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「貴様、何をする……!」


 憤怒の炎を瞳に燃やして、京司郎がユキヒロを睨みつける。


「公共の場でこんなもん開くなよ。思春期のガキだって場を弁える。不愉快」


 珍しく怒りを露わにしてユキヒロが言った。そして珍しく、というか、初めて俺はユキヒロに賛同した。


「そうだそうだ! 場を弁えろ!」

「つーか、譲も譲だよね」

「へ?」


 なぜか俺の方にも冷たい声音と視線を向けられ、反射的に背筋がぞわぞわと粟立った。


「なんでそんな約束してんの? 馬鹿なの?」


 ピリピリとした空気を纏うユキヒロに壁まで追い込まれ狼狽えた。


「え、いや、だって、つけてほしいって言うから、それをモチベーションに頑張ってもらおうと思って……」

「つけるだけで終わらないって普通分かるでしょ」

「いやいや分かるわけないだろ!」


 俺はてっきり、人間にさらに近付きたいという向上心的なものとばかり思っていた。

 というか、息子みたいな存在の京司郎にケツを狙われるなどという発想を持つ方がおかしいし、よっぽど変態だ。


「主に近寄るな」


 不意に京司郎が俺の腕を引っ張り、おもちゃを独り占めする子どものように俺を後ろから腕の中に閉じ込めた。


 いや、正直お前にも今は近付いて欲しくないんだけど……。


 今はまだついていないとはいえ、ホテルの部屋を別にしようかと思うくらいには危機感を抱いている。


「……京司郎」

「何でしょう、主殿?」


 小首を傾げて俺の顔を覗き込む京司郎は、下心などまるで知らないような無垢な表情をしている。

 きっと今の京司郎は思春期の男子のように性への興味が芽生えているだけだ。

 そしてその矛先が一番近くにいる俺に間違って向かっただけのことだろう。今ならまだ修正できる。

 俺はひとつ咳払いして提案した。


「約束通り勝ったらつけてはやる」

「はいっ、頑張ります!」

「でも入れるのは俺じゃなくてよくないか? チンコを手に入れたら穴に入れたくなる気持ちは男としてよく分かる。でも男に入れるって言うのは結構イレギュラーだし、そもそも男の穴は受け入れられるようになってない。だからチンコをつけた暁には俺が風俗で可愛い女の子紹介してあげ――」

「嫌です」


 ぴしゃりと提案をはねのけられて、俺は目を丸くした。

 いつも俺に従順な京司郎がノーと言ったことなどこれまでに一度もなかったからだ。


「きょ、京司郎……?」

「絶対に嫌です。俺は、主殿と、まぐわいたいのです。他の者とするなんて考えられません」


 ぎゅ……と縋るように力を強めて抱き締め直すと俺の肩に顔を埋めた。


 ……え? なんか俺が悪い奴みたいになってない?


「うわぁ、引くわー。自分を好いてる子に他の子をあてがうとか私でもしないわよ」

「う……っ」


 類瀬博士の容赦ない言葉に胸が抉られる。


 確かにそう聞こえなくもないが、いや、でも違う、違うんだ……ッ!


「譲、安心して」


 頭を抱える俺に、優しい声が上から降ってきた。顔を上げるとユキヒロがにこりと笑った。


「俺が勝てばいいだけの話じゃん。つーかこのポンコツに俺が負けるわけないでしょ」

「ユキヒロ……!」


 今まで大っ嫌いだったその不敵な笑みが、この瞬間だけは救いの女神のように見えた。

 打倒ユキヒロを目標として作ったのに変な話だが、今回だけは何が何でもユキヒロに勝って欲しい。


「た、頼んだぞ、ユキヒ――」

「でもこのポンコツにはご褒美があって俺にはないってずるいよね」

「え?」


 思いがけない言葉に、嫌な予感が胸によぎった。

 ユキヒロがにやりと口の端を上げた。


「俺は譲とそこのポンコツと違ってもうとっくの昔に男になってるから、俺が勝った時は譲が俺の女になってね」

「はぁぁぁぁ!?」


 俺は思わずフロアに響き渡るほどの大きな声を上げた。


「ちょっと佐久間君、迷惑よ」


 面倒くさそうに類瀬博士が注意するが、それどころではない。


「い、いや、だって、こいつが……!」

「そうです、こいつが変なことを言うから悪いんです!」


 俺を庇うように言ってから、京司郎は目尻を吊り上げユキヒロに向き直った。


「貴様なにふざけたことを言っている! そんなこと許されるわけがないだろう!」


 激昂する京司郎に、ユキヒロが鼻で笑った。


「あれ? もしかして勝つ自信がないの?」


 ピクリ、と京司郎の整った眉が引き攣った。


「だよねぇ、俺に一回も勝ったこともないもんね。それは弱気になるよなぁ。負けた上に大好きな大好きな主殿が俺の女になるなんて俺だったら耐えられない」


 ケラケラと悪意に満ちた笑いを漏らすユキヒロに、京司郎のこめかみからブチ、と血管が切れるような音がした……気がした。


「上等だ……っ。やってやろうじゃないか。その代わり俺が勝ったら金輪際、俺と主の前に姿を現すなよ、この下衆野郎が……ッ」


 怒気がほとばしる低い声に、これは本当に俺の知る京司郎なのだろうかと知らず体がガタガタ震えた。


「じゃあ決まりだね。あー、明日が楽しみだなぁ」

「本当に楽しみです。俺と主が結ばれる上に、邪魔者がいなくなるなんて夢のよう……」

「い、いや、ちょっと待て! なんで当事者の俺の意見無視で話進んでるわけ!? おかしいだろ!?」


 しかし、俺がどれだけ異議を唱えようとも二人の耳に届くことはなかった……。

                    

                                     ―了―

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