SGS425 傀儡作戦
オレはフォレスランへ交渉に赴くに当たって一つの作戦を用意していた。それはバーサット帝国から派遣されている監督官、つまりガルバを調略してオレたちのために利用しようという作戦だ。
調略と言っても説得したり買収したりするのではない。オレが使うのは自分の得意技、つまり暗示魔法だ。暗示魔法を掛けて本人も気付かないうちにこちらの傀儡にしようということだ。名付けて傀儡作戦だ。
ガルバは利用価値が高い。さっきも本人に聞いて確かめたのだが、ガルバは使い捨ての下級貴族ではない。バーサット帝国の中枢で仕事をしている上級貴族なのだ。
今までバーサット帝国の情報はほとんど掴めなかったが、このガルバからであれば重要な情報も入手できるだろう。それだけでない。彼をこちらの駒として利用すれば、バーサットを弱体化させるための裏工作も可能かもしれない。
ところがこちらが用意していた作戦は大幅に狂ってしまった。ガルバがフォレス神との交渉の場に突然現れて交渉を邪魔した上に、子供たちを人質に取って神殿広場で戦いになったからだ。
作戦は狂ったが、結果的には短時間でガルバを手中にすることができた。今、ガルバと配下の魔闘士たちは神殿広場の床で眠っている。
騒ぎを聞きつけてラモル神とサーラ神が現れた。オレがガルバたちを無力化したことがフォレスラン王国に悪影響を及ぼさないかと心配しているようだ。もちろんオレはラモル神たちが困るようなことをするつもりはないのでこう言った。
「ガルバにはこの国で監督官としてもっと活躍してもらいますよ。もちろん我々のためにね」
ラモル神とサーラ神は訳が分からないという顔をしている。
『場所を変えましょう。神殿の中で部屋を貸してもらえませんか。内緒にしたい話なので、その部屋で説明をしますから。それと、その部屋でガルバと部下の魔闘士たちにちょっとした処置を施したいので、部屋はガルバたち全員を寝かせておけるくらいの広さがあれば助かります』
オレが念話で頼むと、ラモル神はすぐに神官に部屋を用意するよう指示した。
神官が神殿に行って部屋の用意をしている間に、オレはダイルへ念話でシンイチの処置を頼んだ。
『ダイルにお願いがあるんだけど。シンイチの体を飛行魔法で遠くへ運んで、どこか適当な場所を見つけて隠してほしいんだ。できれば土に埋めておいて。この騒動が片付いたら掘り返して、取り調べるからね』
シンイチのソウルは石化した体の中で2年間は眠ったままのはずだ。それを過ぎると浮遊ソウルになってしまうが。
『分かった。その後は?』
『そのまま飛行魔法でダールムへ戻ってくれる? こっちもガルバたちの尋問が済んだら、ダールムへ戻って、尋問で分かったことを報告するから』
ダイルは頷くと、石化したシンイチの体を念力で持ち上げ、飛行魔法で飛び去っていった。その様子を見ていた子供たちは大きな歓声を上げた。
神官が戻ってきた。部屋の用意ができたようだ。
先生と子供たち、それとこの騒動に立ち会った神官たちには神殿広場に残ってもらった。その間、ハンナにはその付き添いを頼んだ。
『ハンナ、この人たちがどこかへ行ってしまわないように見張っていて。ガルバたちへの尋問が済んだ後で、この人たちにちょっとした処置をするからね。できたら子供たちが待ちくたびれないように相手をしてくれたら嬉しいんだけど』
『任せておいて。そういうの得意だから』
ハンナは朗らかに微笑んだ。
神殿内の部屋へはラモル神とサーラ神が案内してくれた。オレはガルバと部下の魔闘士たちを念力の魔法を使って部屋まで運んだ。
部屋へ移動する間にラモル神から聞いたのだが、フォレス神とダリア神はワープ魔法が使えなくなっていると知って、すぐに飛行魔法で飛び去ったらしい。神殿に留まっているのは危険だと考えたのだろう。はっきり言えば逃げ出したってことだ。ラモル神とサーラ神はオレや子供たちのことを心配して、神殿に残っていてくれたそうだ。
部屋は十分な広さがあり、テーブルや椅子などは隅の方に押し遣られていた。さっきの神官が片付けてくれたのだろう。
オレは絨毯が敷かれた床にガルバと魔闘士たちを横たえた。それをラモル神とサーラ神は不安げな顔で見ている。
「今からガルバたちに暗示魔法を掛けます」
「なるほど、暗示魔法ですか……」
「ええ、ガルバたちがわたしたちの命令に従うようにね。暗示を掛けた後もガルバにはこの国で引き続きバーサット帝国の監督官として仕事を続けてもらいますが、その実態は我々の操り人形ということです。ラモル神とサーラ神から命令されたことには素直に従うようにガルバに暗示を掛けますから」
「操り人形……。でも、そんなことが可能なのでしょうか?」
サーラ神が不安そうに言うと、ラモル神も頷きながらオレに問い掛けてきた。
「そんなことをすればガルバ本人が自分自身の行動を不審に感じるのではありませんか? もし暗示を掛けたことが露見すれば、どれほどの報復を受けることになるか……」
ふたりともさっきよりも不安そうな顔をしている。
「暗示を掛けたことはバレませんよ……」
オレはそう言いながら高速思考を発動して、今回の作戦を立てたときにでっち上げた筋立てを思い起こすことにした。今回の場合はフォレスランという国家の存亡が懸かっている。筋立てに矛盾が無いよう慎重に暗示を掛けるべきだ。
ガルバに自身の行動を不審に感じさせないためには、ガルバがオレたちから命令を受けることを“当然だ”と思えるようにすることだ。本人が納得するような話を設定してやれば良いのだ。もちろんそれは嘘っぱちの話だが、本人には本当のことだと思い込ませる。その話を背景にして暗示を掛ければ、本人が自分自身の行動を不審に思うことはないだろう。
今回は地母神様の存在を利用させてもらう。でっち上げる話はこんな筋立だ。
ケイという女性は実は地母神様直属の部下であり、すべての神族と人族・亜人を地母神様に服従させるために地母神様が密かに用意した切り札であった。ケイは地母神様から神族を凌駕するような能力を与えられ、まずは手始めにクドル湖一帯の人族を支配下に置くよう命じられた。ケイはレングラン王国に工作員として潜り込み、記憶を失った振りをしながら仲間を増やしていく。やがて神族として覚醒して魔族やバーサット帝国と敵対する振りを装いながら神族を味方につけ、陰の支配者としてクドル共同体とドルガ共和国を発足させた。
この調子でケイはすべての人族と亜人の国々を支配下に置こうとしている。それが達成できれば、その後は直ちにバーサット帝国と和平を結び、支配した人族と亜人の国々を一気にバーサット帝国の属国として隷属させるつもりだ。そうなったときに初めてケイの仲間たちや神族たちは自分がケイに騙されていたことに気付くだろう。
バーサット帝国の皇帝だけはケイが地母神様が密かに用意した切り札であり、自分の真の味方であることを知っている。この作戦を成功裏に進めるためにはケイが味方であることを公にはできない。だから誰にも告げず、表面上は敵対関係を装っている。つまり皇帝とケイは戦っている振りをしているだけで、本当は初めから陰で手を結んでいたのだ。作り事の戦いで貴重な兵力を消耗したり街を破壊したりするのは馬鹿らしい。そういう理由からお互いに兵力を使った直接の戦いは可能な限り避けて、主に調略による戦いで勝敗を決めてきた。
それは今回のフォレスラン攻略についても同じである。兵力を使った戦いは避けて、街と住民は温存しなければならない。なぜなら将来はバーサット帝国と魔族に隷属することが決まっているのだから。
ケイはこの秘密について監督官であるガルバだけには打ち明けることに決めた。それはフォレスランでの無用な戦いを避けるためである。
またラモル神とサーラ神もケイから勧誘され、既にこの秘密を知っていて、地母神様とケイに忠誠を誓っている。今ではラモル神とサーラ神はケイと密に連絡を取り合って、ケイの命令で動いている。ゆえにガルバはラモル神及びサーラ神とはうわべはギクシャクした関係を装いながら裏では上手く協調しなければならない。ラモル神かサーラ神から何か依頼があれば、それはケイからの命令に沿ったことだと考えて動くことが肝要だ。
なおこの秘密は誰にも漏らしてはならない。バーサット帝国の皇帝へも告げてはならない。皇帝は近親者にも側近にも内緒にしていて、知らない振りを続けているのだから。
と、こんな感じの筋立てだ。この筋立てに沿って暗示を掛ければ、ガルバはオレの命令に素直に従うだろうし、不審にも思わないだろう。ラモル神とサーラ神の言うことにも逆らわないはずだ。
高速思考を解除して、オレはラモル神とサーラ神に微笑みかけた。
「心配しないで大丈夫ですよ。ガルバ自身は自分が暗示に掛かっていることや、操り人形になっていることには気付きません。そういうふうに暗示を掛けますから。あなたたちは上手くガルバを操って、彼を利用してください。ただし、ガルバに対して無茶な命令や要請を出すと、バーサット帝国側に怪しまれる恐れがあるので、ほどほどに。いいですね?」
オレがそう言っても、ラモル神とサーラ神の顔には不安そうな表情が浮かんだままだ。
「ガルバ監督官に暗示を掛けたとして、ケイさんは彼をどのように利用するつもりですか? とんでもない命令を出されると我が国が……」
ラモル神はそこで言葉を途切れさせたが、言いたいことは理解できた。ふたりはオレがガルバに対して無茶な命令を出すのではないかと心配しているのだ。無茶な命令を出すと、ガルバは命令を果たそうと無理をする。するとガルバが操られているとバーサット帝国に知られてしまい、フォレスラン王国はその余波を被ることになるのだ。
「わたしもガルバに対して無茶な命令を出すつもりはありません。ガルバのことは目立たないように用心して利用しますから。バーサット側に怪しまれないようにね」
「ガルバをどのように利用するのか、もっと具体的に教えてほしいのですが」
ラモル神はオレの説明に満足していないようだ。曖昧だと思ったのだろう。
ガルバをどのように利用するかは事前にこの傀儡作戦を練った段階で計画済みだ。ラモル神たちにも協力してもらわなきゃいけないから、しっかりと説明しておこう。
「まずはガルバに尋問を行って、バーサット帝国側の状況や作戦に関して知っていることをすべて話してもらいます。それと、他国への侵略行為を行う場合や、バーサット側から何か新たな命令が来た場合は、必ず事前にラモル神かサーラ神にその内容を伝えて相談するように命じるつもりです。つまり、ガルバをバーサット内の情報収集とこちら側の防衛に利用するということです」
オレの言葉にラモル神は少し安心したように頷いた。
「分かりました。ガルバを情報収集とこちらの防衛に利用するだけであれば危険は小さいですね」
「実はそれだけではありません。もう一つ、重要なことをガルバに命じるつもりです。それは……」
オレが説明を始めると、ラモル神とサーラ神は顔を強ばらせた。
※ 現在のケイの魔力〈1452〉。
※ 現在のユウの魔力〈1452〉。
※ 現在のコタローの魔力〈1452〉。




