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朝早くに王宮に戻ったルチルは、「火急の用件で、どうしても妃殿下にお目通りを願います」というケープの謁見申請に目を疑った。


別室にて待機しているケープをすぐに連れてくるように伝え、ルチルは応接室に移動する。


「妃殿下、どうする? みんな、部屋から出す?」


オニキス卿に小声で問われ、ルチルは素早く頷いた。

侍女を全員執務室に待機させ、護衛騎士はオニキス卿以外廊下で警護に当たってもらう。


幸いなのは、アンバー卿が今日お休みで、ナギュー公爵家から実家のルクセンシモン公爵家に帰っていることだ。


ケープとの秘密のやり取りは、手紙で済ませることが多い。

学生時代からの延長でオニキス卿に頼むこともしばしばあるので、オニキス卿だけには隠すことをしていない。


ここにアンバー卿がいたのなら、悔しそうにオニキス卿を睨んでいただろう。

信用していないわけではないが、全てを伝えるとなると他の人の秘密まで話すことになってしまう。

それは、可能ならしたくない。


時間を待たずして、ケープがやって来た。

ソファに座るように促すが、ケープは首を横に振って座ろうとしない。


あくまでキルシュブリューテ領の執事で、ルチルの部下だという信念が窺える。

ケープがずっと「ルチル様」と呼んでいるのも、王室ではなくルチルに仕えているという意思表示なんだと思う。


「ルチル様、朝早くから押しかけて申し訳ございません」


「いいのよ、気にしないで。それで、何か重要なことが分かったの?」


実は、王家の影であるラセモイユ伯爵家と同じような組織を、ケープがルチルのために作った。


学園2年生の時に屋敷に侵入してきた賊に顔を切られ、ルチルの手を煩わせてしまった不甲斐なさから、もっと役に立つためにはと考えたそうだ。


「昔の友達を集めたんです」と綺麗に微笑みながら言われた時には、「本当にここの執事長におさまってていいの?」と確認したものだ。


オニキス卿から「王家の影を使うと陛下にバレるから、個人の影は絶対にいた方がいいよ。自分の命令以外聞かない部下は必要だからね。殿下には黙っててあげるから、俺が職にあぶれた時は雇ってね」と背中を押されて、ケープが無理しない範囲でならと有り難く享受することにした。


その日から、キルシュブリューテ領の執事長として、ルチルの影の諜報部隊の長として、二足の草鞋を履いてくれている。


「はい。一連の事件の首謀者が分かりました」


「一連の事件?」


「ナギュー公爵令嬢様、ポニャリンスキ辺境伯令嬢様、アヴェートワ公爵様とミソカ様の襲撃事件、そしてキャワロール男爵令嬢様の縁談、全てが繋がっております」


「ちょっと待って……全部同じ犯人が企てたことなの?」


「はい。オルアール男爵家が襲撃され、尻尾を掴むことができました」


ルチルが驚きで声を上げる前に、オニキス卿の体が揺れた。


ラブラド男爵令嬢からオニキス卿と2人で出かけるようになったと手紙を受け取っているし、小説のことで会う時にラブラド男爵令嬢は少し照れたようにオニキス卿を見たりする。


オニキス卿から気持ちを聞いたことはないが、「オニキス様、ラブラド様に優しかったもんなぁ」と当然の結果のように受け入れていた。


ルチルは、焦る気持ちを落ち着けるように小さく深呼吸する。


「ラブラド様たちは無事なの?」


「はい。オルアール男爵に打撲はありますが、皆様大きな怪我はございません」


「そう、よかったわ。でも、どうしてオルアール男爵家が襲われ……ちょっと待って。襲われたのはオルアール男爵家だけなの?」


あたしを煩わせないようにと動くケープが、ここに来たくらいよ。

あたしの考えでは追いつかない何かが起こったってことよ。


ケープに、ゆっくりと顔を横に振られた。


「キルシュブリューテ領、5箇所が同時に攻められました」


「ご、かしょも?」


「はい」


ルチルは重たい息を吐き出しながら、ソファの背もたれに体を預けた。

淑女だの王太子妃だのの姿勢を取り繕っている気力は消え失せた。


「そう。昨日薄っすらと考えたことが真相だったのね」


この数日、あたしの周りばかりが騒がしかったのは、やっぱりおかしかったのよ。


犯人はあたしを潰すために、まずあたしの周りに手をかけて、協力を仰げない状況にしたかったのね。

友達のことでいっぱいいっぱいになっている時に、アヴェートワ公爵家の2人を殺せれば万々歳だったんでしょうね。

しかも、そこにキルシュブリューテ領が壊滅でもさせられたら、さすがに動けなくなっていたわ。


スピネル様を遠くに追いやろうとしたのは、アズラ様の後妻を狙うため?

でも、全部成功をしていたとしても、あたしを廃妃させるには時間がかかるんだから後妻は現実的じゃないわよね。


じゃあ、本当にただあたしへの嫌がらせだったってこと?

いつ、誰からそこまでの恨みを買ったの?


「オルアール男爵家以外も無事なのよね?」


「はい。防犯訓練が役に立ちました」


あ、よかった。

火災訓練・防犯訓練・防衛訓練を1カ月に1度、順番にしていた成果が出たのね。


ケープから「もし屋敷と同じように領地が襲われた時を想定して、領民に訓練を課してもよろしいでしょうか?」って言われた時、あたし笑えてなかったと思うわ。

確かに騎士だけで領地全体を守るのは難しいけど、領民を強くさせようとするのはどうなの? って本気でビビったのよね。

軍隊を作りたいって思われたら、隣領から怯えられるしね。


だからと言って、領地のことを考えて相談してきてくれたケープを蔑ろにはしたくなった。

要は、自分達の身を数分守れればいいのよ。

その間に巡回している騎士が駆けつけてくれるだろうから。


だから、魔法が使えない領民のために、防犯グッズを一式プレゼントしておいたのよね。

防犯ブザーと棒状のスタンガンを、各家庭に2個ずつ。

音が鳴れば騎士が駆けつけられるし、間に合わなくても近隣住民が協力して、ボタン1つで電気が流れる警棒を当てれば気絶をさせられるように訓練をお願いしてたのよ。


あの時、ケープが提案してくれていなかったら防犯グッズを魔道士のみんなにお願いできていなかったし、今回の襲撃で誰かが死んでいてもおかしくなかった。

ケープ様様だわ。

本当に何事も準備していないとダメってことよね。




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