すことなんかできるのか不安になってきた。
「ここが最後だな」
レティシアが言った。そう、魔王城を踏破して、最後に残ったのが金ぴかに光る、悪趣味なこの扉の部屋だった。この部屋の中に魔王がいるはずだった。
「みんなボロボロですね」
カミーユだ。本当にそうだ。身体は傷だらけ。ベルナールもレティシアもかなり魔力が減っているのだろう。あたしもアルチュールも気力がかなり落ちている。
「だが、これが最後だ」
アルチュールがいつもの口調で言う。
「魔王を倒せば、この世に幸せが戻る。誰かの笑顔のために、もうひと仕事しよう」
はいはい、いつもの大仰な物言いだ。でも嫌いじゃないよ、そういうの。
「じゃ、あたしが開けるよ。いいね」あたしは扉の取っ手に手をかけながら言う。「すぐ戦闘に入る訳じゃないと思うけど、気を付けてね」
パーティを見渡す。とうとうここまで来た。涙が出そう。でも、ここが終わりじゃないんだ。みんながあたしを見つめている。あたしは扉を開けた。
「よく来た、勇者たち」
部屋の奥、一段高くなった床の悪趣味な椅子に座った人影が言った。大きな低い声、部屋の中で反響する。そういう効果のある部屋なのかな。
「私と世界をわけあわないか?」
「断る」
アルチュールが間髪入れずにそう言い、一歩前に出た。
いつも思うんだけど、このくだりいらなくない? どっちにしろすぐに戦闘に入るんだから、あたしは無駄だと思う。でもアルチュールに言わせると間合いを測るための必要な手順なんだって。
「では、塵にかえれ」
そう言って魔王はいきなり火球を放ってきた。あぶねー。あたしたちは予測していたから、散って直撃を避けることができた。でもレティシアの髪がちょっと焦げた。怒ってる、怒ってる。
「レティシア、加護をお願い。ベルナールはエンチャントを」
手順通りの、わかりきっていることだけど、あたしは声に出して言った。二人とも熟練の冒険者だし、何年も一緒に冒険してきてるんだから言う必要なんてないかもだけど、わざわざ言うことに効果があるみたい。やろうとしていることを人に言われることが嫌な人もいるみたいだけど、あたしが言うと喜ばれる。あたしの魅力かな、って冗談。キャプテンの特殊能力です。
カミーユとあたしの武器が白く輝く。魔法の効果だ。アルチュールは火炎剣、カミーユはフォールション、あたしはエストックをかまえて魔王に向かう。前線は一対三、数では有利だけど、戦闘は数では決まらない。アルチュールは盛大に空振りした。
「カミーユは脇をねらって!」
「うるさい!」
あれ? あたしの魅力が通じない人がいる。
前線の攻撃が当たらない。魔王は着実にダメージを与えてくる。よく言えば三人が魔王の攻撃をしのいでいる間にベルナールが魔法で打撃を与えている。レティシアは神聖魔法に専念している。
アルチュールは戦闘の間、魔王となんか話していた。王国の政治がどうこうという話。あたしは興味ないし、それどころじゃなかったから全然聞いてなかった。
「アルチュール、右から攻撃が来るよ」
「ありがとう、助かる」
「カミーユ、上からくるよ」
「うるさい」
「うう」
カミーユはあたしの指示を聞かないからダメージを受けてばっかり。レティシアは回復で忙しそう。
やがて、魔王の魔力が尽きたのだろう、魔法の使用が減った。それはこちらも同じ状況だけど、こちらには物理攻撃がある。回復の手が空いたレティシアがウォーハンマーを手に前線に加わった。これで一対四、形勢は逆転した。
「よくやったな、勇者たち。これでこの城も、力も、宝物もすべてお前たちのものだ」
そう言って魔王は倒れ、死体は灰になっていった。




