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寮の部屋の扉がノックされた。
返事をしてからドアを開け、できるだけ優しい笑みを浮かべる。
「お待ちしておりました」
「ルチル様……その……」
部屋を訪ねてきたのは、ガーネ侯爵令嬢。
ルチルが声をかける前に「今日、お伺いしてもよろしいでしょうか」と言われ、笑顔で頷いた。
「立ち話よりも、座ってお話しましょう」
ソファに促し、紅茶を淹れる。
声をかけられた時も、用意している間も、ガーネ侯爵令嬢の顔は曇っている。
「今日は、どうされました?」
「……謝りたいことがありまして」
「私にですか?」
ガーネ侯爵令嬢は、首を横に小さく振っている。
「自分で自分が分からないんです。どうして、あんなことをしてしまったのか」
エンジェ様のことだろう。
懺悔を聞いてほしい。気持ちの整理をつけたい。
そんなところかな。
ルチルは何も言わず、静かに耳を傾ける。
「優しくて、素直ないい子だと思っています。何度か、一緒に買い物に行きました。あの日も、一緒に買い物に行ったんです。それで……ジャスのことを、どう思っているのか聞いてみたんです」
ガーネ侯爵令嬢の話を纏めると……
自分なんかと言いつつ、好きだと言ってくる男に酔っているだけ。
理由は、ジャスのことを好きじゃないならフらないのはおかしい。
好きじゃないのに、どうして可愛くなろうとするのか分からない。
そんな中途半端だから、ジャスは付き合えると思っている。
と、いうことだった。
そんな気持ちが膨らんで、気づいたら嘘のアドバイスをしてしまっていた。
でも、素直に何度もお礼を伝えられて、苦しくなってしまったとのこと。
自分は最低な人間で、この先どうすればいいのか分からないと、話してくれた。
なるほどねぇ。
ガーネ様の気持ちも分からなくないよ。
好きじゃないなら譲ってよって、ことだよね。
どっちつかずの態度に腹が立つし、自分なんてって言う子に負けたことが悔しいんだよね。
でもさ、ジャス様は、自分なんてって言うエンジェ様を好きだって言ってるんだよ。
それを、周りが腹を立ててもねぇ。
それに、エンジェ様の行動は、ジャス様を受け入れたいから自分を好きになりたいってものだよね。
それが分かって、このままじゃくっつかれると焦ったんじゃないのかな。
くっつかれたら、さすがに諦めないといけないものね。
「私は、好きな相手に迷惑がかからないなら、片思いだろうが両思いだろうが何をしてもいいと思っています。ですので、ガーネ様がジャス様の迷惑にならないのなら、何をしてもいいと思います」
「私……ジャスの迷惑には、なっていないですよね……」
「どうでしょうか? それは、ジャス様にしか分かりません。ただ、今回のことをジャス様が知ればどう思われるでしょうか?」
ガーネ侯爵令嬢の体がビクついた。
ルチルが言わなくても分かっているのだ。
ジャス公爵令息に知られたら、確実に嫌われると。
「ジャス様がどう思われるのか分かりませんが、私は今回のこと、とても悲しく思います」
「……はい」
「そして、ガーネ様が少しでも後悔をされているのなら、きちんと謝るべきです。許してくださると思いますよ」
「……はい」
ごめんね。
辛いよね! 私でも嘘ついちゃうよ! って言えなくて。
どんなに辛くても、意地悪はしちゃいけないよ。
意地悪しそうなら距離を空けよう。
心が落ち着いたら距離を戻せばいいんだから。
それに、ガーネ様が向き合わなきゃいけないのは、エンジェ様じゃなくてジャス様だからね。
とことん頑張りたいのなら、ジャス様に好かれる行動をしようね。
泣き出してしまったガーネ侯爵令嬢に何も言わず、ガーネ侯爵令嬢が落ち着くまで待っていた。
1時間は泣いていただろうガーネ侯爵令嬢に、部屋にあるだけのスイーツを渡した。
甘いものは、心を癒してくれる力があるからだ。
「こんなことしかできなくて、ごめんなさい」と伝えると、真っ赤にした目元を緩ませて「ありがとうございます」とガーネ侯爵令嬢は自身の部屋に帰って行った。
ドアを閉めながら、大きなため息を吐き出す。
「あの子、きっと反省なんかしないわよ」
振り返ると、ソファにシトリン公爵令嬢がいた。
「お茶」と言われ、「はいはい」とシトリン公爵令嬢お気に入りのオレンジペコーを淹れる。
「今日、ガーネ様が来られます」と伝えると、「浴室にいるわ」と言われたのだ。
アンバー公爵令嬢が卒業してからというもの、ガーネ侯爵令嬢が来る度に浴室に隠れているのだ。
1人だと怖いため、ドアを少し開けているので、声が筒抜けなのだ。
今日は、エンジェ辺境伯令嬢の部屋に行くのかなと思ったが、誘われていないのに行く勇気はまだ持てていないみたいだった。
ルチルがソファに落ち着くと、シトリン公爵令嬢は昔を話し出した。
「ジャスって、小さい頃虐められてたのよ」
「え? 四大公爵家の子供を虐めるんですか?」
って言っても、小さい時なんて今以上にヒエラルキー分かんないよね。
「昔はもう少し話してたのよ。それが、口を開くたびに笑われて、無視されるようになったの」
なんて辛い経験……
ジャス様は、小さい時からイイ声してたけどなぁ。
「昔から穏やかだからか、言い返したり怒ったりしなくてね。相手が余計に調子に乗っちゃったのよ。まぁ、私が片っ端から虐め返してやったら、大人しくなったわ」
小さい時に何回か、2人は仲良いんだなぁと思ったことがあるけど、そんな背景があったとは。
「で、その中心にいたのが、ガーネ・アンゲノンよ」
は? はぁぁぁ!?
「ジャスもアンバー様も知らないことよ。あの子が周りにジャスの悪口をバラ撒いて、ジャスを孤立させようとしたの。ジャスには自分がいればいいんですって。最低よね」
「シトリン様は、どうして知っているんですか?」
「お父様がね、私と少しでも話した人物は調査するのよ。こういう子だから付き合ってはいけないって、色んな子が言われ続けたわ」
お、おおぅ。あたしの家とは別の意味で重たい愛だな。
「それに、あの子は面と向かって『ジャスには私がいるから近づかないで』って言ってきたの。ムカついたから引っ叩いたら、大泣きされたわ」
叩かれたら泣くでしょうよ。
「で、ジャスに泣きついたけど、ジャスは私を庇ったのよ。そこからずっと目の敵にされてきたの」
あたしが領地でのんびりしている間に、そんなおませな女の戦いが繰り広げられていたとは……
みんな、本当に子供ですか?
あたしと同じで、子供の皮を被った大人なのでは?
「ジャス様に対しての執着心、すごいですね」
「ルチル様はさっき迷惑がかからないならみたいな話をしていたけど、あの子は昔っからジャスにとって迷惑でしかないのよ。ガツンと言いたかったわ」
我慢してくれてよかった。
あたしの汚名だけなら気にしないけど、シトリン様の汚名にもなるところだったからね。
「今回のことで、色々気づいてくれるといいですね」
「無理でしょ。気づくなら、とっくに気づいているわよ」
でも、辛そうだったのは嘘に見えなかったよ。
罪悪感で押しつぶされそうな顔してたんだよ。
自分のすることが自分の幸せを奪っていってるって、早く気づいてほしいな。
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