62
「デュモルからの遺言なんですよ。もし、あなたを逃すことができずデュモルが死んだ場合、あなたに全てを打ち明けてほしいと」
「私の誘拐未遂は全て、私を逃すためだったと言うの?」
「はい。シャティラール帝国があなただけは生け捕りで、王太子殿下に関しては血が必要だから血があればいいと手紙を送ってきましたから」
ルチルは、思わず唾を飲み込みそうになった。
神殿が邪竜を復活させたいのだと思っていたが、神殿までもシャティラール帝国の駒だっただけなのかもしれない。
邪竜を復活させたかったのは、シャティラール帝国なのかもしれない。
そうなると、まだあの国は諦めていないはずだ。
「あなたは、私が生け捕りじゃないといけない理由も、アズラ様の血が必要な理由も知っているの?」
「いいえ、私は知りません」
「じゃあ、シャティラール帝国がトゥルール王国を滅ぼしたい理由は、どう? 知っているかしら?」
「いいえ、そのことについても知りません」
「ちなみに、デュモルはアズラ様のことが嫌いみたいだったの。どうしてか分かる?」
「嫌っていたということだけ知っています。あなたが幸せになるためには、王太子殿下と離れる必要があると言っていましたから」
嘘を吐いているようには感じない。
でも、やっぱり鵜呑みにすることはできない。
ただ言及したところで「知りません」以外言わないだろう。
そんな気がする。
だったら、無駄に応酬する必要はない。
他にも聞きたいことがあるのだから。
「ヴァイト、あなたとデュモルの関係は?」
「デュモルが騎士見習いの時に、アヴェートワ領の孤児院で出会いました」
「あなた、アヴェートワ領民だったの?」
「いいえ、私は先々代のホーエンブラド公爵に拾われ、アヴェートワ領に潜入させられていただけです。他の四大公爵家の領にも居ますよ。まるでそこで生まれたかのように過ごし、いざという時に内側から攻撃するための要員の子供たちが」
「そう。ホーエンブラド侯爵家は、本当に逆賊なのね」
小さく息を吐き出し、もう1つどうしても確認したかったことを尋ねる。
「お父様と弟のミソカを襲ったのがホーエンブラド侯爵家だと、あなたは教えてくれたわよね。ホーエンブラド侯爵家を裏切る行為になると思うんだけど、どうして教えてくれたの?」
「楽しかったんです、アヴェートワ領でデュモルと過ごしていた日々が……思い出の地を失くしたくない。ただそれだけです」
ヴァイトは、本当にデュモルと仲が良かったのだろう。
何でも屋で働きはじめたのはデュモルを追ってかもしれないと考えてしまうほど、ヴァイトが微笑んだ面持ちには寂しさと悲しみが溢れている。
「お父様たちが襲撃された時のことだけど、ミソカは腕を吹き飛ばされているわ。あれは魔法なの?」
「いいえ、あれは投げつけたら爆発するという、特殊なスライムな使った魔道具です」
爆発する特殊なスライム……どこかで聞いたことがあるような……
あ! あれだわ! ノルアイユ地区で、アズラ様の剣が溶かされるかもしれなかったスライムのことだわ!
え? それを改良して爆弾を作ったって言うの?
一体どんな恨みがあって、トゥルール王国を滅ぼしたいのよ。
「まだ何個もあるのかしら?」
「あるはずです。何でも屋の店にも数個、送られてきたくらいですから」
「それは店に置いたままよね?」
「はい。金庫に保管していましたので、すでに見つけられていると思います」
やだわー。あんな武器を何個も作るとか信じらんない。
1個でも罪が深すぎるのに、それを戦争の道具として何個も所持してるってことでしょ。
目の前が真っ暗になりそうだし、胃が痛すぎる。
リバーと先生にお願いをして、爆弾を防御できる何かを早急に作ってもらわないとだわ。
「そう、教えてくれてありがとう。後、謝らないといけないことがあるの」
「何でしょうか?」
「あなたを国に引き渡さないといけなくなったの。ごめんなさい」
「かまいません。私はデュモルから託された言葉を、あなたに伝えたかっただけですから」
「だったら、確かに聞――
こちらの疑問を答えてもらい、全てを打ち明けてもらったと思い、謝意の言葉を紡ごうとしたのに、ヴァイトに遮られた。
「『ルチル様、再び出会うことが叶いましたら、今度こそあなたを裏切らない人生を歩みたいと思っています。あなたを心よりお慕い申しておりました。願わくは、あなたの記憶に残り続けられますように』。以上です」
「……そう、分かったわ。届けてくれてありがとう」
「いいえ。これでようやく友の元に行けます」
ルチルが「まさか……」と呟くより早く、ルチルの視界はオニキス卿によって遮られた。
だが、それ以降、何の音も声も聞こえてこない。
「ルチル様、オニキス卿、問題ありませんよ。この者に描かれていた魔法陣は、無効化しております。死ぬことはありません」
「ケープさん、人が悪いよ。そういうことは教えといてよ」
安堵の息をたっぷり吐き出しながら、オニキス卿が元の位置に戻った。
開けた視界には、愉しそうに笑っているケープと、一驚して目を丸めているヴァイトが見える。
「ルチル様はホーエンブラド侯爵家を潰されたいのですから、情報を持っている者を死なせることはできません」
優秀すぎる執事のニッコリと微笑む顔が、薄ら怖く感じたのは、きっと自分だけではないと思い、ルチルとオニキス卿は横目で視線を合わせた後、かすかに頷き合ったのだった。
リアクション・ブックマーク登録・誤字報告、ありがとうございます。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




