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夕方になり、アズラ王太子殿下に見送られ、ナギュー公爵家に向かった。
同行しているのは、オニキス卿・アンバー卿・アマリン子爵令嬢・プレーナ伯爵令嬢。
前回シトリン公爵令嬢と会った時と同じメンバーにした。
転移陣前で待機していたナギュー公爵家執事に、シトリン公爵令嬢の部屋に案内してもらう。
夕食は、シトリン公爵令嬢の部屋に用意してくれているそうだ。
出迎えてくれたシトリン公爵令嬢は、1日近くぐっすり眠ったらしく顔色が良くなっていた。
侍女の2人は隣接する侍女部屋で待機となり、オニキス卿は中に入って来ようとしなかった。
「オニキスもいていいわよ。どうせ知っているんでしょ」
シトリン公爵令嬢が淡々とそんなことを言うものだから、ルチルをはじめアンバー卿もオニキス卿も目を見開いた。
いつも通り、アンバー卿以外は下がらせる予定だった。
だから、オニキス卿もルチルに言われる前にと、中に入ろうとさえしなかったのだ。
執事が恭しくお辞儀をして侍女たちと退出した後、ルチルとシトリン公爵令嬢がテーブルに着いた。
ルチルは、4つセットされているカトラリーに視線を移ろわせる。
「アンバー様もオニキスも座りなさいよ。何のために4人分用意されていると思ってるのよ」
「シトリン嬢。有り難いけど、俺は妃殿下の側から離れちゃダメなの。殿下に殺される」
「は? あなた、さっきは部屋に入ってこようとさえしなかったじゃない」
「それはそれ。これはこれ」
「あいかわらず、ムカつくわね」
やだ。泣きそう。
シトリン様が、いつもの勝ち気なシトリン様に戻ってる。
まだ取り繕っている部分は多少なりともあるだろうけど、でも、オニキス様と言い合えるまで心の折り合いをつけられたってことよね。
どんな結論を出したのかは聞いてみないと分からないけど、落ち込んだままじゃなくて本当によかった。
「申し訳ございませんが、私も妃殿下の側を離れることはできません」
「オニキスは勝手にすればいいんだけど、アンバー様がルチル様の意見を聞こうとしないなんて何かあったの?」
シトリン様って、本当人を見ているわよね。
いつものアンバー様なら、あたしにおうかがいを立てるところだもんね。
まさに今、「言ってもよろしいんでしょうか?」って目で訴えてきてるもの。
ルチルが「実は……」と、今日起こった襲撃事件のことを話した。
「はぁ!? あなた、バカじゃないの! もしもがあるんだから、ここに来るべきじゃないでしょ! 何してるのよ!」
机を叩く勢いで怒鳴りながら立ち上がったシトリン公爵令嬢に、ルチルたち3人は目を点にした後、同時に吹き出した。
「なによ? 笑ってんじゃないわよ」
むくれながら座り直してお水を飲むシトリン公爵令嬢に、ルチルたち3人は顔を見合わせて安心したように微笑み合う。
「すみません。優しいシトリン様が可愛くて仕方がなかったんです」
「なっ! 本当にルチル様って人タラシだわ!」
「最高の褒め言葉ですわ」
「嫌味よ!」
クスクス笑っていると、シトリン公爵令嬢はお水を一気飲みして、怒りを吐き出すように息を吐いた。
「私のことより、襲われるかもしれない方が問題なのよ。きちんと自分のことを考えなさいよね」
「きちんと考えた上で、ここに来たんですよ。だって、シトリン様が幸せじゃないと、私の幸せも完成しませんから」
「何を言っているの?」
「いいですか。確かに私はたくさんの方に愛してもらっていて、最高の夫アズラ様と求め合っていて幸せです。でも、私が好きな人たちが笑顔で暮らせていないと、私の幸せは半減しちゃうんですよ。いくらアズラ様が愛してくれようが幸せが欠けちゃうんですよね。だから、私は私の幸せのために、ここに来たんです。大好きなシトリン様に会いに」
「ルチル様って、本当にバカだわ」
涙を溢しながら微笑むシトリン公爵令嬢が綺麗で、ルチルももらい泣きしてしまいそうになる。
ナプキンで涙を拭いて、深呼吸したシトリン公爵令嬢の瞳には力強さがこもっていた。
「ルチル様。私ね、決めたの。フローを絶対に許さないって」
「どうお仕置きされるのですか?」
「一生をかけて償わせるわ」
「それって……」
「別れるって選択肢を選べないほど、フローを好きみたいなのよね。あんなのを好きになるなんて汚点でしかないのにね。嫌だわ」
シトリン公爵令嬢の笑顔は、諦めにも似た笑みだったが清々しいほど澄んでいた。




