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SGS427 ヒロインは勘弁して

 ガルバがハンマーで復帰の宝珠を砕いた。


「な、なにをするんだっ!」


 フォレス神が悲痛な叫び声を上げた。


「ご覧のとおりですよ。見事に砕けましたなぁ。これで滅びの仕掛けを止める手立ては無くなりました」


「よくも……」


「今回の件は皇帝に報告しておきます。ご心配は不要ですぞ。報告する内容は、フォレス神様が復帰の宝珠を快く差し出されたことと、その宝珠をこのガルバが皆さまの前で砕いたことです。皇帝はお喜びになるでしょう。これでフォレスラン王国は安泰ですなぁ。では、用も済んだので帰るといたしましょう」


 ガルバは部下の魔闘士たちを引き連れて部屋を出ていった。


 帰っていくときのガルバは満足そうな顔をしていた。自分の働きによってケイの外交折衝を邪魔してフォレスランにおけるバーサット帝国の優位性を保つことができたこと。“ケイが地母神様の切り札である”という重要な秘密を知ったこと。自分の活躍によって部下の魔闘士たちの損失を最小限にとどめたこと。そして復帰の宝珠を没収してそれを自分の手で破砕したこと。それらのことに満足しているのだ。すべてはオレが与えた暗示であり、オレの操り人形になっていることなど毛ほども気付いていないのだが。


 後に残されたフォレス神たちは呆然としていたが、意気消沈した声で「帰るぞ」と言って先にフォレス神がワープして、続いてダリア神も姿を消した。


 部屋に残っているのはラモル神とサーラ神だけだ。


 オレはその部屋に移動して「お疲れさまでした」と声を掛けた。


「ケイさん、いったいどうなっているんですか? 話が違うじゃないですか!」


 ラモル神は明らかに怒っているし、サーラ神も怖い顔をしてオレを睨んでいる。


「大丈夫ですよ」


 オレは書記官用の机に近付いた。机の上には宝珠の残骸が散らばっていて、それを砕いたハンマーが置かれている。


 引き出しを開けて、「ほら、これが……」とその中から別の宝珠を取り出した。


「これが本物の復帰の宝珠です」


 そう言いながらラモル神の方へ宝珠を差し出した。


「ええっ!? では、その机の上の……」


「ああ、あれは偽物です。ガルバへは事前に暗示魔法で命じておきました。本物の宝珠とすり替えて、偽物の方を壊すようにとね。引き出しにはハンマーと偽物の宝珠を入れておいたんです。ガルバは引き出しに入れてあったハンマーを取り出すときに宝珠を上手にすり替えたようですね」


 実は引き出しの中身だけでなく書記官用の机も作戦の一環としてオレが用意してきたものだ。


「そのようなことが……。では、ガルバも自分がしたことを覚えているのですか?」


「いえいえ。ガルバは自分がやったことを覚えていません。本物の宝珠を砕いたと思い込んでいますよ。暗示魔法でそのように記憶を操作していますから」


「それでは、我が国が危うくなることは?」


「さっきガルバが言ったとおりです。ガルバは皇帝に自分の手で宝珠を砕いたと報告するはずですから、皇帝はそれに満足するでしょうね」


「それは助かります。しかし、クドル共同体との関係が……」


「そうですね……。残念ながら、フォレス神がバーサット帝国の味方を続けるなら、こちらも経済封鎖を行うことになります。ただし、クドル共同体の統治者たちへは極秘裏にラモル神たちが協力してくれたおかげで復帰の宝珠を入手できたと報告しておきます。そうすれば将来、フォレスラン王国が同盟に加わるための関係を繋ぎ止めることができますから」


「おお、ケイさん。ありがとうございます」


「それとこれはお願いなのですが、バーサット側が新たな侵略行為を行うようであれば直ちにわたしへ連絡してください。ガルバへは何か新たな動きがあれば、ラモル神かサーラ神へ密かに連絡を入れるように暗示を掛けておきましたから」


「分かりました。これからもお互いに密かに連絡を取り合いながらバーサットに対処していきましょう」


 ラモル神が落ち着いた声で言うと、サーラ神もその隣で力強く頷いた。


「では、子供たちを神殿広場で待たせているので、これで失礼します」


 そう言ってオレは部屋を出た。


 今回のフォレスラン神殿での攻防では一時は窮地に陥ったが、反撃に移ってからは当初の作戦どおり大きな獲物をゲットできた。得られた獲物はガルバという操り人形と、ここでは省略するがバーサット帝国に関する重要な情報、それとフォレス神が保有していた復帰の宝珠であった。


 ラモル神たちと別れた後、オレはすぐに神殿広場へ向かった。ガルバたちの処置に時間が掛かってしまったから子供たちだけでなくハンナも待ちくたびれているだろう。


 しかし広場に戻って驚いた。子供たちが楽しそうに歓声を上げている。それを見守る先生や神官たちも笑みを浮かべていた。待ちくたびれたような者はいない。


 広場の真ん中辺りの床には様々な毛皮が敷かれていて、子供たちは靴を脱いでその上で座っていた。全員がハンナの方を向いて目と耳を澄ましている。ハンナが紙芝居をしていて、子供たちも大人たちもそれに夢中になっているようだ。


 ハンナは小さなテーブルを紙芝居の舞台にして、自分は腰掛けながら子供たちに何かの物語を語り聞かせていた。オレもその声に耳を傾けた。


「白仮面の魔女は飛行魔法で空を駆けた。逃げる。逃げる。だが追い掛けるドラゴンロードの方が速い。どんどん接近してくる!」


 ハンナが紙芝居をめくって、また話を続けた。


「ドラゴンロードは熱線魔法を放つ。太い熱線が魔女に迫る。何とかかわすが、また熱線だっ! 魔女をかすめる。今のままではダメだ! 殺されてしまうぞぉっ!」


 子供たちが息を呑む。


 ハンナはニタリと笑って紙芝居をめくった。


「白仮面の魔女は空を飛びながら何かを取り出した。ドラゴンロードに向けてそれを放った。それは空中でパーっと広がった。大きな大きな網だ。ドラゴンロードは止まれない。網に突っ込んだぁ!」


「「「やったぁーっ!」」」


 聞いていた子供たちからまた歓声が上がった。中には立ち上がって小躍りしている子もいる。


「さぁ、ドラゴンロードはどうなると思う?」


 ハンナが子供たちに問い掛ける。


「えーとね、ちょうちょみたいに網の中でバタバタするの」


 女の子が答えた。


「そうね。ドラゴンロードは網の中でもがきながら地面に落ちたのよ」


 ハンナは紙芝居をめくって、その絵を見せた。


 子供たちからまた「わぁーっ」という声が上がった。


 ハンナが子供たちに語っている紙芝居は絵本の「隣の魔女」をもとに作った物語だ。「隣の魔女 ドラゴンロードとの戦い」という話で、作者はもちろんハンナである。去年の魔族軍の総攻撃で活躍した“隣の魔女”を主人公にして、ハンナは絵本だけでなく紙芝居も描きあげた。


 ハンナが絵本や紙芝居を店で売り始めたのは5か月ほど前のことだ。“隣の魔女”は一躍子供たちのヒロインになった。多くの大人たちもこの物語を好んで読むようになっているそうだ。


 もちろんオレはその絵本や紙芝居を店で売り出すことに反対した。主人公のモデルがオレであることが露見することはないだろうが、何となく気恥ずかしい。


 だが押し切られてしまった。仲間たちや子供好きのジルダ神から「子供たちを元気づけるために」とか「お母さんたちを手助けするために」とか言われて、譲歩せざるを得なかったのだ。


 絵本や紙芝居を通してこの物語が知れ渡ると、子供たちだけでなく大人たちの間にも“隣の魔女”の登場を待ち受ける気運が高まってきた。それは1か月ほど前のことだ。


 その時期は、民衆の間に「“滅びの仕掛け”が動き始めた」とか「神罰が下った」とかいう噂が流れて世情が騒然としているころと重なっていた。ハンナが描いた絵本や紙芝居は子供向けであったが、少しでも明るい話題を求めていた大人たちにも歓迎され、クドル共同体の中で「隣の魔女」の物語は一気に広まった。


 “隣の魔女”というヒロインが現れて自分たちをこの滅亡の危機から救い出してくれるのではないか。クドル共同体の街中ではそんな空気が流れ始めたのだ。


 オレはその無責任なヒロイン待望論に心が重くなっていた。自分がヒロインになるなんて絶対にイヤだ。だが今は人族の滅亡が迫っている時期だ。そんなことを嘆いている場合ではないから、こうして気乗りしない交渉役も引き受けてフォレスランにまで出向いてきたのだ。しかしまさかフォレスランでこの紙芝居を見ることになろうとは……。


 子供たちはその話に夢中になっている。嫌だと思っても、オレの我儘でハンナの紙芝居を止めるわけにはいかない。


 仕方がないから、オレは紙芝居が終わるまで待つことにした。


 子供たちを眺めていると、男の子も女の子も全員が何かのぬいぐるみを抱えていることに気が付いた。


 ああ、分かった。ハンナは子供たちにあれを配ったようだ。


 それはオレがデザインした熊のぬいぐるみだった。クドル共同体の子供たちはその熊のぬいぐるみを「くまぶーたん」と呼んで可愛がってくれている。鼻が少し上向きのピンク色で、それがまた可愛いとすごい人気だそうだ。


 熊のぬいぐるみはもともとは1年半ほど前にカーラ魔医の診療所に入院している子供たちを元気づけるために母親たちの手によって作られた。母親たちは診療所のシンボルである「熊神さま」のイラストを見て熊のぬいぐるみを作り、子供たちはそのぬいぐるみを「くまがみたん」と呼んで可愛がっていた。


 オレはその話を知って、自分がデザインした熊のぬいぐるみをクラフト魔法で何百個か作って子供たちに配った。その熊は少しだけ鼻の穴が上を向いていて、少しだけ鼻の色がピンク色だった。子供たちはその熊のぬいぐるみを可愛いと気に入ってくれて「くまぶーたん」と呼んで、その名前が定着してしまった。


 オレのデザインが子供ウケすることに気付いたハンナは様々なバリエーションの「くまぶーたん」を新たにデザインして作り始めた。エプロン姿や魔医姿の「くまぶーたん」は女の子たちに人気があるし、剣を構えた魔闘士姿の「くまぶーたん」は男の子たちも欲しがっているそうだ。今では何十種類もの「くまぶーたん」があるらしい。


 ハンナはフィルナやジルダ神と一緒に診療所や孤児院を慰問して、子供たちに紙芝居をしたり、「くまぶーたん」をプレゼントしたりしているのだった。


「隣の魔女」の絵本や紙芝居の中で「くまぶーたん」が出てくる場面が描かれていて、それで子供だけでなく大人までもが「くまぶーたん」を求めるようになったらしい。


 今では偽物の「くまぶーたん」が多くの店に並んでいて、高値で売られていると聞いている。最近は「白仮面のくまぶーたん」が一番人気だそうな。


 目の前の子供たちが手に持っている熊のぬいぐるみはもちろん本物だ。ハンナは自分の亜空間バッグにいつも数百個の「くまぶーたん」を収納していて、今日のように機会があればそれを子供たちにプレゼントしているのだ。


 「くまぶーたん」で様々なバリエーションを作り出したのはハンナであるし、そのコピーを何百個も作っているのはジルダ神である。しかも慈善活動で「くまぶーたん」を子供たちに配っているのだからオレが文句を言うこともできない。


 目の前の子供たちが「くまぶーたん」を持っているということは、おそらくハンナは紙芝居であの話をしたのだろう。「隣の魔女 魔獣の群れを倒せ」という話だ。


 この話の最後に白仮面の魔女が魔獣ムカデから救い出した幼い女の子に「くまぶーたん」をプレゼントするという場面がある。その後、白仮面の魔女に助けられた親子が感謝の祈りを捧げて話は終わるのだが、このときハンナは話を聴いている子供たちに「あなたたちにもプレゼントがあるのよー」と言いながら「くまぶーたん」を取り出すのだ。子供たちにこのサプライズ・プレゼントをすることがハンナのいつもの楽しみになっているらしい。


「子供たちの喜ぶ顔を見ると、やめられないのよね」


 ハンナがいつだったかそんなことを言っていたのをオレは思い出していた。


 紙芝居が終わるのを待って、オレは子供たちに眠りの魔法を掛けた。先生と神官たちも同時に眠らせた。そして全員に暗示魔法を掛けた。ガルバに植え付けた記憶と矛盾が生じないように新たな記憶を植え付けたのだ。


 ハンナはその様子を悲しそうな表情で眺めていた。


「子供たちは紙芝居のことも忘れてしまうの?」


 暗示を掛け終わるのを待って、ハンナが尋ねてきた。


「心配ないよ。今日の怖かった出来事は思い出さないように薄ぼんやりとした記憶に修正したけど、紙芝居のことははっきりとした記憶で残したから。それとハンナには悪いけど、辻褄を合わせるために、子供たちに紙芝居をして熊のぬいぐるみをプレゼントしたのはフォレス神一族の親切な使徒だと記憶させたからね。子供たちはハンナやわたしのことは忘れてしまうだろうけど、紙芝居と熊のぬいぐるみのことは楽しかった思い出としてずっと憶えていると思うよ」


「そう、よかった……」


 ハンナはちょっと寂しそうに呟いた。


 子供たちは先生に引率されて孤児院へ帰っていった。それを神官たちとハンナ、それとオレが手を振りながら見送った。子供たちは腕に熊のぬいぐるみを抱えながら笑顔で手を振り返してくれた。


 帰っていく子供たちの笑顔やハンナが手を振る姿を見ていると、今ごろになってハンナの気持ちが分かったような気がした。絵本や紙芝居で子供たちを明るくしたい、元気にしたいというハンナの考えは正しいのだろう。いや、子供たちだけではない。「隣の魔女」は大人たちの気持ちも明るくしているのだ。


 気恥ずかしいとか言って、ハンナたちに反対したのは間違いだったな。


 ハンナは子供たちの姿が出口の向こうに消えるまで一心に手を振っていた。


 ※ 現在のケイの魔力〈1452〉。

 ※ 現在のユウの魔力〈1452〉。

 ※ 現在のコタローの魔力〈1452〉。


エピソードのストックが無くなりました。申し訳ありませんが、今のところ次回の投稿予定は未定です。今後のあらすじをザクッと紹介しますと、バーサット帝国への反撃が始まり、その後は日本の戦国時代での攻防に移っていきます。その途中で主人公のケイも戦国時代へ時空転移して参戦すると思います。お楽しみに。


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